梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

ビクトルの大予言

前記事でも少し触れたが、今年のハロウィンは日曜日。

我が家の次男エクトルは、養育権の契約上、毎週末を母親シュエの家で過ごさねばならないので、当日に私たち夫婦とハロウィンのパーティーをすることができない。

それならば、エクトルが我が家にいる間の平日のどこかでやろうという話になって、エクトルを交えていつにしようかと話し合うことにした。

と言っても、前々からビクトルと私で、エクトルが我が家で過ごす最終夜、木曜の夜がいいのでは?と考えていたので、エクトルには「木曜の夜はどう?」と確認するだけの簡単な話し合いだ。

 

その日、私はキッチンで夕飯後の食器を洗っていた。

食事を終えたビクトルとエクトルは、いつものように男同士のお喋りに花を咲かせており、一旦は席を立ったものの、しばらくの間「ははは!」、「へへへ!」と立ち話を続けていた。

弾む会話の最中、思い出したようにビクトルが「そういえば、今年のハロウィンなんだけど…」と話題を変え、早速エクトルにお伺いを立て始めた。

エクトルは「うん、木曜の夜で僕も賛成!」と、すんなり承諾してくれた。

 

「それじゃあアーロンにも木曜の夜、家に来れるかメッセージ送らないとね!」と私が言うと、エクトルは一瞬にして顔を歪ませ、「えぇー!!アーロンは来なくていいよー!僕たち3人だけでやろうよ!」と言った。

コイツめ…、なんて薄情な…。

「えー!可哀想じゃん!来るかどうかはわからないけど、一応アーロンにも声掛けてみようよ。」と食い下がってみたが、エクトルは「いい!いい!呼ばなくたってきっと何とも思わないよ!」と再び冷酷に言い放ち、「梅子、アーロンにメッセージ送らないでよ!」と、念まで押されてしまった。

 

私たち夫婦にとっては、このパンデミックのおかげで友人たちを招待することができない中、今年はアーロンをスペシャルゲストとして呼んで、久しぶりに顔を見たいところなのだが、エクトルにとってはアーロンとは毎週末会えるから、大しためずらしさはないのだろう。

それに、アーロンが我が家に来れば、きっとビクトルや私に専門学校での話や近況を伝えるために、さながらアーロンのワンマンショーになることは予想できるので、それも彼にとっては面白くないのかもしれない。

ビクトルは「エクトル、お前は薄情なヤツだな。」と笑い、「そうかそうか。そこまで言うなら、アーロンには悪いけど、今年は3人だけで開催しよう。」と言った。

エクトルが「パーフェクト!」と、満面の笑みで親指を突き出した。

エクトル…、アンタってヤツは…。

 

心の中でアーロンに詫びを入れつつ、私は洗い終えた食器を拭きながら「OK。じゃあ木曜日ね。」と、キッチンの角に掛けてあるカレンダーに目をやった。

今週は毎日何かと用事があったので、どのタイミングでパーティーのためのお菓子の材料を買いに行ったり、どのタイミングでお菓子作りと飾り付けをしようか…など、すでに書き込まれている予定を見ながら、グルグルと頭の中でスケジュールを組んだ。

 

今年のハロウィンは日曜日…というのは前々から頭の中にあったのに、その翌日の11月1日が祝日だということを、この時改めてカレンダーを見て気が付いた。

前記事でもお伝えしたとおり、この日はスペインでは死者の日の祝日だ。

 

1日は月曜日。

金曜日や月曜日に祝日が当たって週末と繋がる時、子供たちは大抵、その祝日も込みで母親シュエと共に過ごす。

今回もエクトルはきっとシュエの家に月曜の夜まで滞在するんだろうな…と思いながらも、一応念のため、「ねぇ、そういえば1日の祝日は月曜だけど、月曜までママの家にいる予定?」と、エクトルにたずねてみた。

ビクトルもそのことを忘れていたらしく、「あ!そうか!今年の祝日は月曜か!」と言い、その一方できっちりそのことを把握していたエクトルは、「そうそう。次の週末は3連休なんだよね!」と相槌を打った。

