再会の食卓
1月6日のReyes Magosの祝日を以って、今年も長いクリスマスが終わった。
前記事「新年は最高のはじまり」でお伝えしていたとおり、1月6日は、今や母親シュエの家で暮らす長男アーロンが我が家へ来て、Reyes Magosのお祝いをすることになっていた。
前日の5日の夜、ビクトルの甥っ子エステバンから1本の電話があった。
エステバンが1月6日に我が家を訪れ、新年の挨拶と子供たちへクリスマスのお祝いの挨拶、そして彼を交えてのプレゼント交換をするのも、毎年の恒例だ。
だが、電話でエステバンは「アーロンが来るのなら、申し訳ないけど、僕はアイツが帰った後か後日、エクトルだけに会いに行くことにするよ。」と言った。
あの、昨夏のアーロンの受験の時に仲がこじれて以降(※詳しくは過去記事「誰が為に未来はある 12」をご参照ください。)、やり取りは完全になくなったきりそのままなのだと言う。
「まだ許せないとか、そういうんじゃないんだ。だけど、未だにアイツからは何の謝罪もないし、僕はブロックされたままみたいだし、そんな子供染みたヤツに、いつまでもプレゼントをあげる義理ってあるのかな?とか考えちゃってさ。」と、エステバンは言った。
「あの件に関しては、お前にはすまないと今でも思ってるよ、本当に悪かったな。うんうん、お前の気持ちはじゅうぶん理解できるから気にするな。明日、アーロンが帰ったら電話するよ。そしたら家においで。エクトルも梅子もお前に会えるのを楽しみにしてるから。」と言って、ビクトルはエステバンとの電話を終えた。
電話を終え、「どうしようか。エステバンが来ないことを子供たちには何と言えばいいかな。」とビクトルが言うので、私はうーんと少し考えてから、「とりあえずは、エクトルにアーロンとエステバンの喧嘩のことを知ってるか聞いてみて、知らなかったら正直にあの日の出来事を話してみたら?エクトルにだけでも“そういうわけでエステバンはアーロンが帰ったら来るって。”って事情を話した方がいいんじゃないかな。」と答えた。
「そうだな。エクトルには本当のことを話しておこう。」
ビクトルはそう言って、エクトルの部屋へ行った。
エクトルは、2人が喧嘩したことを知っていた。
だいぶ前にアーロンから聞かされていたらしい。
それなら話は早いと、ビクトルは早速翌日のエステバン訪問の計画を話し、了解と協力を得た。
しかしその直後、エクトルが突然「あー!!!しまった!!!」と声を上げた。
ビクトルも私もギョッとした。
「エステバンへのプレゼント、今年こそは準備しようと思ってたのに、買うの忘れた!」とエクトルが言った。
「あーーーーー!!!パパもだった!!!」と、ビクトルも叫んだ。
「あーーーーー!!!私もだった!!!」と、私も叫んだ。
3人でパニックになった。
あれだけ今年は順調に準備していたクリスマスだったのに、最後の最後で、総出のポカをやらかした。
「あ!いくつか開封してない映画のDVDがあるから、それをあげようっと!」と、ビクトルが1抜けた。
「パパずるーい!僕、何にもないよ!明日、デパートって開く?」と、エクトルが自室に走り、ネットでデパートの開店時間をチェックし始めた。
「ダメだー。どこも開いてなーい!」と、すぐさま絶望の叫びが聞こえる。
「お前はまだ子供なんだから、気にするな。エステバンもわかってくれるさ。」とビクトルがなだめるも、「えぇー。僕だって今年からは従弟としてちゃんと対等な立場であげたかったんだ。もう子供じゃない!」とエクトルが少しムキになった。
「じゃあ、お前のプレゼントは後日必ず用意することにして、もう1度来てほしいって言うしかないな。」
…等々、2人のやり取りを背後に聞きながら、私も1人、どうしようかあれこれ考えた。
エステバンは、恋人のラウラと一緒に住んでいるから、どうせなら2人が楽しめるものがいい。
でももう買い物には行けない。
明日も行けない。
となると、家にある物で…、うーん…。
脳みそを絞りに絞って、あ!とひらめいた。
「そうだ!お菓子作ろう!」
早速、戸棚と冷蔵庫を開けて食材のチェック。
一瞬、シュークリーム?と考えたが、すぐさま脳内却下。
もう夜も遅いし面倒くさい。笑。
小1時間ほどで簡単に作れて、できるだけ日持ちのするもの…と考えに考え、砕いたクルミとチョコレートのパウンドケーキを焼くことにした。
心の中でエクトルに謝りつつ、私も無事2抜けた。笑。
