梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

誰よりも金を愛す 2

前回までのお話は、コチラ

 

18歳(成人)になったのを機に、アーロンの養育権の契約が終了し、アーロンは9月から母親シュエの家で暮らすことになった。

 

アーロンが我が家に帰って来ない生活がスタートしたことによって、初めてエクトルだけが1人で我が家に帰って来たあの日、9月7日。

「今日からお兄ちゃんがいなくて1人で寝ることになるけど、怖いとか寂しいって泣かないでよ~?」と私が冗談を言うと、エクトルは「泣くわけないじゃん!」と笑いながらも、「でもアーロンが帰って来ないのって、2、3ヵ月間だけでしょ?」と言った。

すかさず私が「違うよ。ずっとだよ。」と返すと、エクトルは一瞬驚いた顔をした。

あれ?エクトルはアーロンからもシュエからも何も聞かされていないのだろうか?

それとも、間違った情報を聞かされているのか…?

驚きを隠せないままエクトルが言った。

「えー!でもそしたらママが黙ってるはずないよ!きっとすぐにパパにお金とか要求してくるんじゃない?」

この子は鋭い…。

でも、それはイコール、あの母親がどんな人間なのか、エクトルはわかっているんだと思うと、なんだか悲しくなった。

「エクトルもそう思う?でもあなたのママからは、まだ何もアーロンのことで連絡がないんだよね。8月の終わりにパパがアーロンに“ママにちゃんと話したか?”ってメッセージ送ったんだけど、“うん”って返ってきただけで、アーロンがちゃんとママに話したのかは、パパも私もわからないんだ。」

エクトルは彼なりに何かを考えているようで、宙を見ながら「ふーん。」とだけ言った。

その頃は、本当にまだ何も、シュエから何もリアクションがなくて、私もビクトルも若干不安になっていた。

シュエはアーロンと暮らすことを受け入れたのか、はたまた何か策を練っているのか…。

 

9月8、9、10日と、エクトルは学校に行き、10日(金曜日)学校が終わって一旦我が家に帰宅。

その後シュエの家の服に着替えると、「それじゃパパ、梅子、良い週末を!」と言って、またいつもの週末のようにシュエの家へと出かけて行った。

 

12日(日曜日)、エクトル2度目の1人で帰って来る日。

夜21時半頃、私のスマホにアーロンからメッセージが届いた。

「エクトルがバスに乗り遅れたので、いつもより30分ぐらい帰りが遅くなります。」という内容だった。

メッセージを受信した時、瞬時に気付いて読むことができていたら、「じゃあタクシー使わせて。」とかなんとか返事を返すことができただろうが、このメッセージに気付いたのは、エクトルが帰って来るほんの数分前だった。

契約の22時を15分以上過ぎてもエクトルが帰って来ないので心配になり、ふと手に取ったスマホにアーロンからメッセージが届いていることに気付いたのだった。

 

エクトルが帰宅すると、ビクトルは「バスに乗り遅れたんだって?アーロンからメッセージがあったんだけど、気付いたのがついさっきなんだ。」とエクトルに話しかけた。

エクトルは、バスルームで手を洗ったり子供部屋で靴を履き替えながらビクトルの話を聞き、「うん、そう。」と言った。

「でも次のバスを待つ間、どうしてたんだ?一旦ママの家に帰ったのか?」とビクトルがたずねた。

「ママとアーロンと一緒だったから、バスが来るまで近くのバルでお茶しながら待ってたんだ。」と、エクトルが言った。

なんでも、9月に入ってからは、エクトル1人だけで夜道は危ないということで、シュエの家からバス停まで(道のり10分ほど)は、シュエとアーロンが付き添ってくれることになったらしい。

 

それを言うなら、エクトルがバスを降りてから我が家までだって、10分近くの道のりだ。

夜道が危ないと言うのなら、バスに乗り遅れたら、「だから○時頃に迎えに行ってあげて」とメッセージで言うなり、それこそタクシーを使わせるべきではないのか?と、私は2人の会話を聞きながら心の中でツッコミを入れた。

 

そんなこんなで週が始まって間もなく、月曜日だったか火曜日だったか、シュエからビクトル宛てにメールが届いた。

「アーロンが私の家で暮らすことになったので、我が家の食費と光熱費が逼迫しています。共有口座から毎月1万円引き落として、食費と光熱費に充ててもいいですか?」という内容だった。

やっと来たか…と思った。

このメールを読んで、ビクトルは「メホール、メホール。」とほくそ笑んだ。

スペイン語の「メホール(:mejor)」とは、英語で言うところのbetter、「より良い」という意味だ。

 

以前の記事「17歳→18歳の夏」でもお伝えしたように、6月に弁護士事務所に相談に行った時、ビクトルと弁護士は、もしシュエがアーロンと暮らすことに難癖をつけてきたら、お金で解決しようと話していた。

あのシュエを黙らせるには、お金しか方法はない。

そこでビクトルと弁護士が話し合った金額は、毎月の共通口座の振込を、シュエの分だけ半額にしてビクトルは引き続き従来の金額を振り込み続けるという手段だった。

ビクトルとシュエは月々それぞれに日本円で約3万円ずつを共有口座に振り込んでいる。

1人が振り込む金額をさらにアーロンの分、エクトルの分と分けて考えたとして、半額の1万5千円をシュエに免除させるというわけだ。

「それ以上のお金についての要求は、蹴っていい。」と弁護士は言っていた。

 

だが、これはもしシュエがゴネた場合に使おうとしていた交渉手段だったので、私たちはアーロンをシュエの家に住まわせてからシュエがアクションを起こすまで、とにかく待つしかなかった。

