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梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

千里眼の予言

【前妻のこと】

宇宙人。

それは、我々人類にとってまったく未知の生物。

 

ここスペインに住む、“我らが宇宙人”もまた、それは例外ではない。

我々の言葉が通じないのはもちろんのことだが、それ以上に、時に驚くべき能力を私たちに垣間見せてくれる。

 

というわけで、皮肉たっぷりのイントロで始まりました。

今日は、ビクトルの前妻、シュエのお話。

 

中学生になった途端、俄然大人びてきた我が家の長男、アーロン。

最近は、いわゆる“大人の事情”も、少しずつ理解してくれるようになってきたのは助かるのだが、思春期特有の…とでもいうのか、反抗期も真っ盛りで、今は特に、母親に対して強い反抗心があるようだ。

(父親への反抗期は去年終わった。)

 

元々の彼の性格は、穏やかで温厚なのだが、なんせただ今絶賛反抗期中(アゲンスト母親)なもんだから、母親の理不尽な言動は、最近の彼にも我慢ならないものがあるらしい。

 

その1つが、シュエが子供たちに聞かせる悪口だ。

それは、時に度を超えて、常識をも超えて、時にサイキック極まりない。

 

例えば、去年のクリスマス発表会の時のこと。

子供たちの通う学校は、毎年冬休みに入る直前の土曜日に、「クリスマス・フェスティバル」と称して、歌とダンスの発表会がある。

学年ごとに歌とダンスを練習して、発表会間近になると、それぞれのクラスから保護者へ、衣装についての説明がある。

 

学年や出し物、担任のやる気具合によって、揃えるのが簡単な衣装だったり、母親が夜なべして作らねばならないような、オリジナルの衣装だったり、様々なのだが、今回は、アーロンのクラスもエクトルのクラスも、すべて新しく買い揃えなくてはならないような、面倒な衣装だった。

特にアーロンのクラスは、靴やら帽子やら、手袋やらステッキやら、衣装だけでなく小物も必要で、ビクトルと私、時にはアーロンも連れて、毎日のように衣装探しに奔走した。

どうしても手に入らなかった物は、やむを得ずインターネットで購入したほどだ。

 

発表会は土曜日におこなわれるので、これがバカバカしい話なのだが、平日の、衣装探しやら衣装の手直しは、ビクトルと私が苦労して、いざ、子供たちの晴れの舞台を観るのは、シュエとその夫マックスの役目。

学校から、両親宛てに無料の観覧券が配られるが、兄弟姉妹が何人通っていようとも、無料券は2枚しか配られない。

それ以上の枚数が欲しい場合は、お金を払って買わなければならない。

ビクトルはいつも「散々衣装の準備に苦労して、発表会を観れないのはバカバカしいけど、チケットを買ってまで観るのもバカバカしい。シュエに鉢合わせもしたくないし。」と言って、毎年私たちは観に行かない。

 

そういうわけで、去年のクリスマス、子供たちは、私たちが汗と苦労の末に揃えた衣装を携えてシュエの家に行き、週末の発表会に臨むわけだが、発表会の前日、アーロンはシュエに衣装を見せて、パパがいかに苦労して買い揃えたかを話したそうだ。

 

が、それを聞いたシュエの返答は、アーロンはもちろん、話を聞いた私たちも耳を疑った。

 

「ケツの重いあの人(=ビクトル)が、アンタたちのためにあちこち走り回るわけがない!この衣装は、あの人が買い揃えた物じゃないわよ。」

 

えーーーー???

じゃ誰ーーー?誰が買ったのーーー?

空からでも舞い降りてきたーー???

 

発表会が終わった週末、子供たちは衣装を我が家に持ち帰って来たのだが、アーロンはこの出来事をプリプリ怒りながら話してくれた。

話しながら渡された衣装の袋を開けると、アイロンまでかけてきれいに畳んで持たせたはずの衣装はすべて、脱ぎ捨てられたのを無理矢理袋に突っ込んだような、見るも無残な姿で返されてきた。

 

シュエの悪口は、なにもビクトルだけに対するものではない。

もちろん私のことも忘れていない。

 

「ママがね、梅子のこと“あの日本人は、スネークハートの持ち主だ”って言ってた。」

とある日の、アーロンの母親についての暴露大会が始まった時、彼がおもむろにこう言った。

 

スネークハート…ヘビのような心の持ち主…。

 

…って、どんなんじゃい!

