梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

誰が為に未来はある 7

前回までのお話 6は、コチラ

 

大学受験から10日ほどたって、ようやくアーロンの最終獲得点数が判明。

結果は惨憺たるもので、いずれの志望学科の基準値にも到達していなかった。

厳密に言うと、基準値には達していないが、自動的に待機リスト入りするため、定員割れ等で運が良ければ、まだ僅かな、本当に僅かな望みはある。

 

しかし、そんなものを当てにしている場合ではない。

もうこの頃には、すでに1カ月も切っていた本命の専門学校の入試に全力を込めるしかなかった。

そのためには、まずはとにかく、すでに中毒状態とも言えるオンラインゲームをひとまず中断させて、今度こそ受験勉強に集中してほしい。

アーロンを戒めるつもりで、ビクトルが「オンラインゲームは忘れろ」と書いて送ったメッセージが、アーロンの怒りに火をつけた。

 

「専門学校の入試まで帰らない。ママの家にいる。」

「これは僕の未来なのだから、パパが口出しする権利もなければ、介入する権利もない。」

 

3年前に始まったアーロンの壮絶なレボリューション(反抗期)のデジャビュだな…と思った。

あの時のきっかけは、スマホだった。

今回はオンラインゲーム。

スマホもオンラインゲームをするためのノートパソコンも、最初にアーロンに買い与えたのは、ビクトルではなくシュエだ。

今時のティーンエージャーにはどちらも必須アイテムだから、子供たちの中の社会でウチの子たちが取り残されないために、それだけを願って、きっとシュエはいつもこういった最新機器を、アーロンとエクトルにいとも簡単に与えてしまう。

そして、いつもシュエがしてくれないことは、それらを手に入れた後に起こる、未成年者ならではの問題や危険性を、しっかり子供たちに教え込まないことだった。

子供には、ましてやアーロンには特に、自身を抑制する能力は乏しい。

(大人だって難しい時代だ。)

だからこそ、親が少しでもその術を子供に教えなければならないと、私は思っている。

アーロンがこうなってしまったのは、彼の弱い心も問題だけれども、諸悪の根源はまたしてもシュエか…と、私はため息をつかずにはいられなかった。

 

後にビクトルは、この日メッセージアプリでアーロンとやり取りしたことを、こう話している。

「家に帰って来ないとか、未来に口出しするなとか、生意気な発言はたくさんあったけど、これに対して特段腹が立ったというわけではないんだ。ゲームをやめろと言った途端にあいつの態度が豹変しただろう?あぁ、こいつはあれから3年たっても結局何も変わらず、成長もしてなかったと、それを突き付けられたのがショックだった。悲しかった。」

 

アーロンとビクトルが、メッセージアプリで激戦を繰り広げてから間もなく、今度はシュエからビクトル宛てにメールが届いた。

ボスキャラの登場だ笑。

 

メールの中身はこうだった。

「今日、アーロンから大学受験の結果を聞きました。アーロンは“受験を甘く見ていた。大学には行けない。”と、泣きながら話してくれました。私が“世の中はそういうふうに成り立っている。努力すればその分結果が返ってくるけれど、努力しなければ、当然結果は返ってこないのよ。”と言うと、アーロンは涙をボロボロこぼして大泣きしました。それから、“自分は完全にオンラインゲーム中毒で、抜け出すことができない”と、正直に話してくれました。」

 

ビクトルは「ふんっ。僕には偉そうなこと言っといて、マミーの前では大泣きかよ。」と吐き捨てた。

シュエのメールは続く。

「あなたの家ではまだエアコンを使っていないそうね。扇風機もまだ出してもらえないから、あなたの家は暑すぎて勉強に集中できないんですって。ウチには…」

と、ここからしばらくシュエ家のエアコンの数と扇風機の数がどうのこうのと自慢が始まる。

 

「エクトルにも“パパの家はそんなに暑いの?”と聞いてみたら、“暑い。でも僕はまだ我慢できる。”と教えてくれました。」

この文章を読んだ時、私は瞬時に、過去のとある出来事を思い出してイラっとした。

 