本当はお風呂に入ってゆっくり寝ようと思っていたのに、そんなこんなで夜な夜なお菓子作りを始め、バタバタのうちに夜は更けていくのだった。
さて、翌日。
「明日はアーロンが来るから、寝坊しないで早起きしよう!」と、あれだけビクトルが言っていたにもかかわらず、私もエクトルも、そして言い出しっぺのビクトルさえもが盛大に朝寝坊して、引き続きバタバタで1日が始まった。
皆が起きて間もなく、アーロンがやって来た。
アーロンは、髪は短髪でこざっぱりしていて、まるで力士のような大きなお腹も健在だった。
激ヤセも、これ以上の激太りもしていないということは、そこそこ元気にやっているのだろう。
少し安心した。
この日は、家から歩いて10分ほどの、中国人経営のバルでお昼ご飯を食べることにしていた。
アーロンに、何か久々に私の手料理でも…と考えていたのだが、ビクトルが「無理しなくていい。」と、このバルの予約を取ってくれたのだった。
中国人経営と言っても、このバルでは例えばタパスやパエリアなど、スペインの代表的な料理を出すお店で、1月6日用の特別ランチメニューも用意されているらしかった。
しばし我が家でアーロンを交えて談笑した後、「さあ、行こうか。」と、早速出かけることにした。
家族4人でご飯を食べに行ったのは、いつ振りだろう。
たしか、最後は昨年の7月30日だった気がする。
翌日31日には子供たちが母親の家に行ってしまうからと、ショッピングモールへ夕飯を食べに行ったのだ。
あの時はまだアーロンがビクトルと口を利かないでいたまんまで、私としては内心、これが家族4人最後の夏の思い出になるのに…と少し悲しかったのだが、でも、この外食をきっかけに、アーロンの閉ざされた心が少しだけ溶けたのだった。
そして翌日、彼らが母親の家に行く直前に、ビクトルはアーロンと話をすることができたんだっけ。
子供たちが小さかった頃がまるで昨日一昨日の出来事であったかのように、月日の流れは早いと感じていたのに、7月の終わりのあの外食は、なぜかものすごく昔のように感じられた。
1月6日のこの日は、風もなく、空はどこまでも澄み渡る青空で、小春日和の気持ちの良い日だった。
バルへ向かっている最中、アーロンはビクトルとずっとお喋りを楽しんでいた。
あぶれたエクトルが、ビクトルたちの後ろを歩く私の隣りにやって来て、「まだパパに言ってないんだけど。」と、小声で話し始めた。
「アーロンがね、今日は夜まで滞在したいんだって。それから僕と一緒にママの家に行こうって言ってきたんだ。でもそうするとエステバンが来れなくなっちゃうよね。どうしよう。」
エクトルの学校は、翌週月曜から学校が始まるので、翌日7日の金曜と8、9の土日も休みだ。
前日の夜に、エクトルが「金曜か土曜、もしかしたら6日の木曜の夜にママの家に行こうと思ってる。」と、結局いつよ?とツッコみたくなるようなことをビクトルに話していたのを、私も聞いていた。
そうか、結局エクトルは今日のうちにシュエの家に行くことにしたのか…と考えつつ、「ちなみに今日の何時頃出発する予定なの?」と聞いてみた。
「夜の9時頃かなぁ。」とエクトルが言った。
「9時かぁ。それじゃエステバンに来てもらうとしてもちょっと遅い時間だねぇ。せっかくアーロンが来てくれてるのに“早く帰れ”とは言えないし、エステバンには別の日に来てもらうことにしようか。そしたら、エクトルも私もプレゼント買える猶予ができるしね。」
「梅子は昨日の夜ケーキ焼いたじゃん!あのケーキはどうなっちゃうの?」
おいおい…、ケーキの心配か。笑。
アハハと笑いながら、「ケーキは緊急事態だったから焼いただけ。あれはみんなで食べちゃおう。私だって本当はちゃんとしたプレゼントを買いたかったしさ。」と言うと、エクトルは「やった!」と言った。
食べたかったんかい!笑。
「じゃあさ、今日の午後、家に帰ったら僕がどうにかして一時的にアーロンをパパから引き離すから、その時に梅子からパパにこのことを話してくれない?そしてエステバンに電話かメッセージ送るかして、今日は来ない方がいいって言ってもらうようにしよう。」
私は「OK。じゃ、午後に作戦決行ね。」と言い、私たちの秘密の会話は終わった。
…と思いきや、エクトルの秘密の会話はまだ終わっていなかった。
「はぁ~。今週末は、ママの家に行ったら僕、大忙しなんだよね。宿題全部終わらせないと。」
はぁー???
