梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

裁きは終りぬ ~反撃編~ 2

前回のお話「裁きは終りぬ ~反撃編~ 1」は、コチラ

 

 

思わぬマックスからの電話で、金曜の午前中に、シュエにbro-faxが届いたのを知った。

ビクトルと私は、してやった!という少しの爽快感と、でもシュエからすぐさま猛烈な反撃が来るんじゃないかというものすごい緊張感の中、週末を過ごした。

でも、週末の間、シュエからは特に何のアクションもなく、長男アーロンが教えてくれた「パパはしつこいってママが言ってた。」というコメントが、強いて言うならでこピンレベルの反撃だったかな?というぐらいで済んだ。

しかし、シュエがビクトルの弁護士に返事をしなければならない期限は水曜日。

それまでは気を抜けないと思った。

 

月曜日が来て、子供たちと共にまた1週間が始まった。

ビクトルは、シュエが金曜日にbro-faxを受け取ったことと、返事をする期限は水曜日までになることを、弁護士に連絡した。

この時点では、まだシュエからは返事は来ていないと、弁護士は言った。

平日が始まって、子供たちがいるおかげで、私は束の間、この緊張感を忘れることができた。

でもそれは、本当に文字通り、“束の間”だった。

 

火曜日、ついに、シュエからの反撃が始まった。

シュエからビクトル宛てに、1通のメールが届いた。

 

ビクトルは、「この人って、本当にすごいよ…。」と、メールを読んで苦笑していた。

内容はこうだった。

「私は、自分で稼いだお金を、バカバカしいことには使いたくないの。

私が稼いだお金は、いつも子供たちの教育とエンターテイメントのためだけに使っているの。

私はあなたと違うのよ。わかる?

あなたはいつも、バカバカしい無駄遣いも、弁護士の高い費用も、ぜーんぶお母さんにおねだりして払ってもらってるんでしょう?

なんてまぁ幸せな人生だこと!

幸せ王国の王子様!」

 

シュエがビクトルと結婚していた頃、ビクトル家の稼業は、ママ(=義母)が亡くなったお義父さんから引き継いでいた。

その収入を、ママは、お義姉さん夫婦とビクトル夫婦にも分け与えていた。

それをシュエは、なんだかママから援助してもらっているようで、「不憫に思われていて恥ずかしい!情けない!」と嫌がっていた。

だから、日頃から「早く真っ当な仕事に就け!」とか、「早くお義母さんを引退させて、稼業を全部引き継げ!」と、ビクトルの尻を叩いた。

シュエとビクトルが別居を始めた頃、ママは稼業を事実上引退し、ビクトルにすべて引き継いだ。

でも、シュエはその時すでに離れて暮らしていたので、ビクトルが引き継いだことを今でも知らない。

そして、何かにつけては「どうせお義母さんのお金で生活してるんでしょう?」と、ビクトルを笑うのだった。

 

「僕が何にお金を使おうが、シュエにはまったく関係ないじゃないか!本当にこの女は相変わらずお金お金ってうるさいなぁ!」

はじめは余裕で苦笑していたビクトルだったが、だんだん腹が立ってきたようだった。

「しかも、エンターテイメントって何だよ!」

頭に来ていたビクトルだったが、この一言で一転、吹き出した。

「あの子たちを劇団かサーカス団にでも入れる気なんじゃない?あ、サーカスの方がいいかもね。」と私が言って、2人で大笑いしてしまった。

ピエロの格好をした肥満児のアーロンとエクトルが玉乗りしているところを、思わず想像してしまった。

“幸せ王国の王子様!”ってのも、何だよ?と、私はそこもツッコまずにはいられなかった。

 

ビクトルは、実はこの時を待っていた。

シュエは絶対に、弁護士でなくまずは自分にメールを送って来るに違いないと思っていたからだ。

そして、ビクトルの思惑通り、シュエは嫌みタラタラのメールを送ってよこした。

待ってましたとばかりに、ビクトルはシュエに早速返信した。

 

「メールをする相手が間違ってませんか?