アーロンが絶賛超絶レボリューションだった頃、アーロンは突然「ダイエットしたいからご飯は作らなくていい。」と言いだし、私が作る食事を一切拒否していた時期があった。

心配だった私は、時々食事を作って彼が後で食べられるようにとテーブルに用意しておいたりもしたのだが、それには一切口をつけてくれなかった。

彼用に用意した食事は食べないのに、私がいない時を見計らって、アーロンは炊飯器の中のご飯を食べ散らかしたり、ビクトルの夜のおつまみ用に残しておいた料理が冷蔵庫からなくなっていたりすることが頻発しだした。

想定はしていたが、アーロンはこのことについて、「梅子は僕にだけ食事を作ってくれない。」とシュエに話していた。

これを聞いたシュエが、「お前のところの嫁は、私の息子になんて虐待をしてくれてるんだ!」と、大激怒で我が家に電話をかけてきた。

しかも、当時シュエは中国に出張していて、わざわざ中国から電話をかけてきたのである。

この地獄の電話を応対していたビクトルが「パパの話は信じられないって言うから、エクトル、ママに真相を話してくれ。」と、傍にいたエクトルを呼んだ。

その時、すかさずシュエは叫んだ。

「エクトルを使うな!子供に証言させるな!エクトルは何も話さなくていい!」と。

人には「エクトルを使うな!」と怒鳴っておいて、自分はいけしゃあしゃあとエクトルを証人に使うのかと、もう、言葉にならなかった。

 

シュエのメールはさらに続いた。

「あなたの家で冷房が使えないのなら、入試までとはいかないけれど、今月いっぱいぐらいならアーロンとエクトルを我が家で預かることは問題ありません。」

 

「それから…、何度もしつこいようだけど、でも、私が子供たちを預かっている間に、あなたはアーロンのためにカウンセリングを受けることをお勧めするわ。」

 

出た…。

また始まった。

これもまた、アーロンの超絶レボリューションの時から始まった、シュエのお決まりの文句である。

当時、ビクトルは中学校へ足を運び、担任の先生とアーロンのレボリューションについて、何度も相談も重ねていた。

担任の先生は、アーロンの家庭事情もよくわかっていたので、シュエとも個人的に話をしたく、何度かシュエにも連絡を試みたのだが、「それは私の問題ではなくて、息子と父親の問題!」と言うばかりで、シュエは1度たりとも中学校を訪れることはなかった。

最終的に担任の先生は、「カウンセリングを受けるべきは、アーロンと母親です。」とまで言い切り、まずアーロンに学校内のカウンセリングを受けさせることにした。

アーロンから、学校のカウンセリングを受けていると聞いたシュエは、すぐさま自身のプライベート保険にアーロンを加入させ、その保険のサービスで付いてくる無料カウンセリングに、アーロンを通わせ始めた。

たしか、最初の20回ほどが無料なのだが、サービスなのでカウンセリング時間はたった20分と短く、無料期間が終われば有料でもう少し長い時間カウンセリングを受けられるというものだった。

しかし、結局アーロンはその無料の20回を消化することはなく、最初の数回行くきりでやめてしまった。

しかし、シュエにとっては「私は息子のために動いた!何もしない父親とは大違い!」というところをアーロンとビクトルに見せつけるのが真の目的だ。

アーロンのカウンセリング通いが尻つぼみに終わったことはどうでもよくなり、今度は「アーロンには何も問題はない!心に問題があるのはビクトル!」と言い始めた。

それからだ。

事あるごとに、シュエがビクトルに「カウンセリングを受けて」と言うようになったのは。

 

それまで鼻で笑いながらシュエのメールを読んでいたビクトルだったが、この最後のカウンセリングの話を読んで目つきが変わった。

ビクトルは早速、反撃メールを書き始めた。

 

―――――

まずは、アーロンの受験結果が予想通りの結果であったこと。

君の家ではどうしていたのかは知らない。

でも、僕の家では、この1カ月、いや数カ月、1年間、なんなら高校に入学した2年前からずっと、エステバンの多大な協力も得ながら、どれだけアーロンをサポートし、アドバイスし、忠告、警告してきたかわからない。