「学校で友達と“月曜日遊ぼうか”って話をしてるんだけど、家族との予定が入るかもしれない友達が何人かいて、まだはっきりしないんだ。もし友達と遊ぶことになったら、日曜の夜に帰って来てもいいかな?」と、エクトルが言った。

ビクトルは「もちろんさ。パパか梅子のスマホに事前に連絡くれれば、その日はお前が帰って来る時間帯は外出しないで待ってるよ。」と答えた。

「別に友達との約束がなくても、パパや私が恋しくて帰って来たっていいんだよ~。」と、すかさず私がおどけて言うと、「ハハハ!残念ながらそれはないかも。」と、笑いながら厳しいジョークを返された。

 

しかし次の瞬間、エクトルは少し真顔に戻って「1つ確実に言えることは、この週末に僕たちがあの村に行くことはないから、この連休はきっと僕たちはママの家にいると思う。」と、ボソッと言った。

ビクトルと私は少し驚いて、思わず一瞬顔を見合わせた。

 

エクトルの言う「あの村」とは、彼らの継父マックスの実家がある村のことだ。

マックスの実家には、彼の母親と祖母が2人だけで暮らしているのだが、私たちが住んでいるピソ(マンション)とは異なり、そこそこ広い庭付きの戸建ての家らしい。

通常の週末でも度々、シュエ家族は子供たちを連れて1泊2日程度で滞在することがあるが、今回のように祝日などで連休になる時は、決まってその村へ行き、マックスの実家で連休初日から最終日までフルに過ごす。

我が家やシュエの家があるこの街に比べ、その村は海にも近く小高い丘や山もあって自然が豊かなので、子供たちのゲームやスマホ三昧の日々を嫌うマックスが、以前はよく浜遊びやハイキングなどに子供たちを連れて行ってくれていた。

今では、アーロンとエクトルは自転車に乗って、村から少し離れた映画館に行ったり、ショッピングセンターに出かけたりと、2人で遠出することもあるらしい。

また、彼らが村で滞在する時は、毎回必ずマックスが庭のBBQ用のかまどで、BBQをしたりパエリアを作ってくれるそうで、「BBQもパエリアも食べ飽きた。」などと子供たちが時々愚痴をこぼしていたが、話を聞くだけでも子供たちは毎回なかなか羨ましい連休を過ごしていた。

それなのに、今回の連休はマックスの実家に行かないとは、一体どうしたことか?

 

ビクトルと私がポカンとしているのをよそに、エクトルは冷蔵庫からコカ・コーラを1缶取り出して、書斎へ向かおうとしていた。

夕飯の後、ビクトルはリビングルームで映画のDVDを見る予定だったので、その間にエクトルはビクトルのパソコンを使えるから、一刻も早くパソコンを使いたかったようだ。

ビクトルも思い出したように今夜見るDVDを選びに、エクトルと一緒に書斎に向かった。

2人の去り際、エクトルがビクトルに何かをボソボソと話していた。

私はまだ片付け物があったので、再びせわしなく台所仕事に戻り、2人の会話はよく聞こえなかった。

 

書斎でも少し、ビクトルとエクトルは何かを話していたようだったが、ようやくエクトルはパソコンの前に落ち着き、ビクトルもDVDを選び終えて、また再びビクトルだけがキッチンへ戻って来た。

ビクトルが私の傍までやって来て、小声で言った。

「僕の推理が間違っていなければ…だけど。もしかしたら、シュエは間もなくマックスと離婚するかもしれない。」

「えぇーーー!!!」

私は思わず声が出た。

「しーっ!」

慌ててビクトルが私の口を押えた。

「エクトルに聞こえる!詳しいことはエクトルが寝た後にでも話すよ。」と、ビクトルが声を押し殺して言った。

私はうんうんと何度も頷き、ビクトルはそれを確認すると、リビングルームに去って行った。

 

その夜遅く、エクトルがやっとベッドに入った後で、ビクトルが改めて教えてくれた。

週末の連休に、「マックスの実家に行くことはない。」とエクトルが言った直後、エクトルとビクトルが書斎へ向かう最中に、2人はなにやらずっとボソボソと会話をしていたわけだが、その会話は主にエクトルが話していたそうだ。

エクトルは突然、「今はパパに言うことができないんだけど、たぶん2~3週間もすればそれは確実になると思うから、そしたらまたちゃんと報告するね。」と言い出したらしい。