アンタ、宿題あったの???
1日に我が家に帰って来てから、毎日ゲームとパソコン三昧だったから、てっきり宿題はないかもう終わってると思ってたのに!
エクトル曰く、残っている宿題は科学の実験が1つと、まだ手付かずの宿題が3つもあると言う。
「パパが知ったら、それきっと死刑だよ。」と私が言うと、エクトルはヘヘヘと笑った。
やれやれ…。
そんな話をしながら、私たちはバルに着いた。
外のテラス席に座り、ビクトルが奮発して特別メニューをオーダーすることにした。
シェアで食べる前菜はサラダを含む4品、そしてメインディッシュは4つか5つのメニューから、各自1品ずつ選べるようになっていた。
私たちは皆、お肉料理を選んだ。
最後は大皿に盛ったデザートと、「これはサービスです。」と言って、ウェイターがロスコン・デ・レジェスを運んできた。
ロスコン・デ・レジェスとは、この1月6日の日に食べる大きなパン菓子で、大きなドーナツ型のブリオッシュパンに、生クリームやチョコクリームが挟んである。
さらに私たち大人が食後のカフェコンレチェを飲んでいると、再びウェイターがやって来て、「今日はお祝いですから。」と、カヴァとシャンパングラスを持って来た。
アーロンはもう成人なので、「飲むか?」とビクトルが聞いたのだが、アーロンは速攻で「いらない。」と答えた。
まだお酒にもタバコにも全然興味がないらしい。
それとは裏腹に、エクトルがなんだか興味津々の顔だったので、「今日は特別だからね。ちょっと飲んでみる?」と、私のカヴァを少し飲ませてあげた。
どこで覚えたのか、エクトルは一丁前に小指を立てて小慣れた様子でシャンパングラスを持つと、恐る恐る顔に近づけ、チビっとひとくち口に付けるや否や、「うえぇー!喉が焼けるー!」と思いっきり顔をしかめ、大急ぎで自分のコカ・コーラを一気飲みした。
それを見て、「まだまだお子ちゃまだな。」とビクトルが言い、アーロンも私も大笑いした。
食事の間中、専らの話題はアーロンの恋バナだった。
アーロンが、クラスの女子に恋をしていることは、実は前からエクトルに聞いていた。
なんでも、母親シュエの家では毎日のようにアーロンがシュエやエクトルに相談していたらしい。
ところが、話を聞けば聞くほど、意中の女の子についてのアーロンの分析は、だいぶ勘違い妄想に走っており、また、それに対してアーロンがしようとしていることは、相変わらずなんじゃそりゃ?な上から目線&斜め上を行く発想で、シュエやエクトルが「いや、だからそうじゃなくて、素直にこうしてみなよ。」といくらアドバイスしても、デモデモダッテで進まないらしい。
業を煮やしたシュエは、以降、アーロンがこの話を始めると、「はいはい。その話、ママはパス!」と言って、席を立ってしまうのだそうだ。
ビクトルと私にとっては、アーロンから直接この話を聞くのは初めてだし(もちろん、エクトルから前もって聞いていることは内緒だ。)、新鮮な気持ちで話を聞き、アドバイスすることができる。
またこの話…と呆れ始めるエクトルをよそに、ビクトルは、うんうんと真面目にアーロンの話を聞き、結局ビクトルのアドバイスも、シュエやエクトルが散々言い聞かせた内容とまるで同じだった。
その女の子はものすごく、いや尋常じゃなく内向的で、アーロンに対しては9割方ツンなツンデレの様子だった。
私は、あぁその子はきっと愛や優しさを欲しがる子かもしれないな…と思った。
