梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

変わらぬマインド 卒業の日まで

このブログを再開するのがまたしても久々すぎるやら、前回まで書き続けていた「アーロン14」シリーズも中途半端やら、言い訳は山ほどあるのですが、全部すっ飛ばして、今日はこれを書くことにします。

ちなみに1つだけ言い訳をすると、「アーロン14」シリーズは、書くために当時の出来事を思い出そうとすると、胃が激しく抵抗して、現状はこれ以上書けずにおります…。

 

とは言いつつ、本日の主人公もアーロンです。

もう…、いつになったらこういうバカバカしい日々が終わるのか…。

 

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先月、我が家の長男アーロンが、高校を卒業した。

スペインでは、日本でいうところの中学校は4年制、高校は2年制。

「無事に卒業」と言いたいところだが、なんだかなぁ…、素直にそうも言えないのが彼の場合だ。

 

卒業式の2日前、夕飯の後片付けをしている私のもとにアーロンがやって来て、「明後日卒業式なんだ。」と話し始めた。

私は、その時まで卒業式があるのかないのか(日本のような厳かな…とまではいかないが、学校にもよるのだろうけれど、スペインの小・中・高校が、卒業のセレモニー的なことをするようになったのは、ここ数年ぐらいからだ。)、あるなら果たしていつなのかすら、何もビクトルから聞いていなかったので、「そうなんだ。」とだけ答え、あ、と思い出して「今回もパパじゃなくて、ママが出席するの…?」と、恐る恐る訊ねた。

 

2年前の中学の卒業式は、「お前の母親が出席するなら、僕と梅子は出席できない。」と、ビクトルがアーロンに言って、ビクトルも私も出席しなかった。

その時アーロンは、絶賛超絶反抗期(私はそれを彼のレボリューションと呼んでいる)の真っ只中で、私たち夫婦に対する彼の態度は、「お願いだから消えてくれ」ばりの日々だったのだが、それでもどうやら卒業式には父親にも来てほしかったようだった。

だから、ビクトルの言葉は相当ショックだったようで、でも、そのショックは瞬く間に怒りとなり、その日からしばらく彼が荒れに荒れたのを、私は思い出したのだ。

 

「いや、ママは来ないよ。今回はコロナのこともあって、午前中組と午後組の生徒が集まるし、講堂にはたくさん人を入れられないから、保護者は参加できないんだ。生徒と先生たちだけでやるんだよ。」

2年前の大暴れとは裏腹に、今回は穏やかに答えてくれた。

 

午前中組と午後組というのは、当時、入学希望者が多数だったので、学校側が朝からお昼過ぎまでのクラスと、午後から夜までのクラスに、生徒を分けたためだ。

アーロンは、午後から夜にかけてのクラスに2年間通った。

 

「着て行く服はどうするの?ウチにはフォーマルな服がないけど…。」と聞くと、「大丈夫。明日ママの家に行って取ってくるよ。」とアーロンは言い、「それからね…」と、彼がおそらくこの話題でいちばん私に話したかったのであろうことを話し始めた。

「卒業式が終わったら、クラスのみんなでレストランに夕飯を食べに行くから、明後日の僕の夕飯は用意しなくていいからね。」

私は「OK、了解。それじゃ楽しんで来なさいな。」と笑って話を終えた。

 

台所仕事を終えて、ビクトルのいる書斎に向かい、自身の席に座りながら「明後日、アーロン卒業式なんだってね?知らなかったわー。」と、何気なく、ついさっきアーロンと話した会話をビクトルに話した。

出席するための、フォーマルな服を取りに、明日アーロンが母親シュエの家に行くんだってよと話したところで、それまで静かに話を聞いていたビクトルが、急にバン!と両手で机を叩いた。

 

「あいつはまた俺に嘘ばっかりだ!!俺にはちっとも重要なことは言わないで、隠れてコソコソしやがって、真実はいつもいちばん最後にシュエか梅子から聞かされる!もうたくさんなんだよ!!!」

そう声を荒げると、ビクトルは席を立ち、キッチンへ向かった。

キッチンには、アーロンが引き続き勉強…なのかゲームなのか…をしていたので、あぁ、またバトル再びか…と、冷や汗が流れた。

 

しかし、キッチンは静かなままだった。

ビクトルは、冷蔵庫の中の缶ビールを1つ、取りに行っただけだった。

ただ、キッチンの扉をバッチーン!!と力いっぱい閉めて、書斎へ戻ってきた。

 

