梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

アイ・アム・ハポネサ!

※「ハポネサ」とはスペイン語で「日本人(女性)」という意味である。

(男性の場合は、「ハポネス」と言う。)

 

イタリア在住のとある日本人の方のSNSで読んだのだが、イタリアの人々は、身なりが小奇麗なお洒落なアジア人は、中国人だと思うらしい。

昨今の中国の経済状況から、中国人は皆お金持ちと認識されているためだそうだ。

 

所変わってスペインでは、身なりが小奇麗だろうが貧相だろうが、アジア人はイコール皆中国人だと思われている。

一昔前に、我々日本人が、金髪で青い目の外国人を見かけると皆アメリカ人だと思ってしまっていた原理と一緒だ。

ご多分に漏れず、私もスペインに住み始めてからというもの、今までに1度も「あなた日本人でしょう?」と、1発で当ててもらった試しはない。

 

ところがどっこい。

以前、ビクトルが教えてくれたのだが、前妻シュエとの結婚時代に彼女と街を歩いていると、稀にシュエのことを日本人だと間違われることがあったそうだ。

シュエはいつもファッションに気を遣っているので、お洒落でお金持ちのアジア人=日本人と思われたのではないか?とは、ビクトルの推察。

どこに行くにもスッピン、毎日ジーパンにTシャツやトレーナーとスニーカー姿の私とは大違いに、シュエの女子力は高い。

ちなみに、日本人と間違われると、シュエはいつもご満悦だったらしい。

へー、そーですか。(棒)

 

話は変わって、この週末の土曜日、ビクトルと私は近所のスーパーへ買い物に行き、その帰り道に中国人経営のバルへ立ち寄って、コーヒーを飲むことにした。

スーパーから我が家までの道中には、いくつもカフェやバルがあり、ほぼ毎日のようにコーヒーを飲みに行く私たち夫婦にとっては、そのどれもが行きつけ…に近いほど、通い倒している。

その日の店の混み具合や気分で、今日はこのカフェ、今日はこのバルと、渡り歩いている。

 

カフェやバル通いまくり…なーんて書いてしまうと、「出た出た。海外のオシャレ生活自慢。」などと誤解されてしまうかもしれないが、考えてみてほしい。

所詮女子力のない私が行くような店である。

海外在住お洒落ブロガーさんたちが行くような、小洒落た店では決してない。

日本で例えるならば、昔から続く大衆食堂的なイメージか、高架下の寂れた赤提灯の居酒屋辺りを想像していただきたい。

私にしてみれば、ドトールの方がすさまじくお洒落だと思う。

私たち夫婦が通う近所のカフェやバルは、昔、スペイン在住のお洒落情報発信系ブロガーさんが、「こういった店を“オヤジバル”と呼んでいる。そんな所には滅多なことがない限り利用しない。」とご紹介くださっていたような店であることを、ここに補足し、皆様の溜飲を少しでもお下げできればと願う。

 

さて、土曜日、私たちは買い込んだ翌週分の食糧を詰めた、買い物用キャリーとパンパンのエコバッグを2、3個携えて、いつものように、“オヤジバル”のテラス席に腰を下ろした。

 

このバルは、以前はスペイン人の旦那さんと中国人のおばちゃん夫婦、そしておばちゃんの連れ子であろう中国人の青年が切り盛りしていたのだが、1、2年ほど前にその一家は突然いなくなってしまった。

旦那さんもおばちゃんも気さくな人たちで、おばちゃんの息子に至っては、以前、大学かどこかで日本語を学んでいたそうで、たまに私に日本語で話してくれたりと、ご家族で良くしてもらっていたから、いなくなってしまった時はショックだった。

現在そのバルは、別の若い中国人夫婦が小学生の女の子とヨチヨチ歩きの幼児を連れて切り盛りしている。

小学生の女の子は、いつも弟の面倒を見たり食器下げを手伝ったりと甲斐甲斐しく、常連のおばさまたちに可愛がられている。

 

このバルを利用していると、時々スペイン人の、メガネをかけた若い男性がフラっとやって来ることに、最近気が付いた。

そのメガネ男子は、いつもスマホを握りしめたまま何も頼まず、店を出たり入ったりしている。

店内に入れば、必ず奥のトイレの方へ行ってみたり、席をウロウロ歩いていたり、あとはカウンターに寄りかかって、スマホを見たり外のテラス席を見回したりと、とにかく落ち着きがない。

たまに、私たちのいるテラス席の方を指さしながら、中国人の若夫婦と話したりしていて、自意識過剰と言えばそれまでだが、でもやっぱりこちらとしてはあまり気分の良いものではない。

