わがまま王子のシラミ退治 前編
今日は土曜日。
我が家の子供たちは、今頃、前妻シュエの家か、もしくはシュエの現夫マックスの実家で、くつろいでいることだろう。
シュエもマックスも、今週末は次男エクトルの変わり果てた髪型に、度胆を抜かされただろうか。
「あれま!可愛くなっちゃって!」なんて爆笑しているか、…いや、マックスはたとえそうであっても、シュエはそんなポジティブに捉えるはずないな。
「可愛い私の息子にこんな仕打ちをするなんて!!!」と、ワナワナ拳を震わせているかもしれない。
いつシュエからクレームのメールが来るか、ちょっとビクビク、ちょっとワクワクしながら、私はこの週末を過ごしている。
“エクトルの変わり果てた髪型”とは、今週の月曜日の夕方、夫ビクトルは、子供たちを近所の床屋に連れて行き、エクトルの髪を丸坊主にしたのだった。
なぜ、丸坊主にしたか?
それは、タイトルですでにバレバレだが、エクトルの髪には、シラミが棲み付いていたためだった。
シラミなんて、今時、日本ではそう滅多にお目にかかれない問題だと思う。
でもこちらの国では、この21世紀のご時世にも関わらず、しょっちゅう発生するあるあるな子供ネタだ。
子供たちが頭に“迷惑なお友達”を住まわせて帰って来たのを初めて経験した時は、それこそ私は、「ギャー!!!シラミー??今時ー?!」と大騒ぎして、ネットで退治方法を調べたり、子供たちのベッドカバーをすぐさま剥ぎ取って洗濯機へぶち込んだり、1人でオロオロバタバタしたものだったが、こうも毎年のように持って来られると、嫌でも肝が据わる。
あれはたしか、イースターの休暇の頃からだから、3月の終わりから4月のはじめにかけての話になるが、エクトルが度々「頭がかゆい。」と言い出した。
(今回は、「頭が痛い。」ではなく、「かゆい」。まったく、常に頭に問題を抱えるヤツだ。)
その頃子供たちは、我が家とマックスの実家を往復する日々だった。
本来ならば、イースターの休暇は、子供たちは前半を我が家で過ごし、後半を前妻シュエ家族と共に過ごすことになっている。
しかし、今年のイースターは、我が家が担当する前半に土日が含まれており、「子供たちを中国語レッスンに行かせたい。」というシュエの要望で、おかげさまで小面倒くさい引き渡し日程となった。
子供たちは、前半のうちの数日間を我が家で過ごし、土曜の朝にマックスが迎えに来て、土日はマックスの実家で過ごし、日曜の夜に我が家に帰って来る。
そして、土日分の2日間を我が家で過ごし、水曜日にまたマックスが迎えに来て、残りの数日をマックスの実家で過ごす…というものだった。
過ぎた話だが、よくもまぁ、私たち夫婦もこんなバカげた日程を引き受けたものだ。
おかげで、今年のイースターもまた、どこにも遠出することができなかった。
マックスの名前ばかり出てきたが、ちなみにこの小面倒なやりとりの期間、シュエはどこにいたのかというと、もちろん、母国・中国だ。
しかも、“仕事で”という名目にも関わらず、乳飲み子のフアンを連れて。
あぁ、そうそう、今回は韓国にも行ったな、たしか。
スペインに帰って来たのは、偶然か、はたまた狙ってのことなのか、バカバカしくて推測する気もしないが、イースター休暇の最終日だった。
仕事とはいえ、休暇の時期に、子供と一緒に母国に里帰りできて、韓国にも“観光”に行けて、面倒な上の子2人は、元夫家族と現夫家族任せ。
優雅なものだ。(こうなったら、とことん僻ませていただきたい!)
