路肩の中心で、馬鹿とさけぶ ~翌日編~
前回までのお話はコチラ。
昨夜の出来事が起きた後、私とビクトルは、早々に就寝…なんてできるはずもなく、私はブログを書き、ビクトルは刑事事件の弁護士をしている親友にメールを書いた。
それぞれ書いている間も、出来事を振り返りながら、時折2人で話し合った。
前妻シュエが去った後、彼女からビクトルの携帯にショートメッセージが届いたのだが、内容は、
「エクトルの頭を2度も痛めつけたアンタの嫁は叱られなくて、私ばっかり叱られるのはアンフェアよ!」
というものだった。
言い訳がましいが、私は2度もエクトルを痛めつけてはいない。
1度目は、兄アーロンと公園で遊んでいて、アーロンが遊具に頭を強打、流血した。
2度目が、今月はじめの、エクトルの事故だ。
というか、くどいようだが、そもそも私は誰も痛めつけてはいない。
公の場で盛大にビクトルを罵倒したばかりで、おそらくシュエもこの時はまだ、興奮冷めやらぬ状態だったのだろう。
ショートメッセージの内容に、彼女の混乱が見えた。
夫マックスの車に乗り込む時、シュエが「だってさー!◎△$♪×¥○&%#?!…」と、何やらマックスに事情を説明しているような話し声を、私は窓から聞いていた。
シュエからショートメールが届いたのは、その10分~15分後だったので、もしかしたら、帰り道の車中で、マックスがシュエに「何やってんだよ、道端で叫ぶなんて。子供たちもいたんだろ?少しは自分をコントロールしろよ。」とかなんとか、諭したのかもしれない。
「そんなことしてると、またビクトルに被害届出されるぞ!」とかなんとか、脅かされたのかもしれない。
マックスに諭されたのか、脅かされたのかは、あくまで推測に過ぎないけれど、とにかく、シュエの中で「ちょっとやり過ぎちゃったかなぁ…」感が、少なからず芽生えたのだと思う。
しかし、あの超高層ビルのような彼女の高いプライドが、それを素直に認めるのを阻止。
だからこその、「私ばっかり叱られるのはアンフェアだ!」という、いかにも我が家の子供たちが叱られた時に言うような、子供じみた言葉が出たのではないか。
ビクトルは、シュエのこの時の心情を、こう読み取った。
「とにかくさ、近いうち、例えば明日にでも早速、またシュエから改めてメールが来ると思うよ。」
私はビクトルに言った。
「この前、シュエから来たメールの、来月の祝日休暇とイースター休暇の間、子供たちをどうするかシュエが提案してきた件、まだ返事してないんでしょう?おそらく、“まだこの件について返事もらってませんけど?”とかなんとかかこつけて、今日の件についてまだ怒ってるかどうか、ビクトルの腹を探るメールが来ると思う。」
そして、翌日の今日。
シュエからビクトルにメールが届いた。
もしかして私も予知能力のある宇宙人なのか?!と、驚いた。
メールは、ご丁寧に「ビクトル 〇〇〇〇 〇〇〇〇(ビクトルの完璧フルネーム) 殿」から始まり、どっかの役所からでも届いたのか?というような、皮肉たっぷりのフォーマットになっていた。
どんだけ暇なヤツだ。
「前回提案した、祝日休暇とイースター休暇の、子供たちの件、まだアナタから返事もらってませんけど?」
最初の1文すらも、私が昨夜予知したとおりの文言だった。
次の文章からは、なぜか、彼女は英語で話し出した。
おそらくまだ、彼女の中で怒りが収まっていないから、スペイン語よりも簡単な英語で書くことにしたのだろう。
内容はこうだった。
「返事がないということは、アナタが全日程、子供たちの面倒を見たいってことで解釈していいわけね?
