梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

酔うと化け物になる継父がつらい 2

前回のお話は、コチラ

 

 

思春期で親離れが始まったらしい我が家の次男エクトルと、やっと一緒に出かけることができた、とある平日の夜。

買い物を済ませてレストランで夕食をとっている最中、私たち夫婦はエクトルから衝撃の話を聞かされることになった。

長男アーロンが長年「せこい!厳しい!」と不満を漏らしていた我が家とは異なり、子供たちがさぞかし贅沢に自由に伸び伸びと過ごしているのだろうと(若干の皮肉を込めて)思っていた母親シュエの家では、実は酒乱の継父マックスによりとんでもない修羅場が度々起きていた。

子供たちも成長するにつれて、彼らなりに私たちに知らせたいこと、知らせたくないことをジャッジして、このことについては伝えないでいたのだろうが、エクトルの話しぶりから見て、この異常な状況をあまり大したことではない、まるでどの家庭でも普通に起きていることのように状況慣れしている様子が、私にとってはさらに大きなショックだった。―—―

 

 

エクトルの話を、ビクトルも私もただただ驚いて聞いていた。

ビクトルは、「お前たちのママの家は、ご近所さん達の間ではだいぶ有名になってるんじゃないのか?喧嘩する度に騒音と怒鳴り合いで、しかも何度も警察官が来るなんて相当だぜ?」と、苦笑しながら言った。

 

7月末にビクトルとアーロンが9月からのアーロンの定住先について話をした時、アーロンは「あっち(シュエ)の家にも少し問題があって…。」と言い、シュエとマックスがちょくちょく喧嘩をするから、その時は我が家に避難したいとこぼしていた。

あの時アーロンは、喧嘩の詳細は何も言わなかったが、今、改めてエクトルから事の次第を聞いて、アーロンの言うことは本当だった、しかもこれじゃあ避難したい気持ちもわからなくはないなと思った。

 

9月からシュエの家で暮らしているアーロンも、こうして今、平日を私たち夫婦と共に過ごしているエクトルも、もちろん不憫に思ったし、そんな状況下で果たして子供たちをシュエ夫婦に託して良いものかと不安になってきた。

だけど、2人よりももっと心配だったのは、彼らの異父弟である幼いフアンのことだった。

 

「私、フアンが心配だわ…。」と、私がぽつりと言うと、エクトルがすかさず「フアンなら大丈夫!」と言った。

「ママとマックスはちょくちょく喧嘩するけど、2人共フアンを巻き込んだりしない。フアンが何かいたずらしたとしても、ママもマックスも絶対手も挙げないし、怒鳴ったりしないよ。マックスはフアンのことを溺愛してるしさ。それにフアンもいつも元気で明るいから、ちっとも問題ないよ。」

 

「いやいや、梅子もパパもそういうことを心配してるんじゃないんだよ。」と、ビクトルが言った。

エクトルは、え?それなら何が問題?というような、キョトンとした顔をした。

 

フアンはシュエとマックスの息子であって、私たち夫婦にはまったく関係がない。

殊、私のポジションとしては、ますます何の縁も繋がりもない間柄だから、私が心配したり気にかけるのは、まったくもって“余計なお世話”である。

けれど、我が家の子供たちでさえ逃げたいと思っているような環境に、1年365日、四六時中逃げ場もなく、それが生まれながらに当然の環境として生活している幼い子供が、こんなに身近なところに存在していることが問題なのだ。

シュエとマックスが汚い言葉で罵り合っている傍らで、1人遊びをしているフアンを想像しただけで胸が張り裂けそうになる。

 

エクトルがまさに今のフアンと同じぐらいの歳だった頃の夏休み、アーロンと共にサマースクールに通わせていたら、ある日担当の先生から呼び出されたことがある。

アーロンと同年代ぐらいの大きいお兄ちゃんたちのグループに、からかわれて癇癪を起こしたエクトルは、皆の前で「死んでやる!この窓から飛び降りて死んでやる!」と叫んだのだった。