それでもあいつは、最終的にはオンラインゲームにハマって、警告を聞くどころか逆ギレする有り様だ。

君からメールが来る前に、僕はアーロンとメッセージアプリで話をしていた。

「専門学校の入試まで、オンラインゲームのことは忘れろ」と言った途端だよ、あいつが僕の家には帰らないと言い出したのは。

(ビクトルは私に先ほどのアーロンとの会話のスクショをくれと言った。そしてそのスクショをシュエへのメールに添付した。)

 

次に、僕の家について。

スクショを見てわかるように、あいつは僕には「絵を描くのに最適な環境ではない。」とは言っていたけど、エアコンや扇風機の話は1つも出てこなかった。

僕は「心配しなくていい。少しでも集中できるように、専門学校の入試までリビングルームとそこのテーブルを提供する。」と約束した。

それなのに、今度は君に冷房がどうのこうのと話してるのか?

君もあいつも、さっきから「今月いっぱい預かる」だの「入試まで帰らない」だの好き勝手なこと言ってるが、あいつはまだ未成年で、僕らには養育権の契約があることを完全に無視してるのは、どう見ても君とアーロンの方だよな?

さっきあいつが僕に何て言ったか、スクショを見てみろよ。

養育権の契約をいつも無視して好き放題やってるのは、君でもあいつでもなくて、いつも僕だと言いやがった。

挙句の果てには、「契約契約しつこい」とまで言われたよ。

君とアーロンと話をすると、いつもこうやって矛盾したことを言われる僕の気持にもなってほしい。

 

最後に。

カウンセリングを受けるべきは、僕じゃない、君だ!

どうせいつものように、このメールを読んだら狂ったようにヒステリー起こして、会話になっていない返事を僕に返してよこすんだろ?

自分がどれだけ感情をコントロールできない人間なのか、それがどれだけ子供たちや君の周りの人間に迷惑をかけているのか、いい加減認めて一刻も早く病院に行ってくれ。

―――――

 

一気にここまで書き上げると、ビクトルは勢いよくEnterキーをポーンと押して、メールを送信した。

そして「ふぅ。」と一息つくと、「おそらく彼女はもう僕に返信してこないよ。今回のメール、僕は結構キツい言葉を使ったからね。きっと今頃、彼女はショックを受けていると思う。僕は今までどんなに彼女とメールで言い争いしても、ここまでストレートにキツい言葉を使ったことはなかったから。」

 

ビクトルの言ったことは本当だった。

その後、何日たっても、シュエから返事が来ることはなかった。

 

それからの私たちの話題の中心は、果たしてアーロンは日曜の夜にエクトルと一緒に我が家に帰って来るか否か…になった。

メッセージアプリであれだけビクトルに啖呵を切ったのだから、ノコノコ帰って来れないだろうと私は踏んだ。

ビクトルは、「きっと今頃、シュエとアーロンは大喧嘩してるんじゃないかな。おそらく…だけど、おそらくアーロンは帰って来る。」と言った。

帰らせたいシュエと、帰りたくないアーロンの、2人の壮絶な言い争いを想像して、私はブルっと身震いがした。

 

果たして2日後の日曜の夜。

アーロンはエクトルと共に、我が家へ帰って来た。

いつも持ち帰って来るはずのノートパソコン用の大きなリュックではなく、別の少し小さめのリュックを背負っていた。

そのリュックは、傍目に見てもノートパソコンが入っていないことがわかるほど、ぺしゃんこだった。

 

翌週の、6月最後の週末が終わっても、アーロンはやっぱりノートパソコンなしでシュエの家から我が家へ帰って来た。

本人は決して言うことはなかったが、それはどう見ても、あの日のビクトルのメールを読んだシュエがアーロンに激怒して、ノートパソコンを没収したであろうことが明らかだった。

 

母親の言うことは聞くんかい…。

私は何か別の、新たな情けなさみたいなものを、アーロンにも私自身にも思うのであった。

 

 

■本記事シリーズのタイトルは、映画「誰が為に鐘は鳴る」(1943年公開、アメリカ)をモジって使わせていただきました。

本シリーズの内容と映画は、一切関係ありません。