その後、少しだけ落ち着いたビクトルが教えてくれた。

1週間ほど前、私の知らないところで、アーロンはビクトルに「卒業式には行かない。クラスの女子達とも仲良くないし、行ってもつまんないから。」と言ったらしい。

だから、卒業式には出席しないと思っていたのに、ビクトルの知らないうちにいつの間にか話が変わっていた。

挙句の果てに、またしてもアーロンがシュエの家に勝手に行こうとしていること、“服”なんてちっぽけなことだけど、要所要所で自分ではなく母親を頼りにしていることが、ビクトルのプライドを傷つけた。

 

翌朝、私たちが起きた時にはもうすでに、アーロンは出かけていて、家にはいなかった。

キッチンのホワイトボードには、「友達の〇〇と図書館へ勉強しに行ってきます。お昼も〇〇と外で食べます。夜の20時までには帰ります。」と、メッセージが残されていた。

昨夜私に話してくれた、母親の家に行くことは一言も触れられておらず、それが再びビクトルの怒りに火を付けた。

 

ちなみにこの時アーロンが「勉強」と言っていたのは、卒業式から約2週間後に控えていた大学入試のための受験勉強のことだ。

後にわかったことだが、ホワイトボードに書かれていた友達は、とある専門学校への進学を希望していて、大学受験はしなかった。

その専門学校にも一応入試があるが、入試は来月。

入試科目が特殊で、この時期にわざわざ図書館で勉強するようなものではなかった。

だから、ホワイトボードのメッセージが真っ赤な嘘であることに気付いた時、私は、「はぁ…、この子は本当に息をするように嘘をつく…。何故そこまで嘘をつく?」と、もう何度目かわからない溜め息が出た。

「(卒業式に)ママは来ないよ。」と言っていたのも、もしかしたらそれは嘘で、本当はビクトルに内緒でシュエが参加するのでは?とすら思った。

もう何年も、こうしてつまらないことまで嘘をつかれ過ぎて、何が本当なのかわからなくなる。

 

アーロンは結局、その日の夜遅くにやっと、卒業式に行くことをビクトルに伝えた。

でも、服を取りに母親の家に行ったことは、もちろん、彼の口からビクトルには、こうして卒業式を終えて何週間もたった今でも、未だに伝えられていない。

 

かくして卒業式当日。

 

アーロンは、昼食を済ませると、いつもよりもさらに時間をかけて、子供たち用のバスルームを占領していた。

おかげで弟のエクトルが、2度も私たちの寝室にある別のバスルームで用を足さなければならないほどだった。

そんなことはお構いなしに、彼はいつもより長めのシャワーを浴び、普段は滅多に使わない整髪料をこってり髪に撫でつけ、バスルームの外の廊下まで、むせ返るほど香水の匂いを漂わせた。

 

母親の家から持ち帰って来た洋服の入った紙袋も、コソコソとバスルームに持ち込み、早速着替えていた。

“フォーマルな服”だとばかり思っていたその服は、ただの真っ白なポロシャツと、黒のデニムのショートパンツだった。

ポロシャツは、シュエが持たせたにはめずらしく、新品ではなかった。

たしか去年の夏にも、このポロシャツでアーロンがシュエの家から我が家に帰って来たのを何度か見たことがあった。

このコロナの自粛期間中に、そもそもから肥満体型のアーロンは、ますます体重が増加中なので、ポロシャツの袖も胴回りも、「本気でそれで行くつもり…?」と少々不安になるほど、ムッチムチのピッチピチだった。

 

卒業式のためのフォーマルな服と言ったら、ファッションには目ざといシュエのことだし、きっと新品のワイシャツとネクタイ、下はスラックスでなくともそれなりにフォーマルに見えるようなパンツを用意しているものとばかり思っていた。

ポロシャツで良かったのなら、我が家にだって、白ではないけど紺色の、フォーマルといえばそう見えなくもないポロシャツを持っていたし、それならサイズもまだ余裕なのにな…と、思った。

アーロンは、この日のための靴も、シュエの家から持って来ていた。

…と言っても、こちらもだいぶ履き古した白のレザーのスニーカーで、「これ履くと、靴擦れするんだよね…」とこぼしながら、私にヴァセリンがないかと尋ねた。

「靴擦れするところにヴァセリンを塗ると、靴擦れを防げるんだって。」と、ついさっきインターネットで調べたようだった。

 