言いたいことがあるなら、僕の弁護士にメールしてください。

bro-faxにも書いてあると思いますが、あなたが弁護士に返事しなければならない期限は5日間。

明日までだということをお忘れなく。

僕にメールする暇があるのなら、早く弁護士に返事をしてください。」

 

すると、すぐさまシュエからまた返事が来た。

返事にはこう書いてあった。

「おぉ~怖っ!!いつでもお母さんからお金をせびれるんだから、お金の心配がない人は強気ねぇ。怖い怖い!」

 

言い争いの時、いつもシュエは最後まで何かを言わないと気が済まない人だ。

だからいつも、言い争いのメールはシュエからのこれでもか!のメールが来てお開きになる。

本当は「もっと言ってやれ!」と私は思うし、たまにビクトルにもそう言うのだけど、ビクトルはいつも「僕が何を言ってもシュエは必ず何か言い返してくるから、きりがないよ。それに、そうやって言い返せば言い返すほど、シュエのゲームに乗っかってしまうんだから、無視が一番。」と言うのだった。

たしかに、そういう人には無視をするのが一番効果があって、実は賢い方法なのかもしれない。

でも、無視をするということは、「これ以上何も言えません。降参です。」と白旗を上げているようで、それをシュエには「ほれ、見たことか!私を負かすなんて億万光年早いんじゃ!」と思われているような気がして、私はいつもなんだかモヤモヤするのだった。

モヤモヤしている限りは、私はシュエには敵わないのだろうなとも思う。

そして結局、私は、ビクトルが冷静に判断できる人でよかったという思いに辿り着くのであった。

 

ビクトルは、それ以降、シュエに返事はしなかった。

ただ、「シュエから嫌みのメールが来ました。」と、弁護士にメールをすべて転送した。

 

翌水曜日。

シュエがビクトルの弁護士に返事をしなければならない期限の最終日。

弁護士から、ビクトルに電話が来た。

「シュエから返事が来たわ。」という連絡だった。

弁護士は、シュエから来た返事のメールをビクトルに転送したので、目を通してほしいと言った。

「ものすごいわよ。」と、弁護士が含み笑いで言ったらしい。

メールを開くと、本当だ。

ものすごかった。

 

シュエがビクトルの弁護士に送ったメールには、添付ファイルが付いていた。

その添付ファイルが膨大な容量の資料だった。

 

資料には、契約書更新後から現在(2015年春~2016年春)にかけての、海外出張の日程と行先、出張理由が表になっていた。

また、この1年間の海外出張の比率もパーセンテージで書かれていた。

パーセンテージは31%ちょい。

また、2012年頃から2014年までの、約3年間の海外出張の回数と比率も書かれていた。

2014年の欄には、ご丁寧に赤の太字で「妊娠のため、出張を自粛。」と書かれていた。

3年間の海外出張の比率は、30%弱だった。

 

さらに、「埋め合わせ」という見出しで、海外出張時、誰が子供たちの面倒を見ていたかも詳細に書かれていた。

例えば、去年の夏休み明けに、シュエが夫マックスと乳児フアンを連れて約2か月の、“出張”にかこつけた里帰り&旦那・子供のお披露目旅行に出かけた時、シュエは夏休み終盤の9月の1週間弱を、「埋め合わせのために、私に子供たちの面倒を見させてくれ。」と言って、子供たちを預かった。

たった1週間だけでは、その2か月間の出張どころか、その後に続いた11月の“無断”出張も加わって、まったく埋め合わせに足りていなかったので、冬休みが始まる時、ビクトルは本来のビクトルの親権日の部分の1週間弱を、シュエに託した。

シュエはこれを「ほーら見なさい。あなたたちのお父さんはね、あなたたちの面倒を見るのがこんなにも嫌なのよ~。」と子供たちに嫌みをこぼし、嫌々承諾した。

しかしこれらのことがすべて、いかにも「私の提案で!」とばかりに大仰に資料には書き込まれていた。

本来シュエが親権を持たなければならなかった日、主に土日だが、そこにはでかでかと「私の夫が子供たちの面倒を見たことで埋め合わせ成立。」と書かれていた。

 

そして、これらの大量の資料の最後のページには、

私はこれからも引き続き、契約書に書かれている内容を尊重することを誓います。

…という誓約と共に、これまたとんでもなくでかい文字で、直筆のシュエのサインが書かれていた。

 

「とりあえず、お互いにシュエのメールと資料にじっくり目を通して、それから返信の件について話し合いましょう。」と、弁護士が言い、電話は切れた。

 

 

■本記事シリーズのタイトルは、映画「裁きは終りぬ」(1950年公開、フランス)をモジることなくそのまんま使わせていただきました。
本シリーズの内容と映画は、一切関係ありません。