「中国人夫婦は雇われ店長で、メガネ男子がこのバルの所有者なんじゃない?」

「いや、それにしては若すぎる。所有者の息子かもね。父親の代わりに見に来ているとか…。」

などと、私たちは時々そのメガネ男子について話した。

それか、もしくは役所辺りから送られてきた監視員なのか…。

店内の衛生状況やテラス席が定められた範囲内で設けられているかなど、スペインでは時々監視員が来ることがあるのだそうだが、私は今のところ、利用している飲食店に監視員が実際に来ているのを、1度も目にしたことはない。

 

ビクトルと私が、いつものようにカフェコンレチェ(いわゆるカフェラテ)をすすっていると、この日もその謎のメガネ男子がやって来た。

今まで昨今のパンデミック情勢やらフリーダムコンボイの行く末、ウクライナ問題…やら何やらを熱く語り合っていると(どんな夫婦だよ笑)、「見て!アイツまた来た!」とビクトルが声を落として言った。

ビクトルの視線の先を、何気ない素振りで振り向いてみると、メガネ男子はバルの店内の、奥のトイレに向かっているところだった。

「何者なんだろうねぇ。」

…と話している私たちも、我ながらよっぽどの暇人だ。笑。

まるで張り込み中の刑事にでもなったかのように、メガネ男子の動向にくぎ付けになっていると、不意に「音楽1つ、いかがですか?」と陽気な声をかけられて、私はビクッと驚いた。

気づかないうちに、アコーディオンを抱えたおじいさんが、満面の笑顔で私たちのテーブルの傍にいた。

 

スペインでは、テラス席でお茶や食事をしていると、かなりの確率でいろいろな人が声をかけてくる。

このおじいさんのように楽器を携えて、一通りの曲を演奏した後に駄賃を乞う人や、物売り、果てはタバコ1本、ライターの火、パンを買う小銭…等々を乞う人。

演奏する人は、大抵は、テラス席全員に向かって演奏した後、各テーブルを回って小銭を乞うパターンが多いが、このおじいさんは、直接私たちのテーブルにやって来た。

私たちのためだけに演奏すると言う。

まぁ、たしかに、この時テラス席を利用していたのは、私たち夫婦の他には1人でビールを飲んでいる怪しげなおじさんしかいなかった。

私たちはこういう人たちが来ると、その時の気分で断ったり受け入れたりする。

今回は、ビクトルが「僕たち、今話に盛り上がっていたので…」とかなんとか言って、やんわり断ろうとしたのだが、隣りで興味津々にアコーディオンを見つめている私にロックオンしてしまったおじいさんは、おかまいなしに「あぁそうでしたか。リクエストがあればどうぞ!何でも弾けますよ!」と、ニコニコだった。

勢いに屈服したビクトルは、「じゃあ、何か元気になる曲をお願いしようかな。Que viva Españaとか。」と、苦笑いで言った。

「Que viva Españaですね?喜んで!では、それともう1曲メドレーでお送りしましょう!」とおじいさんが言い、メドレーの2曲目はこの地域の民謡?のような曲(ビクトル曰く、この曲もこの地域では有名とのこと。)を演奏することになった。

この寒空に、おじいさんは手袋もしておらず、両方の素手で自在に鍵盤とボタンを操り、「ビバ!エスパーニャ!」と、いきなり陽気な声を上げて演奏を始めた。

しゃがれた声で歌も一緒に歌ってくれた。

ちなみに、Que viva Españaはこんな歌である。


www.youtube.com

「お2人もご一緒に!」と合いの手を求められたが、残念ながら私は2曲とも知らない。
ビクトルは苦笑いのまま、されるがままに小さい声で歌い出した。

私はおじいさんにつられてニコニコしながら、ただただおじいさんの見事な指使いを夢中で見ていた。

演奏が終わると、ビクトルは財布から小銭を出して「どうもありがとうございました。」と、おじいさんに手渡した。

おじいさんは引き続きニコニコ顔でビクトルに「ありがとう!」と言い、私に「シェイシェイ!」と言った。

 

やっぱりかー。

やっぱり中国人だと思われてたかー。(;´∀`)

「私、日本人です。」と私は笑顔で言い、「彼女は日本人なんです。」とビクトルも笑顔で言うと、おじいさんはハッとして「え!日本人?こんな所で日本人に出会えるとは!いやはや失礼しました。」と慌てて謝罪した。

