I'm Yours 1
そういえばしばらくここを見ていなかったな…と思ったら、前回の日記が3月で驚いた。
前回からもう3ヵ月もたったけど、自分の中では変わらぬ思いのまま日々を過ごしている気がする。
だけど、最近、友人のマリアやルイス、そしてフェルナンドからよく言われるようになったことがある。
「梅子、あなたはもうあなた自身の人生を、しっかり地に足つけて歩いているよ。」
「きみはもう、新しい人生を作って楽しんでいるよ。僕たちにはそう見える。」
そう言われても、当の本人はというと、いまいちピンときていない。
ふとしたことでビクトルを思い出し、涙が流れる毎日は、こうして1人になって2度目の夏が来ても、今も変わらない。
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先日、カウンセリングのクリニックの待合室で待っていたら、待合室に流れているBGMからJason Mrazの「I’m Yours」が流れてきた。
懐かしいなぁと思ったのも束の間、涙がポロポロこぼれてきた。
昔、日本から嫁入り道具として持ってきた私のCDコレクションから、Jason Mrazの3rdアルバム「We Sing. We Dance. We Steal Things.」をビクトルに聴かせてみたことがあった。
ビクトルは、「この曲、良い曲だね。」と言って、「I’m Yours」をとても気に入ってくれた。
当時、ビクトルと私は、お気に入りの曲をかけて、口ずさんだり、時には腰を振って陽気に踊ったりしながらお昼ご飯を作る…という、マイブームならぬ“アワブーム”があったのだけど、ビクトルがお昼ご飯を作る日は、しばらくの間このアルバムがかけられていた。
あの頃は本当に楽しくて幸せだった。
急にそんなことを思い出して、焦りながら涙を拭いていると、私の担当の先生が「I’m Yours」を口ずさみながら私を呼びに来た。
「先生もこの曲知ってるの?」と聞くと、「もちろん!良い歌よね~♪」とニッコリした。
カウンセリングルームに入り、お互いに席に着くと、先生が言った。
「2週間ぶりね、梅子。さて、この2週間の間、あなたは何をして、何を感じながら過ごしてた?」
私は、去年の今頃、このカウンセリングに通い始めてからずっと課題として出されている“達成したこと日記”のノートを先生に見せながら、この2週間の出来事を話し始めた。
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この2週間は、実は少し特別だった。
いや、私にとっては、ビクトルがいなくなってしまってからというもの、毎日が特別というか特殊というか、良いことも悪いことも含めて全部が全部、目新しくて、思いもよらないことばかりなのだが、この2週間は、“私の新しい人生”とやらが、1つ別のステージに入った、そんなふうに感じる日々だった。
ある日、フェルナンドからwhatsappが届いた。
「梅子、街コンに行ってみないか?」
フェルナンドは、ビクトルの小学校からの幼馴染みであり、ビクトルが亡くなったその日からずっとずっと、私に寄り添い助けてくれた友人だ。
彼には奥さんがいて、私は奥さんとも仲が良くて、去年の今頃はフェルナンドだけでなく奥さんにもたくさん助けてもらっていた。
フェルナンドは実務的なことを、そして奥さんは私のメンタル的なことを、まるで2人で役割分担でもしているかのように、常にサポートしてくれていた。
だけど、去年の秋頃だったろうか…、奥さんが「もう彼とはやっていけない。私たち、別居するわ。」と、泣きながら突然私に電話をかけてきたのだった。
当時、私は自分のことすら手に負えない状況だったから、奥さんを励ましたり話を聞こうにも、結局自分がいちばん大泣きするような有り様で、まったく役に立たなかった。
フェルナンドには、弁護士とのやり取りなど、引き続き実務的なことを助けてもらっていたから、やっぱりこちらにも、私が間を取り持つ…などという大したことができるわけもなく、あれよあれよのうちに、彼らは今年に入ってから離婚してしまった。
2人がこうなってしまったことに、当然、私は責任を感じた。
2人には本当におんぶにだっこの1年間だった。
