酔うと化け物になる継父がつらい 1
中高生の子を持つ親御さんには、あるあるの1つなのではないかと思うが、我が家もご多分に漏れず、次男エクトルが中学生になってからというもの、めっきり私たちと外出してくれなくなってしまった。
映画を観に行こうと言っても、買い物や食事に行こうと言っても、アーロンも行くよ?と言っても、「それなら友達と行ってくる!」と断られてしまう。
7月の夏休みの時なんかもう最悪で、毎日毎日エクトルは友達とばかり出かけ、ほとんどどこにも出かけることができなかったので、ビクトルも私も相当凹んだ。
ちゃんと成長して親離れし始めたのは嬉しいことだが、でもやはり、少し寂しい。
先月、新学期が始まってしばらく過ぎた頃、体育の日に履いて行く運動靴が小さくなってきて、足が痛いと言うので、私は今がチャンス!とばかりに「じゃあ、みんなでスニーカーを買いに行こうよ!」と提案した。
しかし、エクトルから返ってきた言葉はやっぱり、「友達と行ってくるよ!」
あえなく撃沈した。
早速明日明後日辺り友達を誘って、ショッピングモールに買いに行くと言うので、ビクトルもまた、がっかりしながら渋々お金を渡した。
ところが、明日になっても明後日になっても、週が変わっても、なぜかエクトルはスニーカーを買いに行かなかった。
新学期が始まった途端に、友人たちは塾やら宿題やらで忙しいのだろうか。
そんなこんなで日は過ぎていき、9月の下旬になってもまだエクトルはスニーカーを買いに行こうとしないので、私はエクトルにちょっと入れ知恵をすることにした。
「来週の水曜日はパパがお給料をもらえるから、次の日の木曜日、パパを誘って買いに行かない?もしかしたら、今パパから預かってるお金よりも高いスニーカーを買ってもらえるかもしれないし、その後レストランでご飯も食べれちゃうかもしれないよ?」
エクトルは、「うーん…」と少し考えてから、「OK。そうするか。」と言った。
やった!
私は心の中でガッツポーズを決めた。
後にそのことをビクトルに話すと、「梅子…、君ってやつは…。出費がかさむじゃないか。」と終始ブツブツ言っていたが、ビクトルの顔だってニンマリしているのを、私は見逃さなかった。
そうして9月最終日の木曜日の夕方、私たち3人は、家から歩いて行ける距離のショッピングモールへ出かけた。
出かける前は「エクトルのテンションがやけに低い…どうしたんだろう…やっぱり行かない方がいい?」などと、ビクトルが敏感に心配していたが、外へ出たら最後、買い物の間も食事の間も、なんなら家に帰って来るまで、ビクトルとエクトルはずっとお喋りしっぱなし。
逆に私がお喋りの輪に入れなくてヤキモチを焼くぐらいだった。
ショッピングモールでは、無事にスニーカーも買えて、「クラスで読書が流行っている」と言うので、本屋で本も何冊か買った。
広いモールの中をあちこち歩いたので、疲れたしお腹も空いてきたし「さあ、夕飯を食べよう!」とレストランに入った。
食事中も、ビクトルとエクトルがいろいろなことをお喋りしていたが、ふと、エクトルのいつもの「ママの家では~」が始まった。
この時の実際の会話の内容は忘れてしまったけど、例えば「このお肉美味しいね!」と私かビクトルが言ったとする。
すると、エクトルが「あ!お肉と言えば、この前ママの家で○○スーパーで○○のお肉を買って食べたんだけど、とっても美味しかったんだよ!今度パパたちも試しに買ってみるといいよ!」…というような感じである。
エクトルには微塵も悪気はないので、ビクトルと私は思いっきりの作り笑顔でうんうん、そうかそうかと頷くしかない。
そんな、いつもの「ママの家では~」話をエクトルが繰り広げている最中、私はふいに「そういえば、マックスは元気なの?」と聞いてみた。
マックスとは、シュエの現夫である。
最近のエクトルの話題には、マックスをとんと見かけない。
それまで嬉々として話していたエクトルの顔が、一瞬凍り付いたように見えた。
そうして、(やっと辿り着いた)本日の本題について、エクトルが話しだしたのであった。