すぐさま先生が気付いて、エクトルをなだめようとしたのだが、その先生にまで暴言を吐いた。

エクトルは先生に対して「お前まで僕を笑ってるんだろう!ナイフを持って来い!お前の目の前で首を刺して死んでやる!」と宣った。

 

「窓から飛び降りて死んでやる!」、「ナイフで死んでやる!」

この言葉に私たち夫婦は聞き覚えがあった。

それは、この騒ぎが起きるちょっと前に、アーロンとエクトルが「ママがマックスと喧嘩して、ママが“死んでやる!”と叫んで窓際に走って行った。キッチンからナイフを持ち出して、首にナイフを当てた。トイレ掃除用の洗剤を持ってきて、マックスの前で洗剤を飲もうとした。」等々、数々のシュエの狂気の沙汰を教えてくれていたからだった。

サマースクールの教室で、先生の前で繰り広げたエクトルの言動は、すべて母親シュエを真似たものだった。

 

子供は大人、親のすることをよく見ている。

身近な大人の言動を真似て使いたがる。

子供とはそういうものだ。

フアンは、今は明るくて穏やかな良い子かもしれない。

でも、きっと将来、近いうち、アーロンやエクトルのように思春期になった時、学校で友達と何かトラブルがあった時、大人になって恋人ができたり家庭を持った時、フアンの心は果たして健康的なままでいられるだろうか。

 

ビクトルと私がそう説明すると、エクトルは「あぁ、なるほど…。」と口をつぐんだ。

 

少しの沈黙の後、「デザートを注文しよう!」とビクトルが言い、エクトルはイチゴ味のミルクシェイクを注文した。

ビクトルと私は、熱いカフェコンレチェ(カフェオレ)を注文した。

デザートが運ばれてくるまでの間に、「あ、それからね…。」とエクトルが話を再開した。

それは、また新たな衝撃的な話だった。

 

つい数日前の、直近の週末、マックスがまた泥酔状態で帰って来て、またいつものように悪態をついては、そこら中の物を手当たり次第に床に投げつけ始めたらしい。

騒ぎに気付いたシュエも駆け付け、これまたいつものようにシュエはマックスに悪態をついて怒鳴り始めた。

この時アーロンはソファで昼寝をしていたそうなのだが、傍で始まった2人の喧嘩で起こされ、アーロンの怒りが頂点に達した。

アーロンは無言でキッチンに移動すると、あろうことかゴミ箱からビールか何かの空き瓶を1本手に取り、マックスの近くまで来ると、いきなりその空き瓶を床に投げつけた。

ガシャーン!と大きな音を立てて割れる空き瓶。

その音に驚いて、一瞬、シュエとマックスの怒鳴り合いは静まった。

 

が、それは一瞬で、早速マックスが「なんだよ?何か文句でもあるのか?豚みたいに日がな一日寝てやがって!」とアーロンに凄みながら近寄り、今度はアーロンに絡み始めた。

しかし、その足は千鳥足で、アーロンはすかさずマックスの足を引っ掛け、マックスはものの見事にガラスの散乱する床に転倒した。

それで、シュエとマックスの喧嘩は終わった。

 

しかし翌日、マックスが「手が痛い。」と言い出した。

救急病院へ行くと、指を骨折していたことがわかった。

昨晩アーロンに足を引っ掛けられて転倒した際に、どうやら指を骨折したらしい。

 

「マックスは、いくら酔っ払ってても、翌日には何にも覚えていないんだ。だけど、今回だけはアーロンに転ばされたことを覚えていたみたいで、“お前を絶対に許さない”って、マックスがアーロンに言ってたんだ。」と、エクトルが言った。

「だけど…」と、エクトルが続けた。

「あの時、僕も何の騒ぎかと思って見に行ったんだけど、アーロンがマックスの足を引っ掛けて転ばせた時の、マックスの転び方は傑作だったなぁ。今思い出しても笑える…。」と、エクトルは笑いながら話した。

