梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

メモリーズ・オブ・ハロウィン

もう10月も下旬。

今年もハロウィンの季節がやってきた。

夫ビクトルは、1年の中でハロウィンを最も楽しみにしている。

クリスマスよりも自身の誕生日よりも待ち遠しいといつも言い、子供たち以上に大はしゃぎだ。

 

そもそもハロウィンはアメリカの行事であって、ヨーロッパ、ましてやスペインの行事ではない。

ただ、本場アメリカでもハロウィンにはお化けが登場する辺り、亡くなった人を弔う意味も絡んでくるのか、そういう意味では、メキシコなどのスペイン語圏の国もそうだが、ここスペインでも、10月31日ではなく翌11月1日は死者の日として祝日であり、多くのスペイン人はこの日にお墓参りに行く。

 

日本でも最近はすっかりハロウィンが定着してきたように、スペインにもこのイベントは瞬く間に広がり、今では10月になった途端に近所のスーパーでさえハロウィン用のカボチャやお菓子が売られ始め、パーティーグッズのお店などではハロウィン用のコスチュームや血のりのメイクセット、部屋のデコ―レーション用のグッズが並び始める。

 

私がスペインに移住してくる前は、ビクトルは子供たちと1度もハロウィンに関する催し物をしたことがなかった。

だけど、私がこの家に住み始めたその年から、ビクトルは夢だったんだ!とばかりに「ハロウィンのパーティーをしよう!」と言い出し、今や我が家では毎年恒例の行事の1つとなった。

 

毎年この時期になると、私たちは必ずパーティーグッズのお店に行き、部屋を飾るデコレーションを買いに行く。

我が家の子供たちがまだ幼稚園とか小学生だった頃は、学校に持って行くおやつのために(スペインの学校では午前中におやつの時間があるので、日本で言うところのお弁当のように何かしらの軽食を持たせる。)、私はちょくちょくカボチャ入りのマフィンや、お化け型のクッキーなどを焼いて子供たちに持たせたりした。

 

初めてハロウィンのパーティーをした時、私は気合いを入れてチーズケーキを作った。

おどろおどろしさを表現するために、真っ黒なオレオを砕いて土台にし、チーズケーキ上部の表面にはお化けや黒猫などのイラストの型を紙で作ってその上からココアパウダーをふりかけてハロウィンらしいデザインのケーキにした。

それが、特に子供たちの間で大好評となり、毎年ハロウィンはオレオの土台のチーズケーキ(年によってはベイクドだったりレアだったり…)を作っている。

ちなみに昨年のチーズケーキは、美術を勉強しているアーロンが「型紙のイラストは僕に描かせて!」と言い、三日月に向かって遠吠えするオオカミのデザインの型紙を作ってくれた。

 

また、これが影響してか、子供たちにとってはなぜか“オレオ=ハロウィン用の特別なお菓子”という認識が定着してしまった。

例えば、春とか夏とか、ハロウィンに全然関係のない時期にオレオを買うと、毎回アーロンかエクトルかのどちかが「ハロウィンみたいだね~。」とコメントするし、10月になると、これまたアーロンかエクトルのどちらからともなく、「そろそろオレオ買わないと!」と言い始めるのだった。

 

コロナのパンデミック前は、コツコツ買い集めたハロウィンのデコレーショングッズで家中を飾りつけ、誰かしら友人を招待してパーティーをした。

ある年は、安い黒と白のシーツを買って来て、ビリビリに引き裂いて天井から吊り下げ、バスルームは綿を引き伸ばして作ったクモの巣を張り巡らせ、所々にガイコツの人形や墓石を模した置物などを置き、灯りはカボチャ型の薄暗いランプのみにして、家中をお化け屋敷にした。

この時は、アーロンが学校の友達を招待した。

私とビクトルは魔女や悪魔の衣装を着て、子供たちを驚かすお化け役としてベッドやクローゼットに隠れ、子供たちにお化け屋敷ごっこをさせて楽しんだ。

 

別の年は、役者をしている友人が本格的に怖いピエロの恰好に扮して、パーティーの途中で我が家に押しかけてくるという設定で、ビクトルとの迫真の競演を繰り広げ、子供たちにドッキリを仕掛けた。

この時は、「ほら、いつものパパの友達だよ?」といくらネタばらししてもアーロンもエクトルも本気でビビってしまって、特にエクトルはその日の夜、恐怖が忘れられなくて眠れなくなり、後日ピエロ役を買って出てくれた友人含め私たち大人3人で「やり過ぎた…。」と本気で反省した。

 

また別の年は、今度は声優を生業としている友人を招待した。

用意したチーズケーキやお菓子をつまみながら、子供でも大丈夫なレベルの怖い映画のDVDをみんなで見て、その後、これまた子供向けの怖い話の本を、友人のプロならではの危機迫る演技満載で朗読してもらって、子供たちを楽しませた。

 

昨年の、パンデミック真っ最中のハロウィンは、さすがに誰も家に招待することはできなかったし、子供たちももう大はしゃぎで大興奮!という歳でもなくなってしまったので、今までのような一大イベントを開催するまでには至らなかった。