「(夜の)12時までには帰るよ!」と言って、アーロンは意気揚々と家を出て行った。

私も「卒業おめでとう。夜遅いから気を付けて帰って来なさい。楽しんでおいで。」と見送った。

ビクトルはまだ怒りがくすぶっているようで、書斎に引っ込んだままだった。

 

午後は、ビクトルと私と、午前中で学校を終えてきたエクトルの3人だけだった。

エクトルは、宿題の模型を作らなければならず、予めアーロンから絵の具とパレットと絵筆を借りていた。

だいぶ手の込んだ模型で、さらに、それを動画撮影して、その動画データを先生のメールに送らなければならないということで、毎度のことながら手伝いを頼まれた。

 

頼まれたのはいいが、最近のエクトルの午後は、Youtubeを見るのに忙しい。

今回の宿題も、明らかに時間がかかるのがわかっているのに、こちらの焦る思いとは裏腹に、午後はめいっぱい昼寝とYoutube鑑賞を満喫し、夜になってからようやく模型を作り始める始末だった。

だから案の定、模型ができてやっと動画撮影!という頃には、時計はもう夜の12時になろうとしていた。

 

今、我々が模型を作っていたのはキッチンのテーブル。

アーロンが帰って来れば、またきっとすぐにキッチンのテーブルを占領して、オンラインゲームを始めるだろう。

だからそれまでに、なんとか動画撮影も済ませたかったのだが、「撮影中にアーロンが帰って来たら、余計な音や声が入っちゃう!」とエクトルが心配し、撮影はアーロンが帰って来た後でやろうということになった。

 

ところが今度は、アーロンが待てど暮らせど帰って来ない。

12時を回った頃に、「30分ぐらい遅くなる!」と、連絡が入った。

 

アーロンはもう学校は修了したけど、中学生のエクトルは明日も朝から学校がある。

しかも、いつも遅くとも12時にはベッドに入るので、エクトルの就寝時間がますます遅くなる。

私もやきもきしていたが、思いのほかエクトルもやきもきしていた。

エクトルは小さい時から頭痛持ちなので、最近ようやく本人も、“睡眠不足=明日頭痛確定!”と気を付けるようになってきたのだ。

 

「“撮影してるから静かに家に入ってこい”ってアーロンにメッセージ送るからさ、もう撮影しちゃおうよ!」と促してみたが、「いや、アーロンは絶対に音立てるから、帰って来るまで待つ!」と、これまた頑として曲げないのも、エクトルの小さい頃から変わらない性格。

 

アーロンは12時半になっても帰って来なかった。

エクトルは、アーロンが帰って来ないことにイライラしつつ、撮影しようと言ってもイヤだと言う。

そもそもこんなに手間のかかる宿題を、何度言っても前日ギリギリにならないとやらない。

色々なことにだんだん腹が立ってきた。

 

もう間もなく1時という頃、やっとアーロンが帰って来た。

「ほら!撮影やるよ!」と、またしてもソファで優雅にYoutube鑑賞中だったエクトルの膝をポンと叩いて、私は玄関横のキッチンに向かった。

と同時に、玄関で除菌中のアーロンに「おかえり。今何時だと思ってるの?」と叱った。

しかしアーロンは、「うんうん、今それどころじゃないから…」と、私の小言もそっちのけで、子供部屋に直行すると、手に何かを持ってまた外へ出ようと玄関に戻ってきた。

 

「は?今度はどこに行くのよ?」と、若干キレ気味に言うと、アーロンは怖い顔でゆっくりと私に振り返った。

「これ、友達のだから渡してくるんだけど。今、友達が下で待ってるんだけど。」

 

「あーっそ。じゃあ早くしてくれない?こっちはアンタが帰って来るの12時からずーっと待ってたの。エクトルが宿題の動画撮影しなきゃなんないの。それに明日も学校だから、もう寝なきゃなんないの。」

もう完全にキレた私がそう言うと、アーロンは仏頂面のまま何も言わず家を出て行った。

アーロンの顔はもう見たくなかった。

「こうすれば、少しは外の音シャットアウトできるよ。」と、エクトルに半ば言い訳してキッチンと玄関を繋ぐドアを閉めて、撮影準備に取り掛かった。

アーロンが再び家に入ってくる音が聞こえた。

 

