梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

メガネ男子!!

前記事「アイ・アム・ハポネサ!」でお話しした、謎のメガネ男子が出没する中国人若夫婦のバル。

あれから本当に、ビクトルと私はしばらくの間、そのバルを避けるように、別のカフェやバルを渡り歩いていた。

しばらく…と言っても、実際には1週間、いや2週間ぐらいだろうか。

 

先日の夕方、いつものようにビクトルと近所のスーパーへ買い物に行き、いつものように「コーヒーでも飲むか!」となった。

我が家から遠い店から潰していく形で、まず、スペイン人経営のカフェに行ってみると、テラス席がなんと満席。

しょうがない、次。ということで、我が家に少し近づいた所の中国人家族が経営しているバルに向かうも、こちらもテラス席が満席だった。

家にはエクトルが1人で留守番しているし、帰ったら早速夕飯の準備もしなければならないから、時間的にもこれ以上ウロウロしているわけにはいかなかった。

 

「やむを得ん。今日はオタクバルだ。」と、ビクトルが言った。

オタクバル?

ビクトルは、あの謎のメガネ男子のいるバルをそう呼ぶことにしたらしい。

ちなみに、スペイン語でも「オタク」は「OTAKU」と言う。

 

そうは言っても、彼が毎回あのバルにいるわけではない。

当然、いない日もある。

「今日はいないといいね。」などと言いながら、そのバルへ向かうと、幸か不幸かテラス席はガラ空きだった。

私たちは、前回の、アコーディオンのおじいさんが来た時と同じ席に座り、若旦那が注文を取りに来るのを待った。

チラッと店内を見る感じ、今日は、若旦那と小学生の娘ちゃんがいて、親子でなんだかキャッキャと盛り上がっていた。

「あんまり店の方を見るな。アイツがいる!」と、ビクトルが声を押し殺して言った。

「え!」と驚いて、無意識に店内を再び見てしまった。

私が座った位置は、首を動かさないと店内が見えないが、ビクトルは店を向いて座っているので、いやおうなしに視線の先には店内が見える。

「だから見るなって!」と、ビクトルに叱られた。

 

気を取り直し、さて、何の話をしようかなと思っていると、ビクトルがおもむろにスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始めた。

はぁ?今から誰かと電話?という、私の表情を読み取ったのか、ビクトルは「エステバンに緊急の用事があるんだ。」と言った。

あっそ。

はぁ、それにしても、注文取りが来ない。

 

場所や店にもよるが、この辺のこういったバルやカフェでは注文方法や支払いのタイミングのルールは特にない。

私たち夫婦のように、席に着いて店員が注文を取りに来るのを待ち、支払いは帰る時に済ませる人もいれば、自ら店内に入って行って「ビール1つ。」などと注文し、その場で、もしくは注文したものが運ばれて来た時に支払いする人もいる。

席で待っていても、店員が忙しかったり気付いていなかったりで、なかなか注文を取りに来てくれない時は、ビクトルや私が(どちらかと言うとほぼ毎回ビクトルが)店内に行き、注文してくることもある。

 

ビクトルが甥っ子エステバンに電話をかけ始め、手持ち無沙汰になった私は、店内にコーヒーを注文しに行こうかと思い始めた。

またしても、そんな私の表情を読み取ったのであろう。

ビクトルが人差し指を立てて左右に振りながら、「行かなくていい。」と、ジェスチャーした。

「もーう!じゃあ何したらいいのよ!」という想いを込めて、私は頬を膨らませて両手の平を天に向け、ビクトルを睨み、無言で怒りを主張した。

(相変わらず何やってんだ、この夫婦。笑。)

 

エステバンが電話に出たらしく、ビクトルがエステバンと話しを始めた。

むむむ。

それにしても、注文取りが来ない。

何気ない素振りで、再度店の方をチラッと見てみると、さっきまで笑い声がしていたはずの若旦那と娘ちゃんと、例のメガネ男子の3人が、今度は何やら揉めていた。

揉めてはいるようだが、3人とも笑顔ではある。

時折小学生の娘ちゃんが、こちらの方を指差している。

つい3人に見とれていると、ビクトルがツンツンと私の肩をつついて、「ダメ!見るな!」とジェスチャーする。

もーーう!なんやねん!!