「えっとー、本当はあんまりパパたちの耳には入れたくなかったことなんだけどね…。」と、前置きして語り始めたエクトルの話は、まさに想像を絶した。
最近、マックスは酒に溺れる日々を過ごしているらしい。
何年か前にもそんなことがあった。
あの時は、酔った勢いでビクトルにメールを送ってきて、「アーロンやエクトルがちっとも言うことを聞かない、バケモノだ!」と、子供たちに対する恨みつらみが書かれていた。
ほどなくして今度はシュエからも「マックスは酔っているだけだから真に受けるな。」とメールが来た。その時は「最近お酒の量が増えてきて、義母と話し合っている。」とのことだった。
(当時の出来事について詳しくは、だいぶ前の記事「バケモノな子 1、2」をご参照ください。)
あの時から現在まで、この、マックス飲んだくれ問題が続いているのか、それとも、久々にこの問題が発生したのかはわからない。
ほぼ毎日のように、泥酔状態で家に帰って来ては、家の中の物をあちこちに投げて破壊するのだそうだ。
マックスが投げて破壊するのは、主に…も何も、家の中も家自体もほとんどがシュエが購入した物ばかりなのだが、自身のスマホですらも壁に投げつけて壊すらしい。
なぜならそのスマホもシュエが毎回買い与えている物の1つで、エクトルによればスマホだけでも、もう何台そうやって壊したかわからないと言う。
その間シュエは何をしているのかと言うと、ヨヨヨ…と膝から落ちてさめざめと泣くでもなく、もう…、聞いただけで呆れてしまったのだが、マックスが投げる物で被害が当たらない微妙な距離を取って、ギャーギャーとマックスに罵声を浴びせるのだそうだ…。
中国・上海の女は男よりも強いとネットか何かで読んだことがあるが、シュエはまったくその通りの女性だといつも思う。
あぁ、こうやって喧嘩も慣れてるから、初対面の人にも動じないし世渡り上手なんだろうな…と、むしろ羨ましくもある。
私は人見知りが激しい。
エクトルの話を聞きながら、私は悶々とそんなことを考えていた。
「そういう時、ママは警察呼ばないのか?」
これまでのエクトルの話を聞いて、思いっきり顔を歪めたビクトルが聞いた。
「もちろん!あんまり度が酷い時は警察呼んでる。」と、エクトルが答えた。
エクトルが知っているだけでも、今年に入ってからマックスはすでに2~3回ほど、警察署内の留置場でお泊りしているそうだ。
留置場でお泊りしなければならないほど酔って暴れるって、どういう状況なのだろう。
「昔…。」と、でもなんだか言いにくそうに、ビクトルが続けた。
「エクトル、お前まだ覚えてるか?ママの家でママとマックスが大喧嘩になって、マックスがママの髪の毛引っ掴んで、ナイフを首に当てて凄んだって、昔お前たちがパパに教えてくれたこと…。」
エクトルは「うん…。」と頷いた。
「あの時もママは警察を呼んで、マックスは警察官たちに連れて行かれた。」と、エクトルが言った。
問題はこれだけではなかった。
マックスは、マリ●ァナも復活させた。
(※スペインでは、マリ●ァナの売買は違法だが、吸引等の使用は法で許されている。)
マックスは、シュエとの結婚前から常用していて、当時は一時期シュエも一緒に吸っていたという話は、私もビクトルから聞いていた。
マックスは、結婚後は子供たちがいる手前、家で吸うことはなかったのだそうだが、最近は、子供たちも使うバスルームが吸引場所になっていて、「トイレに行くと、いつもものすごい臭いが充満してるんだ。」と、エクトルが言った。
ビクトルと私は、おもしろいぐらい同時に大きな溜め息をついて、頭を抱えた。
マリ●ァナと言えば、昔こんなことがあった。
私が結婚を決意して、スペインに移住したばかりの頃。
どうやらビクトルが本気で日本人と再婚するのだとわかったシュエは、当時、くっついたり離れたりを繰り返していたマックスを説得し、あれよあれよのうちに結婚式を挙げた。
スペインでの法的な手続きに則った婚姻、しかもそれが私やシュエのような外国人となると、手続きに時間がかかる。
私もその頃は手続きに着手したばかりだった。
ちなみに(法的に)婚姻が成立したのはそこから4ヵ月後だ。