それでも、ビクトルは小規模ながらもリビングルームとキッチンにハロウィンの飾りつけをして、私は恒例のチーズケーキやお菓子を焼いた。

子供たちはその他それぞれに食べたいスナック菓子やビスケットなどを準備して、ハロウィン仕様のテーブルクロスを敷いたリビングルームのテーブルで、家族4人でささやかなおやつパーティーをした。

 

ハロウィンというと、こんなふうに楽しかった思い出がたくさんある。

だけど、このブログでも私が「一生忘れられない。」と度々こぼしているほどの悲しい思い出が1つだけある。

あれはたしか、まだエクトルが幼稚園クラスか小学生になったばかりの頃で、アーロンもまだ小学生だった。

週末の、子供たちが母親シュエ家族と共に過ごしている間に、ビクトルと私はいくつかのパーティーグッズのお店を回って、ハロウィンのデコレーショングッズをたくさん買い込み、月曜に子供たちと一緒に飾りつけをしようと計画していた。

子供たちはいつものように日曜の夜にシュエの家から帰って来たのだが、その時からなんとなく、私はアーロンの様子がおかしいことに気が付いた。

なんとなくだけど、私に対して変によそよそしかったのだ。

母親の家から帰ってきたばかりで、環境の変化にまだ追い付いていないのかもしれないと、その時は気のせいだと思うことにした。

だけど、翌月曜になって、私が学校に子供たちのお迎えに行った時も、アーロンの様子は変だった。

当時はまだ2人共幼かったから、例えば信号を渡る時はいつも私は子供たちと手を繋いで横断歩道を渡るのだが、この時アーロンは「自分で渡れる!」と言って、めずらしく私と手を繋ぐのを嫌がった。

その後の帰り道も、私とエクトルが楽しくお喋りしているのを後ろから見守るように、アーロンは少し離れて歩いた。

 

家に着いて、ビクトルが待ち構えていたように子供たちにハロウィンのデコレーショングッズを見せると、エクトルは「すごーい!」と大興奮して、とりあえずバックパックだけ子供部屋に置いて、着替えもせずに学校のユニフォームのまま、グッズが大量に置いてあるリビングルームに走って戻って来た。

いつもならば、「まずは着替えてきなさい!」と言うところだが、この時は特別ということで、まだ子供部屋にいたアーロンにも「着替えなくていいから、早くリビングにおいでー!」と声をかけ、エクトルと私は早速グッズの袋を開け始めた。

すると、子供部屋からアーロンが「エクトル!ちょっとこっちに来い!」と怒鳴った。

エクトルは一瞬ギョッとして「ちょっと行ってくる…。」と言い、子供部屋に走って行った。

子供部屋では、アーロンがなにやらヒソヒソと声を潜めながら、エクトルを叱る声がしたが、リビングルームから子供部屋は遠いし、当時の私のスペイン語力では何を話しているのかさっぱりわからないでいた。

「@$%&#!!!」という、なんだかよくわからないエクトルの怒りの叫び声がしたかと思うと、エクトルはぷりぷりしながらリビングルームへ戻って来て、まるで何事もなかったかのように私との開封作業を再開した。

その後間もなくアーロンものっそりとリビングルームにやって来て、これまた何事もなかったかのように、ニコニコしながら開封作業を手伝い始めた。

きっとまたいつものように、何かつまらないことで兄弟喧嘩でもしたのだろうと、別段気にしなかったのだが、でもやっぱりそのニコニコ顔は、どことなくよそよそしくて、私が話しかけてもいつものようなハキハキした返事はなく、違和感だらけだった。

私は、子供たちの楽しそうな顔をおさめておきたくて、この時何枚か写真を撮った。

今でもその写真データは私のパソコンに保存してあるが、今見返しても、この時のアーロンの笑顔が明らかにこわばっているのがわかる。

 

子供たちが楽しそうにハロウィングッズの開封をしているのを見届けながら、私は一旦書斎にいるビクトルの元へ行った。

そして、昨夜からアーロンの様子がなんだかおかしくて、学校からの帰り道でも、今でもやっぱりおかしいと話した。

ビクトルは、「そうか。僕は気が付かなかったけど。よし、ちょっとアーロンと話をしてみるか。」と言い、私と一緒にリビングルームに行き、「アーロン、ちょっといいか?」と言って、アーロンを書斎に連れて行った。

 

私が引き続きエクトルとワイワイはしゃぎながら、ハロウィングッズの準備をしていると、しばらくしてビクトルがアーロンを連れて怒りの形相でリビングルームに戻って来た。

そのただならぬ雰囲気に、エクトルと私は何事かと一瞬手が止まり、凍り付いた。

ビクトルは、エクトルとそしてアーロンに向かって言った。

「お前たちには、梅子が殺人者に見えるか?梅子がお前たちのママが言うような悪い人に見えるか?時々梅子は怒って怖いこともあるけど、でもそれは時々で、いつもは一緒に遊んでくれる優しい人だよな?例えば先週、お前たちは学校のおやつに何を持って行った?梅子が焼いてくれたお化けのクッキーだよな?今日も梅子は明日の学校用のおやつにって、お前たちのために別のお菓子を焼いていたんだ。そんな人が人殺しの悪魔だと、本当に思えるか?」