 

それを聞いたビクトルが、「お前のママ、梅子のことなんか、2回か3回ぐらいしか見たことないし、満足に話したこともないのに、なんで梅子がどんな人か知ってんだろうなぁ。不思議だなぁ~。」と皮肉を言った。

それを聞いていたエクトルがすかさず、「ホントだ!ママ、梅子に2~3回ぐらいしか会ったことないのに!」と驚いた。

 

正しく言えば、私とシュエは、今までに実際に顔を合わせたことがあるのは、4回だ。

そのうち、1回は私のみが彼女に話しかけたが、無視された。

もう1回は、私も話し、彼女も話したが、その時彼女は激怒中だったため、これまた私の言葉を無視して、言いたいことだけをまくし立てられて終わった。

あとの2回は、裁判所で遠巻きに見たのと、日本から私の友人が遊びに来た時に、家族みんなで街を案内していたら、偶然ばったり出くわしたのと…で、合計4回。

これだけだ。

 

シュエが、私についての情報を得るとしたら、彼女が子供たちと一緒に過ごす時に、子供たちに直接聞くか、あと考えられるとしたら、アーロンのクラスメートのママ友からの情報だろう。

しかし、私は特にアーロンのクラスメートのママたちとは、まったく親しくないので、ママ友から得られる情報は子供たちからのそれよりも、遥かに乏しいと思う。

 

「ママの前で梅子の話をすると、すごく怒られるんだ。“ママの前で梅子の話は禁止!”ってママに言われてるんだ。」と、いつだったか、エクトルが教えてくれたことがあるので、子供たちから私の情報を得るのもそう簡単ではないだろう。

 

そんな状況の中で、シュエは、“あの日本人のことなら何でも知っている”とばかりに、子供たちに話して聞かせ、時にはわざわざご丁寧に、ビクトルにまでメールで聞かせてくれる。

 

もはや、彼女は千里眼の持ち主としか言いようがない。

 

私がまだビクトルと交際を始めるか始めないかぐらいの頃の話になるが、子供たちから聞いたのか何なのか、シュエがビクトルに日本人の彼女ができたという情報を得た。

 

そこで、シュエは早速ビクトルにメールを送った。

内容は、こうだ。

 

同じアジア人だから、私、日本人がどれほどあくどいかよく知ってるの。だから忠告するわね。

ビクトル、日本人女性と付き合うのは気を付けた方がいいわよ。

騙されないで。

日本人女性が欧米人に近づく目的は、ただ1つ。

それは、あなたの“種”よ。

“種”をゲットできれば、他はもう必要ない。

あっという間に捨てられるわよ。

あなたがその日本人の女に入れ込む前に、一度彼女の本性を試してみた方がいい。

どうやって本性を暴くか?

ビクトル、あなた、すぐさまパイプカットしなさい。

そしてそのことを彼女に伝えてごらん?

きっと手のひら返したように態度が変わって、あなたの前から消えるから。

それが日本人というものよ。

 

なんて透視能力だ…。

 

いや、違った、なんて忠告だ…。

日本人女性って、そうだったっけ?

私たちって、常に欧米人の種を欲しがってるっけ?

我が人種のことながら、思わずわからなくなるほど、強烈な内容だった。

 

「私は同じアジア人だから、日本人のことはよくわかる。」を枕詞に、「梅子の笑顔は、本当の笑顔じゃない。いつも作り笑顔!」というのも、結婚前からよく聞かされている、シュエの言葉だ。

 

この歳になると、私だって社交辞令で作り笑顔の1つや2つはする。

ただ、普段もよく、友人はもちろん、知り合い程度の人にだって、「あなたはいつもニコニコしてるね。」と言われるし、そもそも私の顔自体が、悲しいかな、コメディ顔だ。

子供たちの前でも、おどけていることが多いので、日頃の笑顔率はかなり高い。

 

上記でも話したが、一度、私から彼女に話しかけて、思いっきり無視された時、あの時私はたしかに笑顔で対応した。

子供たちが目の前にいたので、場を緊張させたくなかったというのもあるし、何せこの時が、私とシュエの初対面の時でもあったので、社交辞令的にも、個人的な性格上からも、顔は自然に笑顔になる。

しかしあの時は、実は私も心臓バクバクの思いだったので、たしかに、おそらく私の笑顔はそれこそ作り笑顔、かなり引きつっていたことだろう。

 

あの時の私の笑顔が、シュエの頭には今でもこびり付いているのかはわからないけれど、とにかく、私絡みの話になると、シュエは事あるごとに「あれは作り笑顔。同じアジア人だから、日本人のことはよくわかる。」を繰り返す。

 

しかし、なぜにそこまで日本人の笑顔、私の笑顔にこだわるのか。

作り笑顔だったら何だというのだ。

作っていようがいまいが、常にぶすくれてるよりは、全然マシだと思うのだけど…。

 

さすが未知の生物。

その独自の透視能力が、当たっているかハズレているかは別として、その生態は大変興味深い。

そして、今何気に気づいたが、彼女の影でこうして毒を吐いているあたり、彼女の透視のとおり、私はヘビのような心の持ち主なのかもしれない。

おぉー!やっぱり彼女はすごい。

 

 

■本記事のタイトルは、映画「千里眼」(2000年公開、日本)と「予言」(2004年公開、日本)をくっつけてモジって使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。