梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

エステバン ベネチアへ行く 1

前回の日記「罪に立たされる女 (後編)2」で登場した、エステバンについて、今日は書こうと思う。

 

エステバンは、私の夫ビクトルの甥っ子だ。

ビクトルの姉にあたる、エステバンの母親は、10年ほど前にこの世を去っている。

 

エステバンは、現在27歳で、大学院生とでも言うのだろうか、スペインの高校・大学のシステムはいまいちよくわからないのだが、とにかく、今も大学に通い、哲学を学んでいる。

彼自身学生でもあるが、懇意にしている教授の口添えで、大学内の仕事を得、時折教員として教鞭も取っているそうだ。

 

大学へは、Beca(ベカ)という奨学金で通っている。

(スペインの奨学金は、卒業後、返済しなくていいらしい。)

彼は、複数奨学金を取得している。

 

エステバンは幼い頃から勉強ができたようで、今、我が家の子供たちが通っている小・中学校は、彼の母校でもあるのだが、エステバンのことを覚えている教師たちが、時々アーロンやエクトルに「君のいとこのエステバンは、とても成績が良かった。彼は元気にしてる?」と聞くそうだ。

 

いつの頃からか、エステバンも映画に興味を持つようになり(「これはきっと僕の影響だね」と、よくビクトルが言う)、友人達と何本もアマチュア映画を撮っているし、昨年までは大学の他に、映画製作に関する学校にも通っていたほどだ。

映画館にも足しげく通い、映画への情熱は、今やビクトル以上かもしれない。

 

彼はまた、El Tuna(エル トゥナ)という、大学の学生同士で結成する、スペイン民謡を演奏するグループにも参加している。

El Tunaとは、独特の揃いの衣装に身を包み、楽器を持って定期的に集まっては、夜のレストラン街やバル街を回って演奏をする。

演奏して客たちからチップをもらい、そのお金を学費の足しにするという目的で始まったこれらの演奏集団は、もう何百年も前からスペイン全土の大学生の間で広まっている、いわばスペインの伝統の1つで、中にはすでに社会人となった40代や50代の“元大学生”が参加しているグループもあるらしい。

 

数年前から、エステバンには彼女もいる。

ラウラという、3つほど年下の美人な彼女だ。

スタイルがよく、エステバンよりも背が高い。

 

エステバンとラウラのデートは、もっぱら映画館だ。

我ら夫婦のデートも、たいてい映画館だが、映画を観るのは嫌いじゃないけど、そう毎回だとつい文句も言いたくなる。

「そんなに毎回映画館に連れて行って、ラウラは文句言わないの?」と聞くと、エステバンはいつも飄々と「全然言わないよ。彼女は僕と一緒にいれるだけで満足みたい。」と言ってのける。

彼らはまた、オペラやお芝居を観るのも好きで、「この街ではいいものが観れない」と、わざわざマドリードまで出かけるほどだ。

 

それに、なんとまぁラッキーボーイなエステバン。

ラウラの両親はお金持ちらしく、2人が遠出するとなると、ラウラのご両親がいつも援助してくれるそうで、そのおかげでちょくちょく海外旅行にも出かける。

去年の夏は、2人で1ヶ月近く中国を旅してきた。

 

こんなふうに、傍目からは、私の目から見ても時々、義理の甥っ子は青春を謳歌し、人生をとことん楽しんでいるように見える。

 

彼の辛い過去を知らなければ、きっと誰もがそう見えるだろう。

 

でもそうじゃない。

エステバンには、暗くて重い、忘れてしまいたい出来事がある。

 

それは、彼の母親のことだった。