「日本語だと、“ありがとう”ってどう言うんでしたっけ?昔聞いたことがあるんだけど、もう耄碌してしまって…。」と、おじいさんは恥ずかしそうに頭をゴシゴシと掻いた。

「ありがとうって言うんですよ。」と教えると、「そうだ!アリガトだ!」とおじいさんは思い出したように言い、改めて私に「アリガト!良い週末を!」と手を振って、去って行った。

 

「陽気な方だったね。」とおじいさんを見送りながら、飲み忘れていた残りのカフェコンレチェを飲み干した。

カフェコンレチェは、もうすっかり冷たくなっていた。

私が飲み終えるのを見守ると、ビクトルが「さて、帰るか。」と席を立ち、お勘定するために店内に入っていった。

私は、傍の椅子に置いていた食料でパンパンのエコバッグを両肩に掛け、キャリーを押してテーブルの間を抜け、歩道に出た。

 

いつもなら、そうこうしている内に支払いを終えたビクトルが戻って来るはずなのに、ところがこの日は、待てど暮らせどビクトルが戻って来ない。

チラリと店内を覗くと、なんと、ビクトルが例のメガネ男子と話し込んでいるではないか!

え?なに?

アコーディオンのおじいさんに演奏させたことに、文句でも言われてる?

それとも、私が喫煙してたから、そのこと怒られてる?

だんだん心配になってきた。

すると、このバルの中国人の若旦那が1人で外に出てきた。

私も怒られるのだろうか…。

シラを切って何事もないかのように「ご馳走様でした。」と言おうかどうしようか、内心ドキドキで佇んでいると、若旦那は私には目もくれず、さっきまで私たちが座っていたテーブルに向かい、コーヒーカップを取って、無言で店内に戻って行った。

ご馳走様と言うべきだった…と、無礼を反省した。

それにしても、ビクトルは戻って来なかった。

 

ビクトルは、怒ると普段は私や子供たちには声を張り上げるが、誰かよその人とトラブルになって口論になる時は、声を上げずに冷静に淡々と話す。

私は少し店から離れた場所に立っていたので、店内のビクトルの声が聞こえない。

聞こえないということは、きっとビクトルは、よその人バージョンで口論になっているんだ!と、毎度お馴染み、豊かな妄想がモコモコと膨らみ始めた。

声をかけなかった私も悪いが、若旦那も私に「サヨナラ。」も何も言ってくれなかったことが、さらに妄想に拍車をかけた。

「何してんの?」とでも言いながら、ビクトルを迎えに行こうか…。

いや、でも、私が首を突っ込んで事が収まった試しはない。(長年のシュエとの攻防でイヤと言うほど経験済み。)

冷静を装ってる風、でも内心はガクブルで、ただひたすらビクトルが戻って来るのを待った。

 

もう緊張もMAX!という頃、やっとビクトルが戻って来た。

ビクトルはボソッと「後で話すから。」とだけ言って、無言で私からエコバッグを1つ取り、キャリーを押し始めた。

「喧嘩?喧嘩したの?」と、私が小声で尋ねても、ビクトルは返事をしなかった。

 

1ブロックほど歩いて、待ちきれず「なに?どうしたのよ?」と聞くと、ビクトルがやっと口を開いた。

「大した話じゃないよ。」

そう言って、さっきの店内での出来事を話してくれた。

 

ビクトルが店内に入ると、あのメガネ男子がずっとビクトルに視線を送っていて、ビクトルも何かしらで怒られるのだろうかと思ったらしい。

支払いを済ませ、店を出ようとすると、メガネ男子が突然「あの、1つ質問してもいいですか?」と話しかけてきた。

ビクトルは虚勢を張って「質問にもよりますが。」と答えた。

 

「あなと一緒にいるあの女性は、中国人ですか?」

何か悪いことをしたわけではないけれど、きっと咎められるとばかり思っていたビクトルは、質問を聞いて一瞬あっけにとられた。

「いえ、彼女は僕の妻で日本人です。」

ビクトルがそう答えると、メガネ男子は「えー!日本人なんですか!」と雄叫びを上げた。

それを聞いていた若旦那も「うっそ!?今までずっと中国人だと思ってた!」と雄叫びを上げた。

 

はい出たー。

本日2度目ー。(-_-)

本場中国人からも、私が同郷の人間だと間違われることは、私だけの場合かもしれないが、この国ではあるあるだ。

私にとっては、もはや決してめずらしいことではない。

 

