梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

ある雑貨店のはなし

スペインにも100円均一ショップのような、安くて何でも揃っている店がある。

日本でも今やお馴染みの、デンマーク発Flying Tigerは、私が住むこの街にもある。

また、おそらくまだ日本には進出していないかもしれないが、Tedi(テディ)というドイツ発の雑貨店が、ここ最近では近所に多く見られるようになってきている。

 

このように、ヨーロッパ発の雑貨店は今でこそ少しずつポピュラーにはなってきているが、スペインの元祖100円ショップ的な雑貨店と言えば、おそらく中国人が経営する雑貨店だろう。

店の名前がそれぞれ違うので、おそらく個人経営で、チェーン店ではないのだろうが、商品はどこの店も似たり寄ったりの、Made in Chinaの物がほとんどだ。(最近は、よくよく目を凝らせばスペイン製や他のヨーロッパ製の商品も見つけられるようになってはきている。)

 

私の住むこの街の街外れに空港があり、その空港の近くには、中国語のどデカい看板が掲げられた大きな倉庫がいくつもある。

中国からの物流がどれだけこの街、この国に浸透しているかがわかる。

 

中国人経営のカフェやバル、レストランも多数あるが、この100円ショップ的な雑貨店もものすごくたくさんある。

例えば前述のFlying Tigerは、私の知っている限りでは、この街には3店舗しかない。

Tediはもう少しあって、我が家から徒歩20分圏内であれば4店舗ほど。

それに比べ、中国人経営の雑貨店は、我が家から徒歩10分圏内でもざっと10店舗はある。

店舗の規模にもよるが、商品は本当にありとあらゆる物が売られている。

日本の代表的な100円ショップに負けず劣らずの品揃えで、文房具から台所用品、衣類、洗剤、工具や大工道具も豊富だし、とにかく何でもある。

駄菓子や飲み物もあれば、お酒を扱っている雑貨店もある。

スペインの個人商店は、大概が土日祝日は休みだ。

平日の営業日でも、お昼休憩はきっちり取るため、13時から16時、17時までの数時間は閉めてしまう。

対して中国人経営のお店は、中にはスペインの気風に習っている所もあるが、大抵は、平日はお昼休憩なしでぶっ通し営業しているし、いくつかの店は土日も営業しているところが多い。

不況だ不況だと何かと騒ぐスペイン人だが、だったら中国人を少しは見習って、稼げる土日やお昼の時間帯も営業すればいいのに…と、いつも思う。

 

スペインでは、飲食店にしろ雑貨店にしろ、テナントに店を構えるにはとんでもなく複雑にライセンス取得やら手続きやらをパスしなければならない。

中にはほとんどスペイン語も英語もできない中国人のおじちゃん店主がいたりするバルや雑貨店があるが、そんな彼らが果たしてどうやってそれらの難関を乗り越えていとも簡単に店を出せるのか、それもいつも不思議でならない。

 

さて、今日はそんなとある中国人経営の雑貨店の話をしようと思う。

 

先日の日曜の夜、我が家の次男エクトルが、いつものように週末の母親シュエ家族との滞在を終えて、我が家に帰って来た。

帰って来たのはいいのだが、なんだか妙にご立腹気味である。

数年前の長男アーロンの超絶レボリューション(思春期の壮絶な反抗期)以来、子供たちが何か機嫌が悪いと、ビクトルと私はウッとつい身構えてしまう。

私たちが何か気に障るようなことしたかしら…、それともシュエの家で何かあったのか…?と、内心ビクビクしながらも、子供たちが自ら話し出すまでは触れないでおく。

それがアーロンの超絶レボリューションで培ったノウハウだ。

その日も同じように、エクトルがムスッとしていることには一切触れず、必要最低限の会話にとどめて恐る恐る見守っていると、エクトルが話し出した。

「金曜にママの家に行った時、例の雑貨屋の中国人に呼び止められて、嫌味言われたんだ。今この家に帰って来る途中で近所の中国人の雑貨屋の前を通ったら、そのことを思い出しちゃってさ。はぁー、マジでムカつく!」

“例の雑貨屋”とは、シュエ家族の住むピソ(マンション)の1階にある路面店、中国人経営の雑貨店のことだ。

 

この雑貨店とシュエ家族…、いやシュエの間には、とある因縁があった。

その出来事が起きたのは、このパンデミックが始まる直前の頃で、もう2年近くたっているというのに、まだ尾を引いているようだった。

 