そうまくし立てるビクトルの目には、うっすら涙が浮かんでいた。

エクトルは、ビクトルが質問する度に「梅子は悪い人じゃない。」と、何度も小さな声で答えていた。

アーロンは、ずっとうつむいたままだった。

え?誰が殺人者って?何事?と、私はさっぱり状況が飲みこめず、キョトンとしながら3人の顔を交互に見ていた。

 

「お前たちのママが言うとおり、たしかに昔、ママの国中国と梅子の国日本は何度か戦争を起こした。第二次世界大戦っていう大きな戦争でも戦って、日本は負けたんだ。その時裁判になって、日本は中国にごめんなさいと謝って罰金も支払った。その後も日本は何度も中国にたくさんお金をあげて中国に協力してきた。それなのに、それでもまだ中国にはお前たちのママみたいに日本は悪い国、日本人は悪い人と言う人がいる。悲しいことだ。」

ほぅほぅ、ビクトル、意外と歴史を知ってるじゃんと、私は内心感心した。

「戦争の時、日本の兵隊は中国人をたくさん殺したのは本当だ。でも、その時日本の兵隊もたくさん殺された。それに、その戦争はもう70年以上も前の話で、梅子が実際に中国人を殺したわけではないよな?」

エクトルが1人、「うん。だってその時梅子はまだ生まれてないもん。」と答えた。

「いいか。梅子は殺人者でも悪魔でもない。パパとお前たちの家族だ。」

エクトルが再び「うん。」と頷いた。

「だから僕は梅子をシカトなんかしないよ!僕は梅子がどんな人か知ってるから!」と、今度は大きな声でハッキリとそう言った。

「そうか。エクトルはよくわかってるな。偉いぞ。」と、ビクトルがエクトルの頭をゴシゴシと撫でた。

そして、ビクトルは終始うつむいたままのアーロンに向き直り、「お前も本当は梅子が良い人だってわかってるはずだろう?だけど、ママに“口をきくな”と言われたから、その通りにしただけなんだよな?それともまだ梅子を悪い人、恐ろしい人だと思ってるか?」と、優しくたずねた。

アーロンはうつむいたまま「わからない…。」と言った。

 

ここでようやく、あぁなるほど、そういうことだったのかと、だいたいの事情がわかった。

子供たちとのこの話し合いの後、ビクトルが私に改めて事の経緯を教えてくれた。

前日までの週末の間、シュエは子供たちに戦争を伝え、「日本人は殺人者。だから梅子も殺人者で悪い人。そんな人と口をきいてはいけない。パパの家にいる間は、極力梅子から離れて生活しなさい。そうじゃないと、あなたたちもいつか殺される。」みたいなことを吹き込んだらしい。

さっきアーロンがエクトルを子供部屋に呼んで喧嘩をしたのは、エクトルがシュエの言いつけを聞かずに私と手を繋いで学校から帰って来たり、私と楽しそうに話しているから、「ママが言ったの忘れたのか?!」とエクトルを叱ったのだそうだ。

だけど、エクトルは「そんなの嘘だ!梅子はそんな人じゃない!」と叫んで、リビングルームに戻ってしまったらしい。

 

アーロンが「わからない。」と言うのも無理はないと思った。

当時はまだ学校でも勉強していなかった、まったく知らなかった第二次世界大戦という歴史を初めて聞かされて、エクトルはまだそれが理解できなかったかもしれないけど、「あなたたちも殺されるかもしれない。」なんて言われれば、アーロンはきっとその小さな心にとてつもなく大きなショックを受けたに違いない。

母親がそう言うのだから、それが本当だと信じても仕方がない。

でもやっぱり、アーロンがまだ私を悪い人だと疑いが晴れないでいるのは、正直悲しかった。

 

その日、私はアーロンにはしつこくない程度に、でもできるだけいつも通りに接することに心がけた。

ビクトルも、その後も何度かアーロンと話し合った。

おかげで翌日から少しずつアーロンは普通に私と接してくれるようになり、後日迎えたハロウィンは、子供たちにもミイラや死神のコスプレをさせて、ビクトルも私もコスプレしてたくさん写真を撮り、友人を招待してつつがなく、楽しくパーティーをすることができた。

 

この出来事は、ハロウィンの季節が来る度につい思い出してしまう唯一の苦くて悲しい思い出だ。

 

去年もそうだったが、今年もハロウィン当日は週末なので、おそらく来週の平日のどこかで、また家族だけのハロウィンパーティーをする予定でいる。

いつものように、チーズケーキを作るためのオレオとクリームチーズもそろそろ買わなければならない。笑。

今年はアーロンがいないから、エクトルと3人だけでパーティーをするか、それともアーロンがおやつや夕飯を食べにちょこっと我が家に来れるか誘ってみようと、ビクトルと話している。

 

 

■本記事のタイトルは、映画「メモリーズ・オブ・サマー」(2019年公開、ポーランド)をモジって使わせていただきました。

記事の内容と映画は、一切関係ありません。


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