梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

アーロンの偽証 前編

我が家の次男エクトルが、見事な丸坊主になって、彼のシラミ問題が晴れて解決した、先週の月曜日。

実はもう1つ別の問題の火種が、燻り始めた。

 

実は、この日(月曜日)の夕方、子供たちが学校から帰って来て、さぁ床屋に行こうかという時に、電話が鳴った。

あら?こんな時間に誰だろう?ママ(=義母)かな?

 

私はこの時、キッチンで夕飯を作っている最中で、子供たちは床屋に出かける準備をしながら、キッチンでワーワー騒いでいた。

夫ビクトルは、書斎でパソコンのメールをチェックしていた。

電話が鳴った時、ビクトルが「電話を取るな!」と、書斎から私たちに叫んだ。

電話はしばらく鳴り続けていたが、結局誰も取ることはなく、ほどなくして止んだ。

 

電話が鳴り止んだ後、ビクトルがキッチンに現れて、私に言った。

「今の電話、たぶん、シュエからだ。僕たちが床屋に行っている間に、またかかってくると思うけど、絶対に取らないで。」

 

本当はこの時、なぜ前妻シュエが我が家に電話をかけてきているのか、ビクトルが簡単に説明をしてくれたのだけど、私は料理に目が離せず、周りでは子供たちがガヤガヤ騒いでいて、ビクトルも出かける準備をしながら話していて、話しながらジャケットを取りにまた書斎に戻ったりなんかしていたものだから、いまいち聞き取れなかった。

でも、「電話を取るな。」ということは理解できたので、理由はどうあれ、電話がかかってきても無視しておけばいいのね?とだけ思った。

今は、ビクトルが出かける準備でせわしないけれど、帰って来たらもう少し詳しく教えてくれるだろう。

それまで待とうと思った。

 

ビクトルと子供たちを床屋に送り出してからしばらくたって、私が引き続き夕飯作りをしていると、本当に電話がかかってきた。

私は、ビクトルに言われたとおり、電話には出ず、時計だけをちらりとチェックした。

 

この電話が本当にシュエからかかってきているのだとしたら、シュエが電話をかけてきている理由は、どうせエクトルのシラミ問題のことについてだろうと思った。

シュエが電話をかけてくる時は、ビクトルとは話さず、子供たちと話す。

子供たちに、「パパはシラミ退治の薬を買ってくれた?床屋に連れて行ってくれた?」とでも聞いて、昨夜自分がショートメッセージでビクトルに指示したことを、ビクトルがちゃんとやってくれているか、探りを入れたいに違いない。

そう思うと、本当にこの人は、皆を思いのままに操りたい人なんだなぁと、やりきれない怒りが沸々と湧き上がった。

 

子供たちの親権が一方にある時、親権がない方の親は、親権がある方の家に電話をして、子供たちと話してもよいことになっている。

子供たちがシュエの家族と一緒にいる時、ビクトルは一度も子供たち宛てに電話をかけたことがない。

あ、一度だけあったな。

シュエが海外出張で不在の時、シュエの現夫マックスに頼まれて。

あの時の出来事もなかなか面白かったので、この話はまた後日お話しすることにしよう。

 

今の所、子供たちがいない時に、緊急で子供たちと連絡を取らなければならないようなことに出くわしていないし、第一、私たちが電話をかけたとしたら、「今、食事中だから。」とか「今、勉強中だから。」とかなんとか言われて、子供たちと話すのをシュエに妨害されるのは目に見えているからだ。

 

しかし、シュエは違う。

どうせ4日過ぎれば、また週末子供たちに会えるのに、大した緊急でもない、しょーもない電話をかけてくる。

記憶に新しい所では、前記事の「エクトル再び頭痛」に書いたように、エクトルの頭痛の件で、我が家のエントランスで素晴らしいシャウト事件を起こしたにも関わらず、翌日、シレーッと電話をかけてきたかと思えば、エクトルの頭痛の“ず”の字も話すことなく、兄アーロンの欲しかったゲームソフトの名前だけを聞くという、さすがシュエ!という出来事があった。

 

そうそう、2月にあった、中国の旧正月の時には、ご丁寧に子供たちだけに「明けましておめでとう」を言うために電話をかけてきて、「今度の週末、みんなで中華を食べに行こうね~♪」と、これ見よがしにリア充アピールをしてきたこともあった。

 

そんなことを思い出しながら、ますます怒り心頭モードで、私はラザニア用に作っていたミートソースをこねくり回していた。

怒りながら作ってるから、さぞかし不味いミートソースになるなぁと、ふと思った。

 

しばらくして、ビクトルと子供たちが帰って来た。

エクトルの見事な丸坊主頭を見て、思わず吹き出してしまい、さっきまで怒りでガッチガチだった私の心がほどけていくのを感じた。

ビクトルが「これはシュエにリベンジ。」と、ニヤリとしながら床屋のレシートと、薬局のシラミ退治用の薬のレシートを見せてくれて、ますます晴れやかな気持ちになった。

 

