誰が為に未来はある 4
前回までのお話 1は、コチラ。
前回までのお話 2は、コチラ。
前回までのお話 3は、コチラ。
「お前にはもう後がない。試しに2学期までの成績で換算すると、はっきり言ってコンピューターグラフィック学科に入学できる点数までほど遠い。残された今学期で成績を上げるしかない。もしそれに自信がないなら、万が一のために別のプランをいくつか考えよう。コンピューターグラフィック、やりたいんだろ?」
エステバンは言った。
あんなに低空飛行な成績だと言うのに、それでも今までずっと「ギリいける!」と謎の自信に満ちていたアーロンが、初めて崖っぷちの危機を実感した瞬間だった。
突然襲ってきた絶望で、一通り取り乱した後、今度はテーブルに付きそうなほど頭をがっくり垂れ、ピクリとも動かなくなった。
ビクトルの甥っ子であり、現在は中学と高校のとある一貫校で教師をしているエステバンは、アーロンの大学進学を全力でサポートすべく、私たち夫婦と共にこの2年間ずっとアーロンを見守ってきた。
職業柄得られる情報と、恋人であるラウラはまだ現役の大学院生なので、ラウラの協力で、随時大学から生の情報も得ることができたため、現役受験生のアーロン、そして受験生の子を持つ我々としては、最強に万全な助っ人だ。
でも、そういう恵まれた環境に感謝し、十分に生かせないのが、我が家の長男である…。
現在アーロンは、こんなに尽力してくれたエステバンへ恩を仇で返すという愚行を成し遂げ、こともあろうにエステバンからの連絡をブロックしている有様だ。
これについての詳細は、後日改めることにして、話を戻す。
うんともすんとも言わず、頭を垂れたまま岩のように動かないアーロンを尻目に、エステバンは鞄からノートパソコンを取り出すと、市内でコンピューターグラフィック関連を学べる学校を検索し始めた。
すると、1件、とても条件の良さそうな学校を見つけた。
それは、大学ではないが公立の4年制の専門学校で、最終学年の4年次は市内の複数の企業でインターンシップを積極的に行い、成績次第ではそのままそれらの企業に優先的に就職できるというものだった。
さらに、公立の専門学校なので、卒業時のディプロマは国公立大の同学科を卒業したレベルとほぼ同等にみなされるらしい。
企業から相当信頼も厚いらしく、卒業生の就職率も高い。
さらにさらに、入試時に求められる高校卒業時の成績は、国公立大に求められる点数よりもかなり低く設定されていた。
「プランCは、この専門学校にしたらいいんじゃないのか?」
エステバンがパソコンから顔を上げると、さっきまで岩山のようだったアーロンは、水を得た魚とはこういう顔と言わんばかりに目をキラキラさせて、エステバンのパソコンをのぞき込んだ。
「エステバンに呼び出された」と、待ち合わせのカフェへ出かける時のアーロンは、それこそ死んだような目で家を出て行ったのに、話し合いを終えて帰ってきた時は、それはそれは晴れ晴れとした表情だった。
「パパー!エステバンと話してきたよ!」と、一目散にビクトルに駆け寄り、ついさっきまでエステバンと話し合ったことや、専門学校を見つけた話を始めた。
「それでね、来週ラウラと一緒にその専門学校に行って、試験のこととか聞いてくるよ!」
え、ラウラと一緒に?そこは親の出番なのでは?と私は思った。
ビクトルもそう思ったようで、「ラウラじゃなくてパパが一緒に行った方がよくないか?」とアーロンに聞いた。
エステバンの恋人ラウラは、大学で子供の心理学を専門に学んでいる。
少し前のアーロンの超絶レボリューションの時も、私たち夫婦は散々エステバンの世話にもなったが、ラウラにもたくさん助けてもらった。
今回も、自身の勉強の一環として、ぜひアーロンの専門学校訪問に付き添いたいとの、ラウラたっての申し出だと、アーロンは説明した。
後にエステバンからビクトルに、今回の件の報告電話があった時、改めてラウラが付き添いたいという話を聞いた。
「もう子供じゃないんだから、本当はアーロン1人で行かせてみたいんだけど、伯父さんもわかるだろう?あいつがどれだけ学校の説明を理解できるか(笑)。だからなおさらラウラを付き添わせたいんだ。彼女も行く気満々だし、いいかな?」と、エステバンがビクトルに言った。
エステバンは身内だけど、散々今まで迷惑をかけてきたし、今回はその恋人まで巻き込むのはいかがなものか。
後に万が一またアーロンとビクトルの間に溝ができた時、アーロンはこの件をも「パパは僕のために何もしてくれなかった。だからラウラと行かなきゃならなかった!」なんて言い出すことも大いにあり得る。
だけど、結局、ビクトルはその若い2人の申し出を断ることはできなかった。
ラウラと共に専門学校での説明を受けたアーロンは、ますますこの学校が気に入ったようだった。
入試はあるが、絵を描くだけの試験だということが、これ以上勉強をしたくない彼にとって何より魅力的だった。
アーロンはこの専門学校のことを早速仲の良いクラスメートに話したらしかった。
「一緒にこの専門学校に行こう!」と。
そしてこの専門学校の話は瞬く間にクラスで話題となり、去る7月半ばに行われたこの学校の入試には、なんとアーロンのクラスの半分ほどのクラスメート達が受験した。
受験者は600人以上いて、入学枠は300人。
アーロンのクラスメートからは2割ほどが合格確定の点数を取り、7月下旬現在、すでに入学申込の手続きに入っている。
クラスの皆にこの専門学校を紹介した形になった当のアーロンは、合格確定点の半分ほどしか点数を獲得できず、待機リストに入っている。
それもだいぶお尻の方に。
「いつ学校から入学許可の連絡が来るかわからないし、ただ待っているとマイナスなことばかり考えちゃうから、別のことに集中していたいんだ。」と言って、アーロンは同じく待機リスト入りの仲良しクラスメートだった友達と、今日も朝方までオンラインゲームに勤しんでいる。
■本記事シリーズのタイトルは、映画「誰が為に鐘は鳴る」(1943年公開、アメリカ)をモジって使わせていただきました。
本シリーズの内容と映画は、一切関係ありません。