I'm Yours 3
前回のお話は、コチラ。
himatsubushi-hitsumabushi.hatenablog.com
アジア人の特権は、年齢よりも若く見られやすいということだ。
それから、この国にいてもう1つ嬉しいことは、皆大して年齢を気にしないということ。
ビクトルがいなくなってしまってから、本当にもうたくさんのスペイン人に、「まだその歳?!若いじゃない!何でもできるわよ!」と、お世辞じゃなく本気モードで言われる。
アラサーだから、アラフォーになったから、もうアラフィフだから…と、諦めたりしないし、周りから白い目で見られたりもしない。
「やりたいことは何でもやればいい!」という考えだ。
ビクトルがいた頃は、ビクトルの真似をして、この国の粗探しばかりしていた。
だけど、ビクトルがいなくなってしまってからは、相変わらずこの国の面倒くさいことに悩まされることもあるけれど、でも、以前よりもこの国の良さが見えてきた気がする。
この国は、この街は、ビクトルが生まれた場所だから好きというのもあるけれど、私は今もっともっとこの国が好きになっている。
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街コンで会話をした男性陣の中には、私の歳を聞き、年齢らしからぬ顔や恰好を見て、「かわいい“女の子”だね。」と言い、その後は明らかに、女性を見る目ではなく、子供を見るかのような目に変わり、私のたどたどしいスペイン語でさらに、まるで幼稚園児とでも話すような口ぶりに変わる人もいた。
「オレからばっかり質問するのはもう疲れた。君からオレに何でも質問してくれ。何でも答える。」
ドカッと席に着くなりそう言ってくる人もいた。
イギリス人の人と話した時は、「いや~、スペイン語ばかり話すのは疲れるね。」と言うので、「わかります!私、少しなら英語話せますよ。夫とは英語で会話していたので。」と言うと、「ほんと?じゃあ英語で話してもいいかな?」と、英語で会話をした。
だけど、直前までの男性陣とはずっとスペイン語で話していて、なおかつ、ビクトルがいなくなってしまってからは、ずっとスペイン語に追われる1年間だったから、久しぶりの英語を突然脳みそから引っ張り出して、英語モードに切り替えるのは至難の業だった。
言葉の端々にどうしてもスペイン語が出てきてしまって、挙句の果てには焦って「えっと、だから…」とか「何て言えばいいかな…」などと、日本語まで飛び出す始末で、その度に私は何度も「すみません。」と冷や汗をかいた。
イギリス人の人は、そんな私を見て「大丈夫。僕も一応スペイン語ならわかるから。」と笑った。
彼は、「ここだけの話だけど、僕はもうスペインとスペイン人にはウンザリなんだ。」と苦笑いしながら言った。
ビクトルみたいな人だなぁと思った。
ビクトルは生粋のスペイン人だけど、この国と前妻含むこの国に住む人々の我儘や強引さに辟易していた。
「日本へ行けば行くほど、自分の国を恥ずかしく思う。できることならこの国を離れたい。」とまで言っていた。
男性陣最後の会話の相手はフェルナンドだった。
「初めまして。」と、彼はおどけながら席に着いた。
トークタイムの間、私たちはどの人が良かったかをコソコソと話し合った。
「梅子の斜め前に白いブラウスの女性、いるだろ?彼女は論外だ。たぶん頭が悪い。」
「向こうの黄色のワンピースの彼女は、たぶん自分のワンピースの丈が想像以上に短いことを理解してないし、スカートを履いている時の椅子の座り方を知らない。」
悪口が達者なヨーロッパ人らしいと言えばらしいというか…、フェルナンドの言い様はしかしまぁ散々だった。
「いちばん最悪だったのは、あのセクシーな黒のドレスの女性だ。あれはもう最悪。僕は絶対に彼女を選ばないね。」
いたずらっぽく笑いながらフェルナンドが目を向けたのは、ローサだということに気がついて、私は思わず大笑いしてしまった。
ローサはセクシーに足を組み、私が2番目ぐらいに話していたカリブ海の国出身のドクターと、楽しそうに話していた。
「なんでよー!ここだけの話、今日の参加者の中でいちばんの美人は、私、断然ローサだと思う!たぶんモテモテなんじゃないかな。あなたは今日の男性陣の中でローサにいちばん近い存在なんだから、だいぶ有利じゃん?」
私も負けじとおどけて言い、フェルナンドは「ははは!」と笑った。