あれはたしか、パンデミックが始まる前の、2019年の年の瀬ぐらいの頃だった。

子供たちと何かの会話で盛り上がっていると、アーロンだったかエクトルだったか、こういう話はきっとお喋りエクトルだろうか…、「そういえば、“これからはママの家の下の中国人のお店に行っちゃダメ!”って、ママに言われたんだ。」と、唐突に話し始めた。

なんでも、そこの経営者夫婦とシュエが大喧嘩したらしい。

「でもどうしてお前たちのママは喧嘩したんだ?」とビクトルが聞くと、子供たちは「夫婦の奥さんの方が、ママに理不尽な喧嘩を吹っ掛けたんだよ。ママは全然悪くないのにさー。」と口を尖らせた。

 

いやしかし…、シュエはどんだけ喧嘩が好きやねん…。

 

話を聞くとこうだった。

この喧嘩騒ぎが起きる1、2ヵ月ほど前、シュエは仕事で中国へ長期出張していた。

(今思えば、これがシュエにとってパンデミック前の最後の中国出張だったことになる。)

その出張の際、シュエは中国でヴィトンだかグッチだか、ハイブランドのバッグを購入しスペインに持ち帰ってきていた。

そのバッグは、当時の新色バッグだったらしい。

ただ問題は、そのバッグは本物ではなく偽物だった。

「偽物だから本物よりは少し安いけど、でもそれでも何百ユーロ、何千ユーロってして、すごく高いんだからね!」と、たしかエクトルが興奮気味に話していたのを覚えている。

 

中国には、こういったハイブランドの偽物を取り扱う“裏マーケット”がたくさんあるらしく、ビクトルもそれを知っていた。

シュエとの結婚生活時代、毎年子供たちを連れて中国へ行くと、シュエは毎回このような裏マーケットにビクトルを連れて行き、偽のブランド物のバッグや服、靴を大量に買っていたそうだ。

また、邦画も含む世界中の映画の海賊版DVD屋もあって、シュエはビクトルに偽ブランド品を買わせる代わりに、「あなたも好きなものを存分に買うといい。」と言って、ビクトルをそういった海賊版DVD屋に連れて行った。

映画マニアのビクトルには、その店はまさに夢のような世界。

離婚と同時にすべてを処分してしまったが、当時は毎年大量にDVDを買い込み、スペインへ持ち帰っていた。

中国…、恐るべし国である。

 

さて話を戻して、その新色だか新作だかの“偽の”ブランドバッグを、シュエはスペインで早速使い始めた。

しばらくの間は、そのバッグを毎日のように持ち歩いていたらしい。

その日もそのバッグを持って外出し、家に帰って来たところで、シュエは例の中国人雑貨店の奥さんに呼び止められた。

ちなみにこの奥さんも中国人、旦那さんも中国人である。

実はこの喧嘩騒ぎが勃発するまで、シュエとこの雑貨店の中国人夫婦は仲良しだったと言う。

シュエはちょくちょくこの雑貨店を訪れて買い物し、この夫婦とよくお喋りもする間柄だった。

 

奥さんは、シュエが持つバッグを見て「あら!素敵なバッグね!」と言った。

シュエは、「ありがとう!でもこれ偽物なのよ。この前中国で買ってきたの。」と話した。

「偽物だ。」と言ったにもかかわらず、奥さんは「素敵!素敵!」と目を輝かせ、「私も同じものが欲しい!」と言い出した。

「私と同じ偽物でよければ、店を知ってるから中国から取り寄せようか?」とシュエが聞くと、奥さんは大喜びして「えぇお願い!私にも1つ取り寄せてちょうだい!」と言った。

シュエは早速中国のバイヤーに連絡を取り、自分のと同じバッグを購入。

スペインへ送ってもらう手筈を整えた。

 

数日が過ぎ、ようやくバッグが届いたので、階下の雑貨店へ届けに行った。

バッグを受け取った奥さんは喜ん…、喜ばなかった。

 