アーロンも、どちらかと言えば、愛を差し出すよりも常に欲しがる受け身のタイプ。
そんなアーロンがその子を射止めるのは大変かもしれないし、幸運にも射止めたとしても、その先も大変だろうなと思った。
「私が思うに、例えばアンタが100の優しさや愛情をかけてあげたとして、やっと1の愛情を返してくれたら御の字ぐらいに思わないとだね。それがずっと続くと思う。それでもかまわないなら、頑張って愛をあげ続けなさい。常に声を掛け続けて、その子から愛が欲しいと思っちゃダメよ。」
私がそう言うと、アーロンは照れ笑いのような笑みを浮かべながら、「う~ん。そっかぁ。」とだけ言った。
果たして私のアドバイスは、通じただろうか。
いや通じてないだろうな。
食事を終えて、私たちは再び家路についた。
家に着いてから、プレゼント交換をした。
アーロンは、ビクトルには日本のアニメ映画のDVDを、私には化粧ポーチをプレゼントしてくれた。
エクトルもしっかりプレゼントを用意してくれていて(なんせ数日前に皆でプレゼントを買いに行ったからね。)、ビクトルには2冊の本を、私にはモコモコの膝掛けをくれた。
プレゼントを交換した時、アーロンが「梅子、ハグしよう。」と言って、ハグをしてくれた。
夏まで一緒に暮らしていた頃から体型はほとんど変わっていないけれど、久しぶりにアーロンとハグをして「大きくなったねぇ。」と、つい意味のわからないことを言い、そして思わずジンときてしまった。
その後、私を除く男衆3人はそれぞれに少しシエスタを取り、日が暮れて、アーロンはビクトルと一緒に、プレゼントのアニメ映画のDVDを見ていた。
その間、私とエクトルは各々パソコンで動画を見たりなどしていたが、アーロンがビクトルを独占する時は、その間私がエクトルと一緒に過ごす…ということが、そういえば昔もよくあったなぁと、私は1人、まるで昨日一昨日の出来事のような遠い昔の思い出に浸るのであった。
9時になった。
アーロンとエクトルが、母親シュエの家に行く準備を始め、ビクトルと私も階下まで見送ることにした。
アーロンは、今日1日ずっと笑顔だった。
ビクトルも私も笑顔だった。
私たち3人が、お互い穏やかな笑顔でずっといられたなんて、本当にいつ振りだろう。
別れ際、私は「アーロン、ハグしよう!」と言って、アーロンを引き寄せた。
「またいつでも来なさいよ。」
それだけ言うと、もうなんだか泣きそうになってしまって、あとはアーロンを力いっぱい抱きしめた。
「ついでにエクトルもおいで。」と、またしても訳のわからないことを言い、今度はエクトルをギューッと抱きしめた。
すぐ3、4日後には、エクトルはまた家に帰って来るというのに。
でもエクトルは嫌がらなかった。
少し照れくさそうな笑顔で、それでも両手を広げて私を受け入れてくれたのが嬉しかった。
「気を付けて行きなさいよ。」
そう言って、私たちは2人を見送った。
アーロンもエクトルも、何度も振り返って手を振ってくれた。
「今年のクリスマスは、本当に、過去最高のクリスマスだったな。」と、ビクトルが子供たちの背中を見送りながら、そう言った。
■本記事のタイトルは、映画「再会の食卓」(2011年公開、中国)をモジることなくそのまんま使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。