…と、ぶすくれも最高潮に達していると、若旦那ではなく娘ちゃんが私たちの席にやって来た。

今まで最大級のぶすくれ顔だったのを、バッキバキの作り笑顔にトランスフォームさせて、「あらこんにちはー。」と、娘ちゃんに挨拶をする。

娘ちゃんは、可愛い声で「カフェコンレチェ2つでしょ?」と言い、私が「うん、そう。お願いします。」と答えると、娘ちゃんはニコッと笑って、走って店内に戻って行った。

そして間もなく、若旦那が「いらっしゃいませ~。」と、カフェコンレチェを運んで来てくれた。

 

ビクトルは、引き続きエステバンとスマホで熱心に話している。

私は自分のスマホを取り出し、カフェコンレチェをちびちびすすりながら、暇つぶしにゲームをすることにした。

もう店内に目を向けることはしなかった。

だがしかし、それにしてもビクトルの電話は終わらなかった。

電話を終える頃には、もう家に帰らねばならないだろう。

ビクトルも、家に帰ってからじっくりエステバンと話せばいいものを、何のためにバルに来たんだか…と、思った。

 

ようやく、ビクトルが電話を終えた。

待ってましたとばかりに、「今ここで話さなくちゃいけなかったこと?」と、私は皮肉たっぷりにビクトルに言った。

ビクトルは、「そう。」と悪びれもなくサラッとかわした。

長年の前妻シュエとの闘いで鍛えられたが故か、そもそも皮肉の言い合いに慣れているヨーロピアン特有の血故なのか、私がチクっと言ったぐらいではビクともしない。

くぅーっっ!忌々しい!

まぁ、かと言って、ここで別段話し込みたかった話題もなかったのだけど、「いろいろお喋りしたかったのにさー。」と、私は無理やり食い下がった。

せっかくのコーヒータイムを長々と無言で過ごさねばならなかったのには、やはり腹が立つ。

「何を話したかったの?どうぞ?聞くよ?」と、ビクトルは相変わらずの憎まれ口を叩く。

あーもう、これじゃお喋りどころか口喧嘩だよ…。

 

バッチバチの夫婦喧嘩を繰り広げていると、「コンバンハー。」と、突然片言の日本語の、低い声がした。

つい、喧嘩腰のままの勢い、プラス日本語?という一瞬の混乱で、はぁ?と見上げると、そこにはなんと、あのメガネ男子が立っていた!

「コンバンハー。」と、メガネ男子が再び言った。

 

な、なにもこんな時に…と正直思いつつ、私は再びバッキバキの作り笑顔にトランスフォームして、「こんばんは。」と日本語で返した。

ビクトルは、メガネ男子にスペイン語で挨拶をし、二言三言、言葉を交わして握手した。

一通り2人の会話が済むと、メガネ男子は私に向き直り、「&$%#メガミ、スペインガ ワカリマスカ?」と言った。

 

え?なんて?

私がキョトンとしていると、彼は再び「&$%#メガミ、スペインガ ワカリマスカ?」と言った。

最初がどうしても聞き取れない。

だが、明らかに「メガミ=女神」(?!)と言っている。

私が女性だから?

敬意か何かを表現したかったのだろうか。

それとも、何か別の言葉を言っていたのだろうか…。

しかも、「スペインがわかりますか?」って、どゆこと?