だけど、そんな皮肉ばかりのフェルナンドにも、いいなと思った女性はいたようで、「梅子の斜め後ろにいるあのメキシコ人の女医は、気さくで知的で、話していてとても楽しかったよ。」と言った。
「じゃあ、あなたは彼女の番号をメールするってことね?彼女とマッチングできるといいねー。」と私が茶化すように言うと、「なぁ、ローサともさっき話したんだけど、番号をメールする時、試しに僕の番号もメールしておいてくれないか?僕も梅子の番号を書いておくからさ。この主催者がきちんと仕事するか確かめてみよう。」と、フェルナンドはさらに声を潜めて言った。
「いいよ。あなたの番号もメールに書くことにする。」
「それから…」と、フェルナンドが言った。
「今日ローサは僕たちと夕飯を食べに行くことができないんだって。子供たちが家にいるんだとさ。だから今日の反省会は僕と梅子だけでやろう。」
「OK。」
「昨日、市場でワインとエビを買っておいたんだ。それを持って今夜梅子の家に行くよ。君の家で反省会をしよう。」
え?そうなの?まぁ別にいいけど。
そこまで話して、トークタイムの終了を告げるベルが鳴った。
「梅子、今日の君は本当に綺麗だよ。」
最後にフェルナンドは私にそう言って、次の女性のテーブルへ移っていった。
街コンのイベントが終わり、ローサとフェルナンドと私の3人は、会場だったホテルを出て近所のバルで少しお茶をした。
あの人はああだった、こうだったと一通り話をして笑って、お開きとなった。
ローサが車で来ていたので、私を家まで送ってくれた。
さっきまであんなにお天気が良かったのに、家に着いた途端に空が真っ暗になり、雷がゴロゴロ鳴り始めた。
フェルナンドが私の家に着いてから、とうとう雨が降り始めた。
雷がピカピカ光って、だいぶひどいどしゃ降りになってきた。
「夕飯を食べるにはまだ早いから、映画でも見ないか?」
フェルナンドはそう言って、私にパソコンを持ってくるよう言うと、リビングのテレビにあっという間に繋いだ。
「実はずっと見たかった映画があるんだ。でもかなり宗教的な話で、見方によっては批判的な内容だから、周りには言えなかったんだ。」
私たちのグループには、かなり敬虔なクリスチャンもいる。
「なんだ!言ってくれればビクトルのコレクションの中にあったかもしれないのに。」と私が言うと、「ビクトルこの映画持ってたかなぁ。たぶんアイツの好みじゃないと思うぞ?」
その映画はスペイン映画だった。
あぁ、スペイン映画はビクトルは好きじゃなかったから、たぶんない。
そして私たちは、夕飯の前に「カミーノ」という映画を見た。
キリスト教徒の中でも、ある種独特に敬虔な…とでも言えばいいのか、オプス・デイに関する話でもあり、巻き起こる偶然がすべてマイナスの方向へ空回りしていくような、救いのあるようなないような、もろ手を挙げて後味が良いとは言えない映画だった。
私のように、他の宗教徒だったりキリスト教を深く知らない人がこれを見たら、「ダヴィンチ・コード」じゃないけれど、ますますオプス・デイに偏見や嫌悪感を持ちかねないなと、正直思った。
映画は思った以上に長くて、終わった頃にはすでに夜が更けていた。
私たちは2人でキッチンに立ち、夕飯作りに取り掛かった。
ビクトルがいなくなり、子供たちがこの家を去って以降、私は未だに包丁や調理器具を触ることができない。
フェルナンドと一緒ならできるかなと思ったけど、やっぱりダメだった。
1年以上ぶりに、大きなフライパンを取り出し、私の代わりにフェルナンドがエビをプランチャしてくれた。
フライパンにはホコリが積もっていて驚いた。
使う前に洗い直さなくてはならなかった。
それから私は、カットレタスを使って、ただ皿に盛ればいいだけのサラダを作り、すでにスライスされている生ハムとチーズを準備した。
それでもフェルナンドとお喋りしながら楽しく料理をして、食事した。
いつもはそんなに急ピッチでお酒を飲まないのに、フェルナンドはなんとあっという間に1人でワインを1本空けてしまった。
夕飯を済ませると、すでに時刻は日付が変わっていた。
「そろそろ帰るか…。」
そう言って、フェルナンドが席を立った。
「エビ、ご馳走様。雨、もう止んだかなぁ。」
そう言いながら、私も席を立ち、見送る準備をした。
カバンを取りに行くはずのフェルナンドが、気がつけば私の方へ歩いてきた。
そして、「今日は飲み過ぎた。」と言って、私を抱きしめた。
え?どした?