ビクトルも笑っていたが、私はドン引きした。

 

アーロンがしたことは、もろ手を挙げて正しかったとは言えない。

せっかく気持ちよく昼寝していたのをぶち壊された気持ち、マックスの酒乱や何度も繰り返されるシュエとマックスの罵り合いにウンザリする気持ちは、よーくわかる。

だけど、だからと言って、一緒になって物を壊す必要はなかった。

咄嗟のことだったのかもしれないし、暴力とまではいかないかもしれない、たまたまそうなっただけのことかもしれないけれど、マックスを転ばせて怪我をさせたのはやり過ぎだ。

ましてや、もうアーロンは未成年ではない。

もし本当にマックスが本気で怒って、怪我を負わされたことを通報でもされたら、アーロンだって留置場行きになるかもしれなかった。

今回は咄嗟の、やむを得ない状況だったかもしれない。

でも、今回の出来事を教訓にして、アーロンはもう少し賢いやり方で回避する方法を考える必要がある。

 

「マックスが転んだ時、ママはアーロンに“もうやめて!”って言うとか、叱ったりしなかったの?」と、私はエクトルにたずねた。

この時母親のシュエは一体何をしていたのだろうか。

自分たちの愚行に息子が介入してきたことについて、何も思わなかったのだろうか。

「ママは特別何もしなかったし、アーロンには何も言わなかった。ただ喧嘩をやめただけ。」とエクトルが答え、私は「あぁそうですか…。」と呆れた。

 

「アーロンが…、いや、お前でもいい、お前たちがこれからすべきことは、ママにマックスと距離を置くよう説得することだな…。」と、ビクトルが言った。

まったくだ。

今でこそ、マックスに負けず劣らずがたいのいいアーロンが一緒に暮らしているから、シュエに何か危害が及ぶ確率は減ったかもしれない。

だがそれでもやはり、マックスが暴れた時、彼の怒りの矛先はほぼシュエだろう。

いくらシュエの口が立っても、力では及ばない。

今回はたまたまアーロンが怒りに任せてしでかしたことによって、マックスが思わぬ負傷をしたが、今後もっと最悪な結末になったっておかしくないのだ。

 

ここ数年の間、シュエは安いピソ物件をいくつか購入して、副業として賃貸業もしている。

ビクトルとの離婚時にビクトルが譲渡したピソも、売却せずにちゃっかり賃貸ピソとして人に貸している。(これについてはビクトルも私も別の意味で思うところはあるのだが。)

その中の1つをシュエと子供たちの避難先に確保しておいたっていいだろうし、最悪は今の家の鍵を換えて、マックスが入れないようにするのも1つの手段だと、ビクトルが言った。

「ママに被害が及ぶのが嫌なら、もう2人の言い争いを見たくないのなら、そのぐらいの心づもりでないとダメだ。マックスの心を入れ替えるなんて誰もできないし、そんなのは愚策でしかない。」と、エクトルに念を押した。

エクトルは「うん。」とは言ったものの、ちょっと上の空というか、まぁそこまでしなくても…というような表情だった。

たかだか中学生のエクトルにそこまでの考えが及ばないのは当然かもしれない。

だけど、事の重大さをあまり認識していない様子なのはやはり気にかかる。

 

「ちょっと前にアーロンが僕に言ったんだ。“もうパパの家に僕のベッドがないのは知ってる。でもそれならリビングルームのソファで寝ることになっても構わないから、いつか近いうちパパの家に避難させてくれって、パパと梅子に言っておいてくれないか?”って。」と、エクトルが言った。

「それはいつでもOKだ。アーロンがどうしてもしんどい時はいつでもパパの家に戻って来ればいい。だけどな、逃げるばかりではこの問題は解決しないんだよ。いつか誰かがママとマックスにガツンと言わなきゃならない。パパが言えればいいんだけど、今回ばかりはそういうわけにはいかない。だって、パパは単にお前たちから“こういうことがあった”と聞かされているだけで、それはママが“パパに伝えて”と頼んでいるわけじゃないだろう?今日だってお前は最初に“あんまり話したくないんだけど…”って言ってたじゃないか。ママから直接相談されているわけでもないから、介入することができないんだ。」