 

女神のくだりはスルーすることにして(笑)、「あ!“スペイン語わかりますか?”って言ったの?」

咄嗟にひらめいてそう尋ねると、「そうそう!あぁ、やっぱり僕の日本語はまだまだだ…。」とメガネ男子は恥ずかしそうにうなだれた。

私は「大丈夫。わかりましたよ。」と笑って、「スペイン語、少しならわかります。」と答えた。

「あ、あぁ、そうなんだ。」とだけ、メガネ男子は返し、でもやっぱりまだ自身の日本語力の無さを恥じているようで、そこからは「いやだって日本語は難しいですよ、ホントに。」とかなんとか、まるで助けを求めるように、ビクトルに話し始めた。

「そうだね。言葉も難しいけど文字も難しいよ。漢字と平仮名とカタカナがあって…。」と、ビクトルも共感していた。

そこでまた、ビクトルとメガネ男子が話し始め、若干取り残されて暇になった私は、ふと店内の方に目をやった。

店の大きなガラス窓には、娘ちゃんがニッコニコのワックワク、といった笑顔で窓に張り付いてこちらを見ていた。

その背後のカウンターの奥には若旦那がいて、若旦那もこちらの様子を笑顔で見ていた。

 

あぁ、そういうことだったのかと、なんとなく、注文前に3人が楽しそうに揉めていた理由がわかった気がした。

私たちが来店したことに気が付いた、メガネ男子か若旦那親子が、きっと、「日本人と話せるチャンス!知り合いになれるチャンス!」と盛り上がっていたのかもしれない。

 

ビクトルとメガネ男子は、どうやって日本語を学んだかについて話していた。

話を聞く感じからすると、メガネ男子の日本語力は、ビクトルのレベルと同じぐらいにビギナー中のビギナー、という感じがする。

彼曰く、以前、この近所に日本語を教えてくれる小さなスクールがあったらしい。

そこに少し通ったのだが、間もなく閉校してしまったので、今は別の学校を探しつつ、アニメを見て独学で勉強しているとのことだった。

私でよければ、教えようか?

でもそんなことを言い出したら、後でまたビクトルに「余計なことを!」と怒られちゃうかな…。

言おうか言うまいか喉元まで出かかっている時に、ビクトルが言った。

「僕は、以前は独学で勉強したり、日本人の個人レッスンに行ったりしてたけど、途中で挫折しちゃって…。その後は、僕が妻にスペイン語を教えて、彼女が僕に日本語を教えて…っていうのをやってたんだけど、それも途中でやめてしまって。どうも長続きしないんです。」

あーあー、私が教えてたこと言っちゃったよ。

 

ビクトルは続けた。

「僕としては、とにかく日常会話を身につけたいんですよ。だけど、個人レッスンの時も妻に教えてもらっていた時も、“文字も一緒に!”って言うから、そんなにあれもこれもできないよ!ってなっちゃって…。」

話を聞いて、メガネ男子は「あー、わかります!」と激しく共感していた。

いやいや、日常の会話覚えるにしても、一緒に文字も書けるようになれば、合理的でないの。

会話も広がるし。

そう話に割り込みたかったけれど、「合理的」というスペイン語がわからなかったので、私はニコニコしながら黙っていた。

 

メガネ男子は、ビクトルともっと話をしたいようだった。

だけど、それと同時に私にも興味があるのか、チラチラと私を見ていた。

ビクトルが、突然メガネ男子に「それはそうと…。」と切り出した。

「君はどうしていつもこのバルにいるの?」

でかしたビクトル!

そうだよ!それを私も知りたかった!

 

「ここの中国人家族と友達になったので、いつも遊びに来てるんです。」と、メガネ男子はあっさりと答えた。

え、友達?このバルの所有者とか、そういうんじゃなかったんだ…。

「本当は日本人の友達が欲しいんだけど、この辺で日本人は滅多にいなくて…。でも、中国人や韓国人ならたくさんいるから、同じアジア人だしいいかと思って、最近は中国人や韓国人と知り合うことにしたんです。」

な、なるほど…。

「それに、最近は中国も韓国もおもしろいマンガやアニメをたくさん作るようになってきたから、そういうのを彼らと話すのが楽しくなってきました。」と、メガネ男子は目をキラキラさせて言った。

「それと…」と言って、メガネ男子はちょっと周囲をキョロキョロと見渡し、少し声を落として続けた。

「僕は差別主義者ではないんですけど、黒い肌はどうも苦手なんです。同じアジア人でも、フィリピンやベトナムの人たちって、肌が黒いですよね。だけど、日本人、中国人、韓国人の肌は白いから好きなんです。」

あぁ結局そこかと、なんかちょっとだけ引いた。

私らだって、日に焼ければ真っ黒になる。

シミだらけの私はともかくとして、最近の日中韓の女子たちが、透けるように白い肌なのは、将来シミになるのを嫌がって、美肌!美肌!と騒がれるようになってきたから、若い時からスキンケアに勤しむ時代になってきた結果だよ!