そこからは、メガネ男子の怒涛の日本LOVE談義だったそうだ。

いつも握りしめているスマホをビクトルに見せながら、自分がどれだけ日本大好きっ子かを延々と語り始めた。

見せられたスマホの画面は、彼の自宅の、自室の写真の数々。

四方の壁には、日本のアニメキャラやアイドルなどのポスターがビッシリ貼り付けられていて、棚や机には、キャラグッズ的な物が所狭しと飾られていた。

「僕、これを見ながら毎日この部屋で寝ているんですよ。」と言って、見せてくれた天井の写真はなんと、天井一面を覆いつくした巨大な日の丸旗だった。

「君は、いわゆる“オタク”なの?」とビクトルが聞くと、メガネ男子は「そうです!僕はオタクです!(キリッ)」と答えた。

 

さらに、メガネ男子は「じゃあ、もちろん日本にも行ったことがあるってことですよね?どこに行きましたか?東京?大阪?」とビクトルに聞くも、興奮のあまり自分の話をしたい方が先行して、「僕は、東京と大阪と京都と…。」と、いくつかの日本の都道府県を挙げた。

「あー、その辺は全部行きましたね。」

ビクトルがそう言うと、メガネ男子は「じゃあ、北海道は?」とすかさず質問。

「北海道はまだないです。」

ビクトルが答えると、「僕は行きました。(キリッ)」と、メガネ男子は明らかに勝ち誇った表情になった。

 

その後も、メガネ男子の自慢話…、もとい、日本LOVE談義は続いた。

初めて日本に行ったのは父親との旅行で、その後は1人で何度か行ったこと。

日本と日本のアニメやマンガ、アイドル文化が好き過ぎて、SNSサイトにマニア向けのアカウントを作り、常に情報発信していること。(そのサイトも見せてくれたらしい。)

ネット上でもリアルでも、何人か日本在住の日本人の友達がいて、過去には日本人の彼女もいたこと。(今は募集中らしい。)

また日本に行きたいのだけど、このパンデミックで行けないこと。

行くとしたら、もっと長期で行きたいので学生ビザを取ろうか悩んでいること。

等々…。

 

メガネ男子は、日本語もいくらか話せるようで、唐突に日本語で何やら話し出し、「今何て言ったかわかります?」と聞いてきた。

なんとなく、自己紹介かな?と思い、ビクトルも「ハジメマシテ。ワタシハ ビクトルデス。ドゾヨロシク。」と答えると、「おぉー!すごい!あなたも日本語話せるんですね!」と感動されたそうだ。

ちなみにビクトルは、あまり日本語を話せない。

唯一流暢に話せるのは、上記の「ハジメマシテ…」ぐらいだ。

 

「じゃあこの辺で…。」と、ビクトルが何度話を切り上げようとしても、「あ、それでね…」と、メガネ男子の話は尽きなかった。

何度目かの挑戦で、ビクトルがようやく「そうですか、じゃあこの辺で。妻が待っていますから。」と切り上げることができ、「それでやっと解放された。」と、ややお疲れ気味の表情で言った。

私は大笑いしながら話を聞き終えた。

 

「あのバルは、しばらく要注意だ。」

「え?どうして?」

私が尋ねると、「今度あのメガネに出くわしたら、次は間違いなく君がターゲットになる。あのマシンガントークは危険だ。僕たちのコーヒータイムがぶち壊される。」と、ビクトルが神妙な面持ちで言った。

「うはは!そだね。」と、私はまた笑った。

「私が行ったら、どうせ“あのアニメ知ってる?このマンガ知ってる?”とか聞かれるんだろうなぁ。」

我が家の長男アーロンも、相当なアニメ・マンガマニアだし、最近はエクトルまでもがアーロンの“教育”によってだいぶ浸食されてきている。

アーロンからもエクトルからも、今まで散々「このアニメ知ってる?このマンガ知ってる?日本では超有名だよね?」と聞かれ、「知らないなぁ。」なんて言おうものなら、お前は日本人なんだから知ってて当然なのになぜ知らない?!という顔をされてきた。

スペイン人でも、ビクトルのようにサッカーに全然興味がない人がいるように、日本人だからと言って、皆が皆ヲタではないことをわかってほしいというのも、私が日本人だと知られた後に発生する悩みの1つだ。

話を聞く限り、あのメガネ男子には、アーロンやエクトルと同じ匂いがプンプンする。笑。

 

しばらくは、別のバルやカフェを渡り歩こうと誓う、ビクトルと私であった。

 

 

■本記事のタイトルは、映画「アイ・アム・キューブリック!」(2005年(※日本劇場未公開)、イギリス・フランス合作)をモジって使わせていただきました。

記事の内容と映画は、一切関係ありません。