わけがわからず、ビクトルは「何のことだ?それはグッドニュースか?それともバッドニュース?」とたずねた。

するとエクトルは、う~ん…と宙を仰いで少し考えた後、「パパに直接関係のある話ではないから、パパにとってはグッドでもバッドでもないと思う。だけど、まぁ、内容としては良い話ではないなぁ。もしかしたらパパにとってもバッドニュースになるかもしれない。」と言った。

「なんだそりゃぁ。お前にとっては良い話なのか?」と、ビクトルが重ねて聞いた。

「正直言うと、僕にはどうでもいい話。だけど、う~ん、一般的に考えれば僕にとってもあんまり良くはないかもね~。」

それで会話は終わったそうだ。

エクトルの言葉は、怪しさ満点の含みがあった。

 

そこでビクトルは考えた。

ほんのついさっきまで、冗談を言い合いながら笑っていたのが急に真面目な顔になって、「連休はマックスの実家に行かない。」と言った時のエクトルの冷淡さに、ビクトルは違和感を覚えた。

その直後の、この含みを持たせまくりの発言…。

ビクトルは直感で、シュエとマックスのことだと察した。

日頃から頭の回転が速く、お喋りなエクトルのことだから、週末の話題になった時につい、シュエ家族との生活→シュエ家族の問題…と連想してしまって、つい話したくなってしまったのだろう。

だけど、話したいけど話せない葛藤の末、エクトルなりにどうにかこらえた結果が、「今は言えないけど、2~3週間のうちに話すよ。」という、含み持たせまくりの中途半端な暴露だったのではないだろうか。

エクトルは「パパには直接関係のない話」であり、「僕にとってもどうでもいい話」だけど、「一般的に考えればあまり良い話ではない。」と言った。

もし本当にそれがシュエとマックスの離婚の話だとしたら、たしかにビクトルには直接の関係はないし、人のことをあまり気にしないエクトルの性格や思春期特有のどこか擦れた感情から考えれば、「僕にはどうでもいい話」と言うのも納得がいく。

それに、やはり“離婚”ともなれば、決して良い話とも言えないだろう。

 

まるで名探偵のようにそう推理したビクトルの話を聞いて、私は「なるほど~。」と深く頷いた。

「もし離婚の話だとしたら、きっかけは、前にエクトルがレストランで話してくれた、アーロンも巻き込んでのあの大喧嘩かなぁ。(※詳しくは過去記事「酔うと化け物になる継父がつらい 12」を参照。)」と呟くと、ビクトルは「そうかもしれないし、もしかしたらまた何か新たに事件が起きたのか…だろうね。」と言った。

だがやはり、“シュエとマックスの離婚”と決めつけるには、いくら可能性は高いとしても情報が少なすぎて、確信には至らなかった。

 

翌日、膝の治療のためにビクトルと私はクリニックへ行った。

今月初めに体調を崩した時に、最後の最後でなぜか膝に炎症が起こったのが、未だに尾を引いている。

クリニックの後に立ち寄ったカフェで、私たちは再びこの話題になった。

 

「ビクトルには直接関係がない」、「エクトルにはどうでもいい話」、「あまり良くはない話」という、エクトルが残したキーワードをもとに、離婚以外で考えられることは何かを考えた。

「シュエが新しい家を見つけて引っ越す…とか?」

「でもそれがどうして“良くない話”になる?」

「私たちの家からもっと遠い所に引っ越すことになって、エクトルが週末友達と会いたくても遠すぎて会えなくなるから、“どうでもいいけど良くない話”…みたいな。」

「エクトルの話だと、シュエはまだ今の家のローンを支払ってるんだろう?そんな状況で別の家に引っ越すかねぇ。」

「うーん…。じゃあ、シュエが仕事を辞めたとか、クビになった…とか?」

「それは“良くはない”どころか“悪い”話だろう。」

「そうだね。じゃあさ、シュエ関連の話ではなくて、エクトル自身の話だったりして!学校のこととか!」

「それは親として僕には大いに関係のある話になるよ!それに、あの時のことをよく思い出してよ。エクトルは、連休にマックスの実家に行かないって急に言った直後に、変なことを言い出したんだからね?僕はそこが気になるんだよ。シュエに関連した話だとしか思えないんだよなぁ。」