そういうことも説明しようかと思ったが、「シミ」とか「美肌」とか、スペイン語で何と言うのかわからなくて、やっぱりニコニコ黙っていることにした。

 

そんな時、ビクトルのスマホが鳴った。

電話をしてきたのは、家で留守番中のエクトルからだった。

私たちがなかなか帰って来ないものだから、「大丈夫?何かあった?」と、心配してかけてきたのだった。

電話を終えて、ビクトルが「もう帰らないと。息子が心配してるもので。」とメガネ男子に言って、「お勘定してくるよ。」と席を立った。

テラス席には、メガネ男子と私が取り残された。

き、気まずい…。

 

メガネ男子は、支払いのために店内に向かったビクトルを見送ると、ササっと素早い身動きで、私の席の傍にやって来た。

やって来たはいいものの、何を話せばいいのやら…な状態でモジモジしていたので、私から話しかけてみることにした。

日本語で、「日本のどこに行ったことがあるんですか?」と聞いてみた。

本当は知ってる。

東京と大阪と京都と、それに北海道だということを。

だけど、私もまた、彼と何を話せばいいのかわからなくて、咄嗟に出た言葉がそれだった。

「え?」と、メガネ男子が聞き返した。

そうだった。

彼は日本語を大して話せないんだった。

私は結局、スペイン語で同じ質問をした。

「あ、東京と大阪です。」

あれー?京都と北海道も行ったんじゃなかったっけー?

そうツッコみたかったけど、「知ってるのになぜその質問をした?」と聞き返されるのも面倒だったので、やめた。

「へー。そうなんだー。」とだけ、日本語で返すにとどめた。

「僕、日本に友達がいるんです。それに、前は日本人の彼女もいたんです。カノジョ。」と、スペイン語の最後に突然「カノジョ」という日本語を入れて、メガネ男子は話した。

よっぽど日本人の彼女がいたことが、彼の中で自慢なのだろう。

だけど私はそれにどう反応すれば正解なんだ?

「へー。そうなんだー。」と、結局私は再び同じ言葉を返した。

満面の笑顔で。

 

やばい、これ以上話のネタがない…と思っているところに、ビクトルが戻って来た。

「今日は、お話しできて嬉しかったです。またこのバルに来てください。」と、メガネ男子が言った。

私は「えぇ、もちろん。」と言い、ビクトルは「ははは。近所だからね。またいつでも来るよ。」と言って、私たちは「それじゃ、おやすみなさい。」と手を振り、バルを後にした。

バルの入口では、若旦那の娘ちゃんが、話せてよかったじゃん!とばかりに、メガネ男子を迎え入れていた。

 

帰り道、ビクトルが教えてくれたのだが、私たちがあのバルで席に着いた途端から、店の中ではメガネ男子が我々に気付き、話しかけようとタイミングを狙っていたらしい。

だからわざとスマホを取り出して、エステバンに電話をかけ、メガネ男子に向けて“邪魔するなオーラ”を飛ばしていたらしい。

だけど、どんどん私の機嫌が悪くなっていくし、これ以上電話をするわけにもいかないと、電話を切った途端に、メガネ男子が娘ちゃんに「行って来い!」と背中を押されながら、店から出てきて、「腹を決めた。」と、言っていた。

 

そういえば、メガネ男子の名前を聞くのを忘れた。

私も自己紹介するのを忘れた。笑。

 

 

■本記事のタイトルは、映画「チア男子!!」(2019年公開、日本)をモジって使わせていただきました。

記事の内容と映画は、一切関係ありません。