抱きしめて、「梅子、本当に気がついてないの?気がついているけど隠してるの?僕がずっと君のことを好きだってことを。」と言ったかと思うと、フェルナンドは私にキスをした。
いやいやいやいや…???
何が起きてんの???
フェルナンドが私を好きだったなんて、今初めて知った。
ビクトルがいなくなってしまって、今までずっと助けてくれていたのは、それはフェルナンドがビクトルの幼馴染みだからであって、何もわからない、この国に身内もいないたった1人の私を不憫に思ってのことだとずっと思っていた。
フェルナンドは彼含め、元…になってしまった奥さんも子供たちも、見事なまでにインテリ一家だ。
そんな人が、こんなスペイン語もまともに話せず、銀行口座も1人で開設できないような、しかもアジア人の私に興味なんか持つわけがない。
今思えば、こうして1年以上もずっと寄り添ってくれていたのだから、浮いた話の1つや2つ浮上するのは当然だったのかもしれない。
でも、彼には悪いが、私はそんなこと今の今まで微塵も考えたことがなかった。
…と同時に、私の中で何かが弾けたような、ずっと閉ざされていた扉が開いたような、眠れる何者かが時を経て目を覚ましたかのような、そんな感覚がギラリと光ったような気がした。
ビクトルの全身全霊の愛を長年受け続け、すっかり安心しきって、なんならすでに落ち着きの境地に至っていた心に、遠い遠い昔、若かりし頃に日本で味わったことのある、懐かしい激震のようなものが走った。
「僕は君が好きでたまらない。」
フェルナンドはそう言って、またキスをした。
ここ何日間か、街コンに行くか行かないかムダにグダグダ悩み、美容室へ行き、今日は大急ぎでサンダルにやすりをかけて街コンへ行き、たくさんの初対面の人とスペイン語でよそ行きモードで話した。
久しぶりに英語まで話した。
その後スペイン語の長い映画を見て、フェルナンドと料理をして食事して、もう時刻は日付を越えていて、正直、ヘトヘトで眠りたい。
でも最後のひと踏ん張りとでもいうように、私の脳みそはグルグル回転し始めて、心臓は驚くほどドキドキしている。
気がつけば、手まで震えている。
だけど、体が動かない。
これがアドレナリンの分泌ってやつなのか?
そんなことを突然冷静に考えたりもする。
私はフェルナンドになされるがままだった。
もう少し、こうしていたいなとさえ思い始めてきた。
それは、この1年以上、いくら求めてももう二度と味わうことができないと絶望していた、愛のある温もりだった。
でも、何か違う。
この10年以上、慣れ親しんできたものと全然違う。
ビクトルの顔がふとよぎる。
ビクトルが「やめて」と言ってる気がした。
「やめよう。こんなこと良くない。私にはビクトルしか…」
フェルナンドを少し押して突き放した。
ビクトルの名前を言った途端、涙がこぼれてきた。
フェルナンドは「シーッ、泣くな泣くな梅子。ごめん。」と言って、慌てて私の肩を撫でた。
フェルナンドはまだ私から手を放すことができないようだった。
「わかってる。この1年ずっとそばにいて、君がどれだけビクトルを愛しているか、よーくわかってる。だからこそ、僕はあいつが君をたった1人残して先に逝ってしまったことに、腹が立ってしょうがない。」
フェルナンドはそう言って、廊下に飾ってある写真に目を向けた。
そこには、銀閣寺をバックにした、ビクトルと私のツーショット写真がある。
「今すぐ恋人になりたいとかいうわけではないんだ。僕もまだいろいろ複雑な状況だ。それに、僕は君を幸せにしてあげることは、たぶんできない。自分でもよくわかってる。だけど今日の君を見て、気持ちを隠してることが我慢できなくなった。君をこの1年間支えてきたのは、僕がビクトルの古い友達だからじゃない。君の友達だからだ。友達の奥さんだからじゃない、君を1人の人間として見ていたからなんだ。」
ビクトルがいた時、グループの集まりで私も参加する時は、私はいつもビクトルの隣りでただニコニコしているだけの存在だった。
当時はスペイン語が全然だったから、皆が何を話しているのかさっぱりだったし、たとえ何か発言したくても、どう言っていいかわからないから、黙ってニコニコしているしかなかった。
皆は、私がどういう人間なのか、ビクトルの説明からしか情報を得ることができなかった。