待ちに待っていたアクションが、この、シュエからのメールだった。

私たちは、シュエの1万5千円の振り込み免除は確実…、もしかしたらそれ以上の金額か何かを要求されるかもしれないと戦々恐々としていたのに、本人から直々に「1万円」と提示されたのは、願ってもないことだった。

少なくとも5千円は儲かったような気分だ。

ビクトルは、「すぐに返事をすると却って怪しまれるかもしれない。」と言い、翌日に返事をすることにした。

返事には「毎月その1万円の明細を報告するように。」という一文を添えることを忘れなかった。

 

ところで、この、シュエからの1万円催促メールには「お互い弁護士雇うとか、無駄なお金は使いたくないでしょ?」と、最後に書かれていた。

ビクトルはこれを読んで「弁護士って言葉を使って僕を脅してるつもりだろうけど、これこそが彼女の本心だよ。シュエは弁護士とか裁判を恐れてるし、それらにお金を使いたくないんだ。僕は裁判になったって構わないんだけどね。」と言った。

 

ずっと前に、養育権の契約の書き換えで揉めに揉め、双方弁護士を交えて2年を費やし、挙句裁判になった時、ビクトルもそれ相応の弁護士費用や裁判費用がかかったが、シュエは「話が通じない!」と言って(いや、厳密には弁護士からの常識的な助言をシュエが納得しなかっただけなのだが…)途中で弁護士を変えたり、シュエの我儘に散々振り回された弁護士が業を煮やして割高に弁護費用をふんだくったのもあって、シュエはビクトル以上にお金がかかった。

また、その件について、シュエは中国の自身の母親に当時相当叱られたと、その時かかった費用の額を含めて、後でシュエがビクトルにこぼしていた。

そんなことがあって、シュエは弁護士や裁判については、相当なトラウマになっているようだった。

 

しかしなぜシュエがこのタイミングでアクションを起こしたのだろうか。

8月末の時点で、アーロンはたしかに「うん。(ママに)話したよ。」とビクトルに報告していた。

この時すでにアーロンがきちんとシュエに9月からのことを話していたとしたら、その頃に「じゃあ9月から…」と、早速シュエからビクトルにアクションがあってもおかしくなかったはずだ。

 

なぜ9月も半ば近くになってようやくシュエが動き出したのか、そのヒントは、あの日9月7日の夜、私がエクトルに「アーロンはずっとママと暮らすんだよ。」と話したことなのではないだろうか。

おしゃべりなエクトルのことだから、次の週末にシュエの家に行った時、おそらくエクトルはシュエにこのことを話したのだろう。

だから、翌週になって早速、ビクトルにメールを送って来たのだと思う。

ということはつまり、アーロンは7月の終わりにビクトルと話したことを、シュエにきちんと伝えてなんかいなくて、シュエもエクトルと同じように「2、3ヵ月だけアーロンを預かる」と考えていたのだろう。

シュエの反応が怖くて、アーロンはきっと「ずっとママの家に住む」とは言えなかった。

あのビビりなアーロンならあり得ると思った。

 

数年前のアーロンが超絶レボリューション(反抗期)だった頃のとある出来事を、私はふと思い出した。

あの頃、アーロンはとにかく私たち夫婦を避けていて、夏休みが近づくと両親の契約などそっちのけで、母親の家に入り浸っていた。

シュエはめずらしくビクトルに協力する素振りを見せたのだが(結局間もなく手の平返されて、アーロンとタッグを組み、ビクトルと私への攻撃が始まるのだが…)、その時にまだ好意的だったシュエからビクトル宛てに届いたメールの1つに、こんな文章があった。

「アーロンを数日預かるのは問題ないのだけど…、でも、私にも私の新しい家族があるから、あんまり長居してもらいたくないのよね。だからできるだけ早くアーロンに謝って、和解して、アーロンを引き取ってね。」

 

「私の新しい家族」って何よ?

アンタがマックスと再婚して、息子のフアンまでこさえたのは、アーロンやエクトルのことを考えてのことではなかったのか?

当時幼かったアーロンとエクトルに「あなたたちはラッキーね。だってお母さん1人にお父さんが2人もいるんだもの。」と、(私の存在は完全無視で)マックスを“新しい父親”と散々刷り込みをしたのは何だったのか?

アーロンを預かってくれることに感謝したのも束の間、私はこの1文を読んで一気にはらわたが煮えくり返った。

シュエには知ったこっちゃないだろうけど、私はビクトルを幸せにしたくて、他人だけど継母だけど半人前もいいとこだけど、アーロンとエクトルに女親ならではの愛情を注ぎたくて、はるばる日本から嫁いで来た。

ビクトルとだけじゃなく、アーロンとエクトルとも家族になりたくて嫁いで来た。

来西直後からじゃんじゃんシュエに邪魔をされ、子供たちにあることないこと吹き込まれ、挙句の果てには超絶レボリューションのアーロンに「梅子はいつも僕とパパの仲を裂こうとする。」とまで言われても、耐えた。

私はアーロンとも家族になりたい一心だったけど、自分の力は全然及ばなくて、すべてを壊されたのに、何を今さら「私にも私の家族がある」だ!

 

現実とは、“お金がなくても愛さえあればどうにかなる”ものではない。

お金は必要だ。

それは重々わかっている。

でも、今回もまた、シュエは母親としての愛ではなく、月々1万円というお金でアーロンを引き受けたように思えた。

 

でもそれは同時に、私たち夫婦だって、月々1万円をシュエに支払ってアーロンを押しつけたようなものだ。

たとえアーロンが母親と暮らすことを選んだのだとしても、ビクトルと私は、おそらく一生、この罪悪感が消えることはない。

 

 

■本記事シリーズのタイトルは、映画「誰よりも金を愛す」(1961年公開、日本)をモジることなくそのまんま使わせていただきました。

記事の内容と映画は、一切関係ありません。