そんな話をしていると、また前置きが長くなってしまうのだが、そんなわけで、今回のエクトルのシラミの発生源は、マックスの実家に滞在中の時と思われた。
学校も休みだったし、エクトルが他の子供たちと触れ合うのは、マックスの実家滞在中の時でしかない。
エクトルは、我が家に帰って来ると「かゆい!かゆい!」と訴えたが、マックスやその家族には言わなかったようだった。
私たち夫婦も、契約とはいえ、そうでなくとも、マックスには実の子でない子を2人も面倒を見てもらっていたので、彼にはこれ以上負担をかけたくなかった。
だから、私たちからもマックスには報告しないでいた。
シュエがいたら、そりゃぁもちろん、速攻で報告&「どうにかしろ!」メールを送っていたところだけれども。
せめて1週間、連続で私たちが子供たちと一緒にいられれば、早速専用の薬を買って来て、本格的にシラミ退治に挑めたのだが、こんなふうに、子供たちは2~3日であっちの家こっちの家…と行ったり来たりしていたので、じっくり退治することができず、イースター中はオリーブオイルで応急処置をしていた。
頭にオリーブオイルをまんべんなく塗って、ラップで覆って30分以上放置。
オイルとラップで息ができないシラミたちが暴れ出すと同時に、エクトルも「うぅ~!!かゆーーい!!」と、頭をツンツンと指で叩いて大暴れだ。
その後、シャンプーを2回して、終了だ。
それでもシラミの卵はとにかく死なないので、髪を乾かす時に目視で見つけては、じっとしていないエクトルに「動くな!」と喝を飛ばしながら、爪でツーッと1つ1つ除去した。
オリーブオイルの応急処置が功を奏したのか、はたまた学校生活が忙しくなったからか、イースターが明けてからは、エクトルはしばらく「かゆい。」と言わなくなった。
とりあえず一段落したかな…と、ホッとしたのも束の間、先週から再び、「頭がかゆーい!!」と言い出した。
まだまだ残党がいたらしい。
月曜からまた、オリーブオイルに助けを求めることにした。
「シラミ退治の薬、買ってよ。」と、夫ビクトルに頼んだが、私のこのオリーブオイル戦法が結構効くと信じ始めたビクトルが、薬を買いに行くことはなかった。
シラミ退治の薬は、実は結構値段が高いのだ。
結局、オリーブオイル戦法は、月曜から木曜の夕方、毎日実践した。
エクトルもエクトルで、人の苦労も知らず、このオリーブオイル戦法をむしろ放課後の楽しみの1つにし始めた。
学校から帰って来ると、真っ先に「梅子ー!オイル!オイルー!」と催促した。
「僕の頭、お料理されてるみたいだー♪」と、オリーブオイルの香りを楽しみ、オイルで頭をマッサージされるのを楽しんだ。
さらに、日頃は自分でシャンプーをするからだろう、私が毎日こうしてエクトルの頭を入念にシャンプーするのも、本人にとっては特別感があって至福の時のようだった。
月曜だったか、火曜だったか、週のはじめのある日、私がエクトルの頭をオイルでマッサージしていると、「今度の週末ねー、ママと床屋さんに行くんだー♪“髪を切りに行こう!”ってママが言ってたの。」と、ふいにエクトルが言った。
「あ、シラミがいるから?」と、私が聞くと、エクトルは「そうじゃない。たぶんママはシラミのことは知らないよ。」と言った。
知らないのかよっ!と内心思いつつも、エクトルの話を聞いていると、シュエが気にしているのは、エクトルのシラミ問題よりも、兄アーロンの髪が伸び過ぎてダサくなっていることだったらしい。
ちょうどエクトルの髪も伸びてきたので、「みんなで行こう!」ということになったそうだ。
床屋さんには申し訳ないが、エクトルの髪を切ってもらえるのなら、願ってもないシラミ完璧駆除方法だ。
「そりゃよかったねー!アンタ、まだ卵がまだ少しあるからさー、短く切ってもらいなよ。ママにも“うーんと短く切りたい!”って言うんだよ。」と言うと、エクトルは「うん!もちろんだよ!もうこんなにかゆいのはご免だ!」と言った。
翌日からは毎日のように、エクトルと私は「週末にはシラミとサヨナラできる!」と話した。
4日間連続のオリーブオイル戦法を経て、金曜日、エクトルは前妻シュエの家に行った。
私もビクトルも、「この週末は、シュエが子供たちを床屋に連れて行くって言ってたらしいし、エクトルのシラミも一件落着だね。」と、肩の荷が1つ下りた気分で週末を過ごした。
■本シリーズのタイトルは、映画「わんぱく王子の大蛇退治」(1963年公開、日本)をモジって使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。