私は努めて、エクトルと楽しく動画撮影を終えた。

私のパソコンに動画データを取り込むため、急いで書斎に行くと、書斎のソファにアーロンがうつむいて座っていた。

まだアーロンには気を許していなかった私は、「今度はこんなとこで何してんのよ?」と日本語で、冷たく吐き捨てるように言い、返事を待つこともなくパソコンの前に座って作業を始めた。

私が何を言ったか、アーロンにはわからない。

でも、私が本気でキレている時は、通じようが通じまいがスペイン語ではなく日本語で話すということは知っているので、少なくとも私の怒りは通じているだろう。

アーロンは何も言わずに書斎を出て行くと、キッチンに向かったようだった。

キッチンには、模型の後片付けをしているエクトルがいた。

アーロンが強い口調でエクトルに何かを話しているのが聞こえた。

どうやら、エクトルに貸した絵筆とパレットが、きちんと綺麗に洗われていなかったらしい。

今日卒業したばかりの高校では、美術科に通っていたので、絵筆とパレットは彼の大事な道具だ。

エクトルはアーロン監視の下、もう1度洗い直しをさせられているようだった。

アーロンは、他人の物(特にエクトルの物)はぞんざいに扱うが、殊、自分の物を使わせる時は厳しい。

やれやれ…と思ったが、これはさすがにエクトルも悪い。

そんなことを考えながら、私はとりあえずデータの取り込みに集中した。

 

アーロンにとっては、せっかくの晴れの日なのに、帰宅するなり私がブチ切れていて、その理由が自分ではなくエクトルを想ってのことだとすれば、たしかにアーロンには可哀想過ぎたな…と、自分の中で少し反省した。

反省したけど、でもやっぱり、約束は約束だ。

 

スペインの、高校生ぐらいの歳の子になると、家庭にもよるけれども、夜中遅くまで友達と外出するのは多々ある。

例えば、ビクトルの友人のところは、アーロンより1つ年上の娘さんがいるのだが、高校生になった途端から、毎週末クラブ通いが始まって、夜中の2時3時頃に友人か奥さんが車で娘さんを迎えに行かなければならないと、よくこぼしていた。

 

アーロンは、オタク気質でほとんど夜の外出はしないので、この日は我が家にとっても彼にとっても特別で例外な夜だったけれど、自ら「12時までには帰る」と言っておきながら、昼間ならともかく、夜中に30分…、1時間…と遅れて帰って来るようでは、最初のうちにビシッと叱っておかないと、先が思いやられる。

「遅くなってごめんなさい」の一言もなかったのも気になる。

 

やがて、後片付けと絵筆とパレットの洗い直しを終えたエクトルが、「梅子、どう?」と言いながら書斎に入ってきた。

私は、動画データの圧縮に手こずっていた。

だがとりあえず席を立ち、代わりにパソコンの前にエクトルを座らせた。

エクトルを早く寝かせるために、先生宛てのメールの文章を書かせて、圧縮でき次第私がデータを添付して送信ボタンを押すだけ、というところまで準備をさせることにした。

エクトルがメールを書いている間、私は横のソファ、さっきアーロンがうつむいて座っていたソファに座っていた。

すると、今度はアーロンが書斎に入ってきた。

アーロンは、私の前を無言で通り、エクトルの傍へ行くと、「さっきは怒ってごめんな。」と、ボソッと言った。

そして再び、私には目もくれず無言で目の前を通り過ぎ、書斎を出て行った。

 

これも、レボリューション期から変わらぬ光景。

喧嘩してエクトルを怒らせてしまうと、後にエクトルが私たち夫婦側に付いてしまうのではないかと恐れてなのか、はたまた、「僕はエクトルを叱った後、言い過ぎたと反省して謝ったけど、梅子は僕にきついこと言っても謝らないんだね。」という、彼なりの“見せつけ”なのか…。

わからないけど、おそらく両者だと思う。

 

エクトルは、メールの準備を終えると、「終わったー!疲れたー!じゃあもう寝るね。梅子、後はよろしくね。おやすみなさい。」と言って、子供部屋に帰って行った。

キッチンからは、「よーぅ!さっきはどうも~!」と、友達とチャットしながらオンラインゲームを始めるアーロンの声がした。

 

今までずっと書斎にいて、沈黙のまま私と子供たちのやり取りをずっと聞いていたビクトルが、「梅子、今夜はありがとう。お疲れ様。」と言った。

 

 

■本記事のタイトルは、映画「デンジャラス・マインド 卒業の日まで」(1995年公開、アメリカ)をモジって使わせていただきました。

記事の内容と映画は、一切関係ありません。