だけどビクトルがいなくなってしまった今は、私自身が皆の話を聞き、私自身が私自身の考えを話さなくてはならない。
だんだん、私が本当はどういう人間なのか、皆がわかり始めてきていると、最近よく感じる。
ことフェルナンドは、この1年でいちばん会話を交わしてきたから、きっといろいろ発見することがあって驚いたのだと思う。
私たちのグループは、とにかく皆が皆、繋がっている。
フェルナンドの元奥さんにも繋がっている。
2人には、年頃の子供たちもいる。
あることないことグループで噂されるのもイヤだし、離婚したとはいえ、とにかくあんなにお世話になった元奥さんに申し訳も立たない。
なによりも、今起きていることは青天の霹靂ではあるけれど、私はフェルナンドに対して友達以上の感情はまったく抱いたことがない。
「私は、まだこれからもあなたの助けが必要だと思う。だけど、ごめん。それはあなたがビクトルの友達で、いちばん信用できる人だからであって、それ以上には考えられない。私たちは、このまま今までどおり友達でいた方がいいと思う。」
「そうだよな。僕もそう思う。」
そう答えるフェルナンドの言葉は同意しているけど、目が同意していないのが、ものすごくわかった。
「僕らスペイン人は、世界でいちばん情熱的な人種なんだよ。」
昔、ビクトルがよくそう言っていた。
「だから、僕たちは恋愛に駆け引きを持ち込まない。僕たちは正直な気持ちをぶつけて勝負する。」
ほんとだね、ビクトル。
フェルナンドも情熱的な生粋のスペイン人だと思うわ。
その夜、私はほとんど眠れなかった。
翌朝ゾンビのように起きて、仕事をした。
昼間、フェルナンドからwhatsappが来て、彼も眠れなかったと言った。
「仕事が終わったら、会えないか?もう一度話がしたい。」と言われた。
仕事を終えた夕方、私たちはお互いの家の中間地点の、とあるカフェで落ち合った。
そこでじっくり話をした。
「友達のままでいよう。」という結論になった。
それでもやっぱりフェルナンドの目はそう言っていないのが、痛いほど伝わった。
胸の辺りに、警報機のようなものがあって、その警報機が「それ以上進むな!」とずっと鳴りやまない感覚がしていた。
でもあの時目覚めてしまった欲望みたいなものが、「寂しかったんでしょう?もう1回味わったらいいじゃん!スペインには大人の人生の楽しみ方があるんでしょう?」と囁いてる感覚もする。
話し合いの中でフェルナンドは、「もうビクトルはいないんだ。」と、何度か言った。
他愛もない話題になった時、ふと思い出してビクトルの話をすると、フェルナンドは「梅子、ビクトルのことはもう忘れろ。ビクトルがいない今の人生にもっと目を向けろ。」と言った。
それは今の私にとって、これ以上ない激痛を伴う言葉だった。
忘れられるわけないだろうが!
ビクトルはいるんだよ!
いつも私のそばにいる!
でも、好きな人に、目の前で別の男の名前、しかも敵いようがない相手の名前を何度も言われて気を悪くするフェルナンドの気持ちもわかる。
しばらくの間、フェルナンドに会うのはやめようと、ひっそり心に決めた。
あれから3週間ぐらい過ぎただろうか。
その間、フェルナンドからは何度かwhatsappが来た。
彼は、あの街コンでめでたくメキシコ人の女医とマッチングして、彼女の電話番号をゲットできたらしい。
もう何度か彼女に会っていると言っていた。
ちょっとホッとした。
私は、ビクトルのようにスペインとスペイン人にウンザリしているイギリス人の電話番号をゲットできた。
フェルナンドの電話番号もあった。
どうやらこの街コンの主催者は、きちんと仕事をしているようだ。
ところでローサもこのイギリス人の電話番号をゲットしたらしい。
ローサがライバルなんて、とんだ強敵…。
もう負け戦確実。
姐さんになんぞ敵うわけがない笑。
こりゃダメだ。
でも、それでいいんだと、ちょっとだけホッとしている。
■本記事シリーズのタイトルは、Jason Mraz 3rdアルバム「We Sing. We Dance. We Steal Things.」(2006年発売)の収録曲「I’m Yours」をモジることなくそのまんま使わせていただきました。
本シリーズの内容と曲は、一切関係ありません。