それをすべてわかっていたシュエは、手続きは後回しにして、結婚式を先に強行したのだった。
今思えば、あの時のシュエは「絶対ビクトルよりも先に幸せを掴み取って、見せつけてやる!」という執念だけで行動していたところがある。
当時はまだ、子供たちの養育権の契約が曖昧で、シュエは子供たちが私と週末を過ごすのを嫌い、「週末は私が、平日がビクトルが!」と、本人直々に言い出した口約束で子供たちの世話を分担していた。
しかし、この挙式騒ぎの時は、いつもギリギリになってやれ今週末は式場探しだの、やれ今週末は衣装合わせだのと、これ見よがしに結婚アピールの連絡をよこしてきては、子供たちの世話を私たちに押しつけた。
そうかと思えば、ド平日に突然、「今日は子供たちの衣装合わせがあるから」と言って、子供たちを勝手に早退させたりと、シュエはやりたい放題だった。
ところが、挙式前日の深夜、ビクトルの携帯にシュエから電話がかかってきた。
ビクトルがイヤイヤ電話に出ると、電話口でシュエは号泣していた。
昨日からマックスが姿を消し、挙式前日の今日になっても連絡が取れないのだと言う。
シュエはその時、実は職場の同僚たちや、友人たち、マックスを知る人たちは皆、口を揃えて「マックスだけはやめておけ。結婚したって何も良いことはない。」と言うのだと告白した。
「結局そんなヤツなんだよ。今だってこんなに君を悲しませているんだから、明日の結婚式はやめた方がいいんじゃない?」とビクトルが優しく言うと、シュエは「それだけはできない!上司も同僚も友人もたくさん招待しちゃったのに、キャンセルなんて恥ずかしいことできない!」とブチ切れて、一方的に電話を切ってしまった。
翌日、式は無事に行われた。
マックスも見つかった。
「この2日間何をしていたのか!」と、シュエが問い詰めると、2日前に酔った勢いで車中で大量のマリ●ァナを吸ったら、そのまま丸々2日間、路駐していた車の中で意識を失っていたと白状したそうだ。
ちなみにこの話は、当時まだ幼稚園クラスだったエクトルと小学生だったアーロンが、私たちに教えてくれた。
この、結婚式騒動の時からずっと思っていた。
合法とは言え、麻薬を常用する大人が子供たちの近くにいること、一緒に住むこと、家族になることって、私にはあり得ない、あってはならない世界だ。
男の子だから、女の子だから、というのは関係ないかもしれないけど、アーロンもエクトルも、こういう環境が反面教師になっているのかわからないが、今のところ2人ともお酒もタバコも興味はないと言っている。
そりゃそうだ。
酔っ払ってトイレと間違えて、物置部屋に向かって盛大にオシッコするマックスの姿なんぞ見たら、「せめてこういう大人にだけはなりたくない…」と思うだろう。
でも、そういうことじゃない。
子供たちにとって小さい頃から、継父のマックスはお酒を飲むと暴れ、麻薬を吸うことが、普通であり日常になっているのがマズいのだ。
できればそういうことは、無縁の環境で育ってほしかった。
長男アーロンは今やシュエの家で暮らすことになったが、一応成人したことだし、ある程度の判別はつくと願いたい。
エクトルは、毎週末シュエの家に行かなければならないが、それでもまだ、ビクトルと私が住むこの家という避難場所がある。
問題は、彼らの異父弟のフアンだ。
フアンはたしか、先月から小学2年生になったと思う。
毎日…とはいかないまでも、ほぼ毎日、両親の汚い言葉での罵り合いや、醜い取っ組み合いの喧嘩、時には警察官が踏み込んで来て、父親を引き連れて行く情景をずっとそばで見て育っている。
トイレに行けば、なんだかよくわからない臭い煙が濛々と立ち込めている中で用を足さねばならない。
そんな過酷で可哀想な環境があっていいのか?
幼いフアンを想って、私は胸が痛くなった。
だが、エクトルからの衝撃の話は、まだ終わりではなかった。
■本記事シリーズのタイトルは、映画「酔うと化け物になる父がつらい」(2020年公開、日本)をモジって使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。