「あ、そうそう、30分ぐらい前にね、電話が…」

ビクトルにそう話しかけている、まさしくその時に、また電話が鳴った。

ビクトルの表情がサッと変わり、「アーロン、電話を取れ。」と、アーロンに言った。

それまで、エクトルの丸坊主頭を茶化して、エクトルとじゃれ合っていたアーロンの表情も、ビクトルの指令を聞いて急に真面目な顔になり、電話のあるリビングへ向かった。

 

電話の主は、やっぱり前妻シュエからのものだった。

いつもなら、猫の助が入って行かないように、リビングのドアはこまめに閉めるのだが、この時は閉めずに、ビクトルがドアにもたれて、アーロンの様子をうかがっていた。

アーロンは、「うん…。うん…。」と、シュエの話を聞いていたが、突然、「僕じゃないよ。知らないよ!」と言った。

アーロンの声がキッチンにも聞こえてきて、何事かと、一瞬料理の手を休め、私もリビングに様子を見に行った。

アーロンはソファに腰かけて、シュエと話をしていた。

ビクトルに監視されながら話しているからだろうか、アーロンの顔は少し深刻な顔だった。

 

それにしても、アーロンはいつまでも話していた…というか、シュエの話を聞いていた。

あまりに長いので、痺れを切らしたビクトルが、電話の向こう側のシュエにも聞こえるような声で、「アーロン、いいかげん電話を終われ!これから出かけるんだから!」と言った。

アーロンはすぐさま「それじゃ。」と言って、電話を切った。

 

ビクトルが、「梅子、夕飯までまだ時間ある?買いたい物があるし、少しアーロンと話したいからさ、アーロン連れてちょっとスーパーまで行ってくるよ。」と言った。

その話し方は、「行ってきてもいいかなぁ?」と私にお伺いを立てるようなニュアンスとは違って、私が「えぇ?なんで今?」とか、「もうすぐご飯なのに~。」とか、ぶーをたれるのを承知の上で、「それでも行くからね。ここは行かせてもらうからね。」というような、固い決意というか、鬼気迫るというか、そんな雰囲気が感じられたので、私は「いいよ!それじゃあ、お水も買って来て。」と言った。

「えぇー。水ー?スーパー行くって言うと、あれ買って来てこれ買って来てって、すーぐこれだもんなぁ。」と、ビクトルは、せっかく押し殺していたイライラを、結局吐き出すしかないかのようにぶーをたれた。

 

歳を取ったからだろうか。

どうせエクトルのシラミの話だろうと、想像はしていたけれども、なぜ今日シュエがそんなにもしつこく電話をかけてきていたのか、実際の詳しい事情は知らなかったので、ビクトルから早く事情を聞きたかった。

なぜビクトルが前もって、シュエから電話が来ると知っていたのかも疑問だった。

ビクトルと子供たちが床屋に出かけている間、私は1人で過去の出来事やらを思い出して悶々としていた。

だから、何も知らないままでいるのが、結構限界に来ていた。

それで思わず、「アーロン、それで?アンタのママ、何だって電話してきたわけ?」と、アーロンに聞いた。

「またしょーもないこと?」と、私が畳みかけて聞くと、アーロンは「うん。しょーもないこと。」とだけ答えた。

「エクトルのシラミ問題は?ママ、なんか言ってた?」と聞くと、「ぜーんぜん。」と言った。

 

はぁーーー。やっぱりなーーー。

この母親は、いつもこうだ。

「そんなこと、いつものことだし、わかりきってたことだろう?シュエは普通の母親じゃないんだから!」

私が毎度のように、ガッカリの深い溜め息をついていると、ビクトルがすかさず言った。

わかりきっていることに、結果を聞いていちいち腹を立てたり、ガッカリするのは、心と時間の無駄だと、特にシュエ絡みの問題が起きた時、時々ビクトルは私に言う。

わかっちゃいるんだけれども、いちいちやってしまうのが、女の性というものか。

 

ビクトルは、「アーロン!行くぞ!」と言って、アーロンを連れて再び出かけて行った。

2人が出かけた後、私はエクトルに「ママ、なんで電話してきたんだろうねぇ。」と話すと、「知ーらない。」と、いつもの如く、我関せずのエクトルであった。

 

 

夕飯のラザニアが焼き上がる頃、2人が帰って来た。

ビクトルはアーロンと一緒に、スーパーで買ってきた物を片付けると、子供たちに聞こえないように、「梅子のキリのいい時でいいから、後でちょっと書斎に来てくれない?話があるから。」と、私にささやいた。

その時子供たちは、ゲームの話か何かをしていて、ビクトルが私にささやいていることは、2人には気付いていない様子だった。

私は、取り急ぎ子供たちに夕飯を出して、「梅はちょっと一休み~♪」と言いながら、キッチンを出た。

子供たちは、好物のラザニアに無我夢中で、私がキッチンを出て行くのを気にしていない様子だった。

 

ビクトルはタバコを吸いながら、私が来るのを待っていた。

私が書斎に入ると、ビクトルは、子供たちが私の後を付いてきていないか用心深く廊下に目をやりながら、「マックスの母親の携帯がなくなったそうだ。シュエは“犯人はアーロンだ”と言っている。」と言った。

 

 

■本シリーズのタイトルは、映画「ソロモンの偽証」(2015年公開、日本)をモジって使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。