OK。こちらはまったく問題ありません。」
シュエが来月、1ヶ月ほど中国と韓国へ出張になったことで、養育権の契約書どおりに子供たちの祝日休暇と、その直後に来るイースター休暇の面倒を見ることができなくなったシュエが、数日前、妥協案を提案してきた。
祝日休暇は、最終日の19日と、付随する20日(日)をビクトルが、それ以外の休暇は、シュエの夫マックスが面倒を見る。
イースター休暇は、前半1週間はビクトルが面倒を見るが、土日を挟むので、この土日は中国語レッスンのために、マックスが子供たちを預かり、そのかわり、後半1週間のはじめの2日間を、ビクトルが面倒を見る。
2日過ぎたら、またマックスが子供たちを迎えに来て、イースター最終日まで預かる、という提案だった。
ビクトルも私も、この提案に特に異論はなかった。
ビクトルはすぐに返事をせず、週末が明けてから「異論なし」と返事するつもりでいた。
しかし、昨日、日曜の夜に、あの出来事が起きた。
週末は明けたものの、返事しようにもできない状態に陥った。
ところが、今日届いたシュエのメールでは、この彼女自身の提案を180度覆す、「返事しないってことは、アンタが全部の日程、面倒見るんでしょう?」という、半ば脅しの内容だった。
続いて、シュエのメールには、こう書かれていた。
「エクトルの頭痛について。
エクトルの頭痛の原因は、先日の公園でのアクシデントによるものだとしか思えないの。
アナタの嫁のおかげで負った傷でね。
それで、ここはぜひともアナタの、親としての責任を私に見せていただきたい。
今週中、必ず、エクトルを病院に連れて行ってくれるわよね?
これって、最低限の親の責任だと思うんだけど。
もしアナタがそんなに忙しくて病院に連れて行けないというのなら、アナタが忙しいと証明できるものを、ぜひ提出していただけないかしら?
それ次第で、こちらも検討し、私がエクトルを病院に連れて行く必要があるのであれば、会社に頼み込んで休暇を取らせてもらって、私がエクトルを病院に連れて行きますから、ご安心を。」
最後は、こう締めくくられていた。
「最後に。
アナタがどんなに責任のある、素晴らしい父親か知りませんが、昨夜のように、子供たちの前で私を“クレイジー女”だなんて呼ばないで!!」
読むだけ読んで、私はお昼ご飯を作りたかったので、キッチンにはけた。
感想もへったくれもなかった。
強いて言うなら、どんだけ“責任”って言葉が好きなんだよ!って思ったぐらい。
ビクトルは、返事なんて書くのもバカらしいけど、来月の休暇の件と、病院の件については、少なくとも決着をつけなければならないと、早速返事を書きだした。
私が料理していると、ビクトルが「返事、書けたから、ちょっと読んでみてくれないか?」と、キッチンにやって来た。
ビクトルは、シュエのアホくさい、役所みたいなフォーマットを真似して書いていた。
「誰かさんみたいに、パソコンを年がら年中チェックしていないもんで、キミのメールに気づいていませんでした。
あぁ、なるほど。
今度は、キミは子供たちが中国語のレッスンに行こうが行くまいがかまわないと、そう思っているわけだね?
キミがかまわないと言うのなら、僕もまったく問題ありません。
誰がいつ子供たちの面倒を見るかは、とにかくキミが決めてくれて結構。」
子供たちの休暇の件について、ビクトルは、決断権をシュエに丸投げした。
シュエ1人だけが躍起になっている、子供たちの中国語のレッスンの件を絡めることを、ビクトルは忘れなかった。
これでまたシュエは、中国語のレッスンの問題も含めて、あーでもないこーでもないと思案しなければならない。
「エクトルの病院の件については、どうぞご心配なく。僕が連れて行きます。
週末になると、子供たちが健康の問題を抱えて帰って来るのも常ならば、僕が薬を飲ませ、病院、歯医者に連れて行くのも常のことですから。
子供たちに何かあると、犯人探しで忙しく、子供たちの健康問題を解決しようと努力もしない誰かさんと違って、僕は常に子供たちを病院に連れて行ったりしなければならないので、そういう面では、おかげさまで僕も忙しくやっております。」
これ読んだら、シュエ、絶対怒り狂った返事をよこすだろうなぁと思った。
「最後に。
“クレイジー女”と呼ばれたくなかったら、少しは自分をコントロールしてくれないかな?
