Supermassive Black Hole
まだビクトルと出会う前。
東京での独身時代、私は洋楽ロックにハマっていた。
きっかけはもう何だか忘れてしまったが、2006年からその趣味が始まったのだけは、なぜか鮮明に覚えている。
同僚や友人に詳しい人がいて、「ニューアルバム、とうとう出たね!」などと話すのは楽しかったし、当時流行っていたmixiでも共通の趣味を持った友達もできた。
そのうちの何人かとは、今でも交流がある。
FUJI ROCKに行くのが当時の夢だったけど、それは経済的にも若干遠い夢で、泊まりがけで3日間山を上り下りする自信がどうしても持てなくて、結局今まで1度も行ったことがない。
そのかわり、Summer Sonicは毎年行ったし、お目当てのバンドの来日コンサートも足しげく通った。
大物どころだと、Rediohead、Red Hot Chili Peppers、Green Day、Maroon5…。
2009年、FUJI ROCKのヘッドライナーを務めた後間もなく解散したOASISの、今となっては最後の来日公演となった2009年3月の幕張メッセにも行った。
元々洋楽が好きだった…というより、どちらかというと、2006年からある日突然、という感じだったので、それ以前のバンドや曲にはめっぽう疎かった。
誰かに勧められたリ、新しくリリースされた曲を気に入ったら過去の曲を初めて掘り起こして聴いてみるという具合。
むしろ2006年前後を軸に出てきたような、若くて新しいバンドの曲の方に貪りついていた気がする。
大好きになったバンドは新旧含めたくさんあるけれど、その中でも好きになったバンドの1つが、MUSEという、3人組のイギリスのオルタナティブロックバンドだ。
これまた2006年にリリースされた彼らの4thアルバム「Black Holes and Revelations」の中の、「Knights of Cydonia」と「Supermassive Black Hole」は、衝撃も衝撃、大衝撃を受けた。
前置きが素晴らしく長くなったが、今日は、この「Supermassive Black Hole」をタイトルに使わせてもらうことにした。
アメリカのロックバンドも好きだが、これは!!!と心にビリビリくるのは、イギリスのロックバンドが多かった。
だから、イギリスに行ってみたいと、いつしか考えるようになった。
少ないお給料から、毎月バカみたいにCDを買い漁り、ライブやコンサートに通いまくっていたけれど、イギリスに行くための貯金も始めた。
当時はロンドンオリンピックの前だったから、イギリスに行くのはオリンピックが終わった2012年以降にしようと考えた。
だけど、そうこうしているうちにひょんなことからビクトルに出会い、結婚を決めた。
イギリスへ行くためだったはずの貯金は、スペインへ移住するためと、私たちの結婚指輪を買うための足しにと、全部使い果たした。
東京時代に買い集めた自慢のCDは、スペインに来る時の“嫁入り道具”の1つとして、すべて持ってきた。
でも、スペインでの暮らしが始まってから、私はぱったりロックを聴くのをやめてしまった。
家事をしたり、子供たちと遊んだり、ビクトルとお喋りするのに忙しかったし、それが断然楽しかったからだ。
それに、音楽を聴きたいと思う時は、洋楽を聴くよりも、むしろ今まで大して興味のなかった邦楽の方が聴きたかった。
たぶん、それだけ日本語に飢えていたからだと思う。
最愛の夫、ビクトルがいなくなってしまってからは、とにかくこの世の娯楽、エンターテイメントにまったく興味がなくなった。
私にとってはもう、世界が終わってしまったわけだから、そんなものを楽しむ余裕も気力もなかった。
だけど、年末年始に日本に帰って、少しスイッチが切り替わってから、音楽を聴いてみようと思い始めた。
何を聴こうか…。
結婚してから、もう何年も滅多に開けなかったベッドの下の収納ケースから、引っぱり出したのが、MUSEの「Black Holes and Revelations」だった。
それ以来、私は東京時代のCDをちょくちょく聴いている。
独身時代、命の次に大事にしていた…と言っても過言ではないiPod touchも見つけたので、ビクトルのBOSEのスピーカーに繋ぎ、近所迷惑も甚だしいほどの大音量+重低音で鳴らして、猫の助のトイレ掃除をしたりもする。
ビクトルがいた頃、私はよくYoutubeで知っている日本の曲をかけて、歌いながら掃除をしたりベランダで洗濯物を干したりしていた。
ビクトルがいなくなってからは、その時よく歌っていた曲を思い出すだけでもしんどくて、もう二度と歌ったりしないと心に誓っていたけど、最近、少しずつそういう曲も聴けるようになってきて、また歌いながら家事もできるようになってきた。
東京時代に買い集めた洋楽ロックを聴くのは、まだましだ。
独身時代の曲がほとんどだから、ビクトルのことを思い出さなくていい。
だけど、邦楽を聴いたり歌ったりする時に気をつけなければならないのは、ふと我に返ってしまうことだ。
ビクトルや子供たちがいた頃を思い出して、泣きだして、歌うどころじゃなくなってしまう。
こんなつまらないちょっとしたことでも、私の心は簡単に崩れてしまうのかと、ガッカリするしウンザリする。
愛する伴侶を失うことが、どれだけ心にスーパーマッシブなダメージを喰らっているか、まざまざと、グサグサと痛感する。
ビクトルを失った今、皮肉にも私の心にはまさに「Supermassive Black Hole」が広がっている。
日々の些細な嬉しいことや楽しいことは、例えるなら、砂浜の砂粒のように小さくて、それをいくら放り投げても、心に空いた大きな大きな底なしの穴は、埋まる気配すらない。
Oh baby, don't you know I suffer?
Oh baby, can you hear me moan?
という歌詞で、この歌は始まる。
相手がビクトルなのか、神様なのかわからない。
だけど、私がこんなにも苦しんでいるのを、あなたにはわかりますか?
私がこんなにも嘆き呻いている声が、あなたには聞こえていますか?
明日は、ビクトルの一周忌。
今週に入ってから、全然眠れない。
思い出したくもないのに、去年の“今”が鮮明によみがえってどうしようもない。
それはまるで、ビクトルの命が終わる瞬間までのカウントダウンのようで、体は2023年を生きているのに、心は2022年を生きているような、そんな感覚。
しんどくて気が狂いそう。
■本記事のタイトルは、MUSE 4thアルバム「Black Holes and Revelations」(2006年発売)の収録曲「Supermassive Black Hole」をモジることなくそのまんま使わせていただきました。
記事の内容と曲は、一切関係ありません。