ビクトルが続けた。

「マックスよりも、特にママだな。ママに言ってやれるのは、アーロンとお前しかいないんだよ。でもまだお前には年齢的にこの任務は重過ぎる。となると、アーロンがママを説得するしかないんだ。それに今アーロンはママと一緒に暮らしているのだから、お兄ちゃんとしてフアンのことも守らなければならない。もう、逃げることばかりを考えていてはいけない立場なんだよ、アーロンは。」

 

「そっかぁ…。」と、エクトルがぼんやりと言った。

表情を見るに、やはりまだなんとなく納得していないようだった。

ビクトルもその表情を見逃さなかったようだった。

これ以上話を続けても、エクトルと私たち夫婦の意見は平行線のままに感じて、長かったこの話題はこうしてうやむやな感じで幕を閉じた。

 

この、久々の3人での外出以降だが、エクトルは今のところマックスの酒乱の話や、シュエとマックスの夫婦喧嘩の話はまったくしない。

逆に、週末毎にシュエの家から帰って来る度に、「今週末はアーロンの専門学校入学のお祝いで、マックスの実家で皆でBBQをした。」だとか、直近の先週末は、マックスを含め皆で映画館に行き、アーロン、エクトル、フアンの3人はMARVELの映画を見て、その間シュエとマックスは2人で別の映画を見ていた…などの話をしてくれた。

一方で別の週末は、ちょうどその時私が体調を崩していたこともあって(詳しくは前記事の通り。)、エクトルは「友達と遊ぶ。」とシュエに言って、2週連続で週末ど真ん中の土曜日に我が家に訪ねてきて、私の様子を見たり、ビクトルに頼まれてゴミ出しや食料の買い出しなどを手伝ってくれたりもしていた。

その後は本当に友達と会って遊んでいたらしいのだが。

 

マックスがある程度正常な時は、それなりに家族団らんを楽しんでいるようだ。

だけど、私の考え過ぎか、我が家に訪ねてきた時は、純粋に私の病気や看病疲れのビクトルのことを心配してくれていたのもあるかもしれないが、もしかしたらシュエの家での雰囲気が良くなくて、それを避けるために一時的に避難して来ていたのかもしれない。

エクトルは何も言わないし、私からわざわざ傷口をえぐるような下衆な質問はしたくないので、真相は何もわからない。

アーロンも今のところ何も言ってこないし、エクトルは毎週末嫌がるでもなく普通にシュエの家に行くので、あの日レストランで話してくれたような、とんでもない修羅場は今のところないのかもしれない。

もしかしたら“言わない”のではなくて、“言えない”のかもしれない。

でも、それを疑い出したらキリがない。

 

私たち夫婦が今できることは、アーロンやエクトルが助けを求めるまでは何もしないことだ。

根掘り葉掘り聞きだして、可哀想、可哀想と変に煽ってはいけない。

シュエの家で何が起きているのか、だいたい把握できた今となっては、そのことを常に念頭に置きつつ、いつでもアーロンとエクトルのSOSをキャッチして迎え入れられるようにしておかなければならない。

あとは、特にエクトルが平日我が家で生活している間は、ごくごく普通の範囲で愛情を注ぎ、シュエのようにあんまり贅沢はさせられないけれど、少なくともここは安らぎの場所、あなたの安心できるもう1つの居場所なんだということを、自然に感じ取ってくれればと願う。

 

それにしても…。

なんとかならんのかね、あの夫婦は。

信じられないよ、まったく…。

 

 

■本記事シリーズのタイトルは、映画「酔うと化け物になる父がつらい」(2020年公開、日本)をモジって使わせていただきました。

記事の内容と映画は、一切関係ありません。