僕の家の前で騒ぎを起こされるのは、もうまっぴらです。」
「ところで…、」
ビクトルの返事メールを一通り読んで、私が言った。
「ところで、なんで英語で書いてんの?別にそこまでシュエの真似しなくてもいいんじゃない?彼女、スペイン語読めないわけじゃないんだし、この文章、結構シンプルなんだから、スペイン語で書きなよ。」
そう言って、私は再びキッチンに戻った。
ビクトルは、「えぇ~。せっかく書いたのに~。」とブウブウ文句を言いながら、早速スペイン語で書き直した。
しばらくして、またシュエから返事が来た。
ビクトルは、シュエの返事を読んで大笑いしていた。
シュエのメールは、予想どおり、怒りまくりの文章だったが、内容がバカバカしすぎて、私も1度読んだが、今、なぜかその肝心な内容が思い出せない。
とにかく、それだけバカバカしい、揚げ足取りまくったような内容だった。
祝日休暇と、イースター休暇の件については、一切書かれていなかったことだけは覚えている。
あぁ!思い出した!
「そんなに責任のある父親だって言うんなら、私の親権日の週末に、子供たちを病院やら歯医者やらに連れて行ってくれてもいいんじゃない?
そんなこともできないくせに、責任ある父親づらしないで!本当に信じられないわ!」
彼女の最後の返事はこれだった。
「この人本当にどうかしてるよ。子供たちが母親家族といる時に、なんでわざわざ僕が養育権の契約無視して、彼女の親権日妨害して、子供たちを病院に連れて行かなくちゃならないんだ?これって、“病院とか、子供のそういう面倒なことはしたくない”って、彼女が自分で本音白状しちゃってるようなもんじゃない?」って、ビクトルが大笑いしてたっけ。
今日届いた、これらのシュエからのメールで、私がいちばん不思議に思ったことは、昨夜のあの、“シュエ、シャウト事件”の、彼女からのリベンジは、来月の子供たちの休暇を全部、ビクトルに押し付けることだったということだ。
言ってることとやってることが矛盾だらけなのは、シュエの常なので、この辺は私もよくわかっている。
でも、ちょっと考えてみて。
子供たちをビクトルに託せば、もれなく、継母の私が付いてくる。
この継母は、シュエにとってみれば、愛する我が子に永遠に残るような傷を負わせた、悪魔だ。
シュエは、今まさに、鬼の首でも取ったかのように、エクトルの頭痛の原因は、先日の公園でのアクシデント、私のせいで100%間違いないと思っている。
そんな悪魔の元へ、ましてや自分が国外にいる間、1ヵ月間も、可愛い愛する息子たちを託そうとしているわけだ。
私がもし、シュエの立場だったとしたら、自分が国外に行かなければならないからこそ、前夫のビクトルとその憎き継母よりも、断然信頼できる現夫マックスに、子供を委ねると思う。
その方が、いつでも子供たちと連絡が取れて安心できるもの。
シュエは、ビクトルが実は子供の面倒を見るのが好きじゃないことを、よく知っている。
だからこそ、シュエは仕返しとして、当初自分から言い出した提案を翻して、ビクトルが最も嫌がること=ビクトルに子供を託すことを半ば命令してきた。
シュエはよく、「子供たちを大人の諍いに巻き込まないで!」とか、「子供たちを出しに使うな!」と、ビクトルに言う。
でも今、シュエは、ビクトルを痛い目に遭わせるために、子供たちを諍いのど真ん中に放り込んで、武器=道具にしている。
ビクトルは言う。
「子供たちを大人の諍いのど真ん中に置いて、武器みたいに使うなんて、今に始まったことじゃないよ。これが彼女のいつものやり方さ。」
■本記事シリーズのタイトルは、映画「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004年公開、日本)をモジって使わせていただきました。
本シリーズの内容と映画は、一切関係ありません。