もはや、まるで謎解きゲームだ。

「とにかく、時が来たらわかる話さ。エクトルの言うように、2~3週間待ってみようじゃないか。」

ビクトルがそう言って、私たちの謎解きは一時中断となった。

 

そして木曜日の夕方。

ハロウィンの飾り付けも済み、前日に仕込んでおいた我が家恒例のチーズケーキも準備万端。

ハロウィンと名の付くお菓子もたくさん用意した。

「飲み物忘れてるじゃん!」と、エクトルが急いでスーパーへ飲み物を買いに行った。

その間、私は簡単な夕飯も一緒に済ませてしまおうと考え、ジャックオランタンが絵付けされているソーセージを使って、ホットドッグを作った。

同じくソーセージ絡みだが、ピン!とひらめいて、レシピサイトを参考にウインナーでリアルな指を何本も作ってみた。

プレーンオムレツを焼いて、さてこの指たちとオムレツをどう盛り付けようか…と悩んでいると、スーパーから帰って来たエクトルが「何それー!うわぁ、指だ!怖ぇー!気持ちわりぃー!」と大興奮して、「僕が盛り付けたい!」と手伝ってくれた。

 

かくして、夕飯込みのハロウィンおやつパーティーが始まった。

ビクトルもエクトルも、「へへへ。アーロンが見たら羨ましがるだろうな~。」だとか、「もしアーロンがいたら、今頃全部たいらげちゃってるよ。ハハハ!」だとか、何かにつけてはアーロンの名を口にした。

やっぱりアーロンも呼べばよかったと、少し後悔した。

 

するとエクトルが調子に乗って、またもやあの、泥酔マックスとアーロンの格闘騒ぎの話をし始めた。

「あの時の喧嘩、今思い出しても笑える!アーロンもアイツもデブだからさー、相撲レスラーの闘いみたいだったんだよ、マジで。」と大笑いした。

ビクトルも、「相撲レスラー」というワードがツボにハマったらしく大笑い。

私はあの日のレストランの時のように、再び呆れて「まったく…。アンタたちは…。」と苦笑いした。

 

やがて3人だけのささやかなパーティーもお開きとなり、私が1人、キッチンで後片付けをしていると、ビクトルがやって来て言った。

「パーティーの最中でエクトルがアーロンとマックスの喧嘩の話をしただろ?その時、エクトルがマックスのことを“ese”って言ったんだ。気付いた?」

スペイン語の“ese(エセ)”とは、日本語で“それ”という意味だ。

「ううん、気が付かなかった。」

「そうか。君には少し難しかったかな。」

そう言って、ビクトルは“ese”の秘密を教えてくれた。

 

スペイン語の会話で人物をさす時、通常ならばその人物の名前、もしくは“él:彼”や“ella:彼女”などの言葉を使う。

しかし稀に、“それ”という意味の“(男性の場合は)ese”や、“(女性の場合は)esa”を使うことがある。

これは、その人物を軽蔑して呼びたい時に使うらしい。

エクトルは、マックスのことを話す時は、たとえマックスに対しての愚痴であっても、いつも必ず「マックス」と名前を言うか「彼」と呼んでいた。

「エクトルがマックスのことを“ese”と呼んだのは、今までに一度も聞いたことがない。だからさっきは驚いたよ。」と、ビクトルが言った。

(※上記のエクトルの会話では、文章の都合上、私は“ese”を“アイツ”と意訳しています。)

 

「やっぱり、シュエの家で何かが起きているのは間違いない。エクトルがマックスを“ese”と呼ぶぐらいだ。シュエと子供たちの間で、マックスの排除が始まってるのかもしれないな。」

ビクトルが遠い目をしながらそう言った。

「シュエとマックスは、やっぱり近いうちに離婚するんだと思う。シュエはとうとうその決心をしたんだよ、きっと。」

 

はたして、ビクトルの予言は当たるのだろうか。

 

 

■本記事のタイトルは、映画「ノストラダムスの大予言」(1974年公開、日本)をモジって使わせていただきました。

記事の内容と映画は、一切関係ありません。