午前中は奥さんが私を外に連れ出して、リフレッシュさせてくれたかと思えば、今度は入れ替わりに午後はフェルナンドが手続きや、弁護士との打ち合わせの準備を手伝ってくれる…なんてこともあった。
私は2人にそれぞれ、「私のせいだったら本当に何と謝っていいかわからない。」と言った。
2人はそれぞれ、「梅子のせいじゃないよ。もう何年も前から燻っていた問題だったんだ。」と言った。
フェルナンドは、スペイン人にはめずらしく、奥さんに愛情表現をするような人ではなかった。
だけど、いざこうして独りになってしまって初めて、奥さんが常に傍にいてくれていた温かさに気付いたようだった。
最近は「1人でご飯を食べるのは寂しいもんだな。」と言って、私はよく夕飯に誘われた。
そんな時に、ローサという女友達から「近々街コンっていうのがあるらしいの。行ってみない?」と誘われたんだと、フェルナンドは教えてくれた。
ローサは、私たちのグループのメンバーでもあり、私も面識がある。
彼女もやっぱり離婚歴があり、今は中学生と高校生の母親をしながらも、独身貴族を謳歌している。
「でも…、私、今は恋愛とか、そういうことはまだ全然考えられないんだけど…。」
私がそう返事を返すと、「恋愛を目的にすることはないさ。梅子はいろんな人と知り合って、友達を作りたいんだろう?同じように友達を作りたいと思って参加する人だっているかもしれない。」と、フェルナンドが答えた。
「うん。でも、私まだ全然スペイン語話せないよ?」
「ハハハ!」という言葉と共に、大爆笑する顔のマークが送られてきた。
「じゃあ、今まで俺たちは何語で話してたんだ?俺は日本語は1度も話したことないぞ?なぁ梅子、自信持て!きみはもうちゃんとスペイン語を話せてるし、理解できてるよ。おもしろそうなイベントじゃないか。後で笑い話にできるかもしれない。行ってみないか?」
「考えてみる。」
そう言って、その日のwhatsappは終わった。
スペインで街コンなんて、今まで聞いたことがない。
フェルナンドやローサも、こんなイベントは初めて聞いたと言っているぐらいだ。
人生の笑い話として、たしかにこれは大きなネタになる。
男性だけでなく、参加していた女性陣とも友達になれるかもしれない。
現時点では、恋愛なんて1ミリも考えられないけど、人生はどうなるかわからないことは、この1年間でイヤと言うほど味わった。
あわよくば、もしかしたら、こんな私にもまた恋をしようと思える何かが起きるかもしれない。
でも…
それでも私は迷っていた。
スペイン人だらけの中に、こんなアジア人がエラそうにちゃっかり参加して、バカにされたりしないだろうか。
フェルナンドは私はもうスペイン語がじゅうぶん話せると言っていたけど、実はまだ、フェルナンドが話すことが100%理解できているわけではない。
自分が伝えたいことを頑張って話しても、言葉がスラスラ出てこなくていつもモヤモヤしているし、ちゃんと伝わっているかどうかも疑心暗鬼でいつも会話している。
限られたトークタイムで、言葉も気持ちも理解しなければならないなんて、私にできるんだろうか。
それだけじゃない。
もし私が街コンになんか参加したら、空の上のビクトルは、一体どう思う?
悲しむんじゃないんだろうか。
私がよその男に目がくらみ始めたと、がっかりするんじゃないだろうか。
寂しく思うんじゃないだろうか。
「恋愛はまだいい」なんて言っておきながら、あわよくば…?なんて考え始めている自分にもちょっと腹が立ってきた。
数日後、「ローサと俺はもう申し込んだよ。梅子は?どうする?無理強いはしないよ。でもきっと楽しいぞ?」と、フェルナンドからまたwhatsappが来た。
それでも私はまだ行くか行かないか、決められないでいた。
何も決められない。
自分で何ひとつ決められない。
情けないと心底思った。
長くなってきたので、続きはまた次回にします…。
■本記事シリーズのタイトルは、Jason Mraz 3rdアルバム「We Sing. We Dance. We Steal Things.」(2006年発売)の収録曲「I’m Yours」をモジることなくそのまんま使わせていただきました。
本シリーズの内容と曲は、一切関係ありません。