梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

夫ビクトルと私は、夜21時を過ぎると、書斎でお互いのPCでそれぞれYoutubeを見たり、友達にメールを書いたり、私は時々このブログを書いたりと、そうやって夜を過ごすのが常だった。

たまに言葉を交わすが、そんな時は必ずどちらか話を聞く方が、見ていたYoutubeやら没頭していた作業を中断しなければならないので、お互いイヤイヤ返事をするか生返事になる。

だからビクトルはたまに、振り返れば1mも離れていない私にメールを送ってくることがあった。

ビクトルはきっと、私にイヤイヤ返事をされるのが怖かったんだと思う。

つまらない用事で梅子の邪魔をしたくないと、彼なりに考えていたんだと思う。

 

こんなことになるとは想像もしていなかったんだから、しょうがない。

だけど、こんなことになった後だからこそ、なんで私はもう少し優しく返事ができなかったのだろうと、こんな小さな夫婦の日常のひとコマすらも、心の底から後悔している。

 

私たちがこんなふうに夜を過ごしていた頃の、ビクトルからの最後のメールは、「これが公開されたら映画館に観に行こう!」と一言。

そして、映画予告のYoutubeリンクが貼られたものだった。

 

その映画というのが、今回のタイトルである、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」だった。

 

そういえば、このメールをもらう少し前に、ビクトルと私は映画館で「ガンパウダー・ミルクシェイク」を観た。

その時のミシェル・ヨーのアクションに驚いた私を見て、「彼女はそもそもアクション俳優なんだ。ボンドガールもやったんだよ。」と、ミシェル・ヨーがいかにすごい女優なのかを、ビクトルは嬉々として教えてくれた。

 

この時の興奮が冷めやらぬ頃に、ビクトルは彼女主演の映画が近々公開されることを知った。

私にメールをくれる1ヵ月か2ヵ月ぐらい前から、実はビクトルは何度か私に「この映画を絶対に観に行く!」と言っていたのだった。

だけど、その願いは叶わぬまま、ビクトルは逝ってしまった。

 

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」がスペインで劇場公開されたのは、昨年5月。

その頃の私は、状況的にも精神的にも映画どころの騒ぎではなかった。

むしろ、もう二度と映画館には行きたくない、ビクトルを思い出すから映画なんか一生見れないと思っていたぐらいだ。

ビクトルや子供たちとよく行っていたこの街の映画館には、未だに足が向かない。

でも、年末日本に帰った時は、自分でもよくわからないけど、日本橋の映画館には“行かなくちゃ!”ぐらいに思っていて、そこで1人で映画も観た。

仕事の一環で行かなければならないというのもあったが、でもそれは行けと言われたからではなく、そもそも自分から「ちょうど日本に行くので映画館にも行ってきます!」と言い出したことだった。

 

話を戻して、年が明けて、日本からスペインへ帰る飛行機の中で、私は偶然にも(奇跡的にも…と言うべきか)この映画を見つけた。

正直、その時までビクトルからの最後のメールのことも、この映画のタイトルも、なんならミシェル・ヨーという女優の名前すらも忘れていた。

飛行機の中で配信されている映画やドラマを、一通り見たいものを見てしまって、でもそれでもまだ退屈で、じゃあ次何を見ようか…と、ボーっと画面をスクロールしていた時に、ふと目に留まったのが、この長いタイトルだった。

短い解説を読んで、そこではじめて「これ…、ビクトルが観たいって言ってたやつだ!」と気がついた。

思わず涙が出た。

ぜひビクトルに見せたい!

そう思って私はこの映画を、映画館のスクリーンとは比べ物にならないほど小さな小さな飛行機の座席の画面で見た。

 

日本ではまだ公開前だから詳しい内容は伏せるが、この映画ではいくつもの並行世界が出てくる。

 

並行世界、=パラレルワールド

 

ビクトルと私は、そこそこのオカルト好きで、バルでカフェコンレチェをすすりながら、2人で時々パラレルワールドについて話したりもした。

「別の時空では、僕たちは今何をしてるんだろう。」なんて話すこともあれば、「僕が前妻と結婚して、2人の子供を持って別居して…、離婚するという選択をしなければ、梅子に出会うことはなかった。そういう人生を歩まなかったら、今こうして梅子と一緒にいることができなかったと思うと、本当に不思議だよね。」なんて話すこともあった。

 

パラレルワールドをテーマに、甥っ子のエステバンや俳優をしている友人を誘って、ビクトルがショートムービーを作ったこともあった。

そのショートムービーは、実は日本のとある映画祭に応募して、その映画祭が一時期Youtubeに公開していたこともあった。

残念ながら何の賞にも引っかからず、映画祭の上映リストにも載らなくて、ビクトルは落ち込んでたけど。

 

ビクトルがいなくなってしまってから、私は時々、ビクトルは別の時空ではまだ元気に生きてるんだろうかと考えることがある。

別の時空では、ビクトルの傍に私がいるかどうかはわからない。

ビクトルは、世界を股にかける有名な映画監督になっているかもしれないし、村上春樹J・K・ローリングに肩を並べるぐらいの有名な小説家になっているかもしれない。

それでも、たとえこの時空ではいなくなってしまっても、せめて別の時空ではビクトルが元気でいてくれればいいなと思う。

別の世界で、ビクトルが映画を撮ったり小説を書いたりして、人生を謳歌してくれてたらいいなと、心から思う。

 

私は一体どこで、どのタイミングで、ビクトルを失ってしまう時空に迷い込んだのだろう。

戻れることなら、その瞬間に戻りたい。

 

 

■本記事のタイトルは、映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(2023年3月日本公開、アメリカ)をモジることなくそのまんま使わせていただきました。

記事の内容と映画は、一切関係ありません。


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