奥さんは、バッグを手に取りいぶかしげに一通り見ると、「これ、偽物じゃないの。私は本物を頼んだのに。」と言い、シュエにグイッとバッグを押し返した。

シュエ、驚く。

「えぇ、偽物ですよ?それでもいいから取り寄せてほしいって言ったのはあなたでしょう?」

シュエがそう言うと、奥さんは「私はそんなことは言った覚えがない。」と、堂々としらを切った。

そして、「言った!」、「言わない!」の押し問答が始まった。

加えて、「受け取って金払え!」、「そんな偽物いらない!金なんて払わない!」の押し問答も始まった。

醜い言い争いをキーキーやっていると、雑貨店のご主人、旦那さんが店の奥から出てきた。

奥さんから事情を聞いた旦那さんは、引き続き喚いているシュエを、バッグごと店の外に追い出した。

男性が加わろうが、2対1になろうが、そんなことにシュエが臆するわけがない。

伊達に何年もビクトルや現夫マックスと喧嘩上等な暮らしはしていない。

シュエ自身の自宅の前でもある店の前で、中国人男女3人のスキャンダラスな大喧嘩は、しばらく続いた。

中国人…、恐るべしである。

 

「そういうわけだから、もう1階の雑貨店に行くのは禁止!店主夫婦と話すのも禁止!」と、シュエは子供たちに言い渡したのだった。

奥さんのために取り寄せた新品の偽物バッグ…。

偽物と言えども、それなりの値段はして、結局シュエの無駄な出費となった。

まぁ、彼女のことだから、フリマアプリか何かで転売して、買値かそれ以上の挽回はしたと思うが。

 

それにしても、「偽物でもいい!」が一転、「偽物はイヤ!本物を頼んだ!」と、面と向かってハッキリしらを切る奥さんにも驚くが、それをきちんと「言ってることが違う!」と判別を付けられたシュエにも驚く。

日頃からビクトルには「最初からそう言ってましたけど?なにか?」とばかりに、コロコロ言うことが変わるくせに、いざ自分がその立場になると、きちんと一般常識に照らし合わせて憤ることができるとは、ビクトルや私にとっては苦笑ものだ。

しかも、そもそもの原因が偽物のブランドバッグをめぐるトラブルで、それをあたかも「ママは被害者」とばかりに子供たちにベラベラ話すとは…。

これに関しては、呆れて言葉も出ない。

たしか、子供たちがこの話を教えてくれた時、ビクトルは「偽物のブランド品を買うことは犯罪って知ってるか?」と、子供たちに忠告していた。

子供たちが「偽物だってバレなければいい。たとえ偽物でもそれを持っているのはカッコイイ。」と、何の疑いもなく思ってしまっていることに、シュエの子育て方法に私は若干目眩がした。

雑貨店の奥さんは、お金が足りなくて諦めたのか、旦那さんに「そんな怪しい物に大金を使うな!」と叱られたからなのか、はたまた奥さん自身が違反行為だと気が付いて心変わりしたのかはわからないけれど、結局、寸でのところで偽のブランドバッグを買わなかった奥さんの方が、もしかしたら、シュエよりもよっぽどまともな常識を持った人かもしれない。

買ってもらった後で「いらない!」と言い切れるのはどうかと思うけれども…。

 

それからというもの、シュエ家族と階下の雑貨店主夫婦は、このパンデミックで2年という歳月が過ぎた今でも、どうやら亀裂が入ったままのようである。

シュエの家は2階で、雑貨店の直接の真上だ。

相手は店舗経営なので、そこに住んでいるわけではないにせよ、そんな目と鼻の先のご近所さん同士で犬猿の仲というのは、お互いにさぞかしストレスの溜まる日々だろう。

老夫婦のような、隠遁生活のような暮らしをしている私たち夫婦と違って、シュエの家族は皆、平日も週末も、なんだかんだ何かとアクティブに外出することが多い家族だ。

外出する度に、この店の前を行き来しなければならないことを想像すると、私だったら耐えられずすぐにでも引っ越してしまいたい。

 

いくら同郷の者同士だからとはいっても、ご近所付き合いやお店の人と深く懇意になるのは、考えものだなと、このシュエの件で一瞬思った。

一瞬思ったが、そもそも私は他人とそこまで大喧嘩できるほどの度胸と強いメンタルは持ち合わせていないし、何でもかんでもすぐに「ごめんなさい」と謝ってしまうので(それでよくビクトルや子供たちに「簡単に謝るな!」と叱られる)、シュエのようなトラブルは起こさないだろうと踏んでいる。

…というよりもまず、偽物のブランド品など買わない。

「偽物でもいいから欲しい!」とも思わない。

せっかく多くのハイブランドを生み出しているヨーロッパに住んでるってのに、そもそもブランド品に興味がない。

オシャレすることに大して興味がない、この女子力のなさの方が、私の場合は問題だ。

 

 

■本記事のタイトルは、映画「ある精肉店のはなし」(2013年公開、日本)をモジって使わせていただきました。

記事の内容と映画は、一切関係ありません。