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梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

兄はつらいよ アーロンの告白

追々、改めて話そうと思ったのだけど…。

 

我が家の長男アーロンは、実は小児てんかんを患っている。

幸いにも…なのかどうか、アーロンのケースは、急に倒れたり、けいれんや発作が起こるようなショッキングなタイプではなく、「欠神発作」と言って、時々数秒間意識のスイッチがOFFになり、ボーっとして、呼びかけても反応しなくなる…というような症状で、医師が言うには比較的軽い症状とのこと。

発症したのは、今から4年前で、異変に気付いたのはビクトルだった。

それ以来、定期的な検査と診察のため、毎回ビクトルがアーロンを総合病院へ連れて行き、薬も毎日朝晩欠かさずに飲ませている。

おかげさまで、今ではまったく症状はなく、日常生活には問題がないし、回を追う毎に通院の回数も減り、今では半年に1度のペースになった。

 

ちなみに、アーロンのこの病気がわかった時、もちろんビクトルも私も、始めはこの病気のことにほとんど無知で、ただただ愕然としたしショックだった。

でも、「アーロンの病気は、治るまでに何年かかかるけれど、一生続くものではない。」と医師からの説明を受け、自分たちでもネットで調べたりして、「頑張って治していこう!」とポジティブに考えられるようになった。

問題は、そう、シュエだった。

アーロンの病気を伝えた時の、彼女の反応と、それを私たちがどう乗り越えたかについては、改めて言うまでもないだろう。

このブログの読者の皆様には、安易に想像できると思うし、「まったくその通りです。」ともうすでにお返事したいぐらいだ。

ちなみに言うと、シュエはビクトルの説明を「信じられない!」と突っぱね、状況を知った医師からも再三に「お母様にもご説明したいので、1度病院に来るように…」と言われているが、シュエは未だに病院へは行っていない。

 

一昨日は、その半年ぶりの検査の日で、ビクトルはアーロンを連れて、朝から病院へ出かけた。

ビクトルがアーロンを学校へ送り、病院から帰宅したのは12時半を回った頃だった。

帰って来るなりビクトルは、「梅子、ちょっとコーヒーでも飲みに行かない?」と、私をカフェに誘ってくれた。

 

近所のいつものカフェで、私はカフェオレを、ビクトルはグリーンティーをすすりながら、アーロンの診察の結果を話した。

病状は、今の所まったく異常なし。

順調に回復に向かっているそうで、次回の定期検査は、なんと1年後になった。

しかも、医師の話では、次回の検査の結果次第で、薬の量も減らしていけるだろうとのことで、きっと大丈夫だろうと想像はしていたけれども、改めて心からホッとした。

 

今回は、検査の予約時間が早かったので、医師の診察の予約時間まで、ビクトルとアーロンは2時間近くも待たなければならなかった。

その間、ビクトルはアーロンを連れて、病院の近くにあるカフェで、アルムエルソ(午前中のおやつ)をすることにしたそうだ。

 

ところで、少し話が逸れるが、欧米では当然のことながら、日本のように親子が一緒にお風呂に入ってコミュニケーションを図るという習慣はない。

一昨年ぐらいに、アーロンの反抗期が始まった時、どうしたものかと考えた末、私はビクトルに、アーロンと定期的に2人だけでバルやカフェへ行けと提案した。

この時のアーロンには、父親と2人だけで語り合う時間、父親を独占させる時間が必要だと思ったのだ。

でも、日本のように、一緒にお風呂に入ることはできないから、それならば、近所に腐るほどあるバルやカフェに行ってくるのはどうかと考えたわけだ。

日本のカフェや喫茶店と違って、コーヒー1杯の値段は100円ちょっとだし、もちろん子供が飲める飲み物も安い。

食事をするわけではないのだから、大した出費にはならない。

この作戦は、思いのほか功を奏した。

皆の前では、しつこいほど冗談は言うが、余計なことは一切言わず、笑かし役、茶々入れ役を買って出るアーロンだが、やはり父親と2人だけになると、日頃心に閉まっている悩みや愚痴を、ポツリポツリと話してくれる。

 

診察時間を待つ間のカフェで、ビクトルは先週末のシュエとマックスの様子を、改めてアーロンに聞いたそうだ。

先週末、子供たちがシュエ家族の元から帰って来ると、「と・り・あ・え・ず、ママとマックスの離婚話は保留になった。とりあえず今のところはね。」と私たちに話してくれた。

しかし翌日、私が再び「“とりあえず”ってどういうこと?ママとマックス、会話する時は仲良さそうに話してた?」とアーロンに聞くと、週末の間のシュエとマックスは、時々は普通に話すのだが、それは本当に時々で、ほとんどはお互い喧嘩腰の口調で、とにかくピリピリした雰囲気だったと教えてくれた。

私はそのことをビクトルにすでに報告していたが、ビクトルも改めてアーロンに詳しく事情を聞きたかったようだ。

 

先週末、子供たちとシュエ家族は、久しぶりにマックスの実家のある村へ行った。

マックスの母親が退院したので、お見舞いを兼ねて訪ねたそうだ。

マックスの母親は、まだ自由に歩くことができず、歩行器を使わねばならない状態だったが、元気だったので、アーロンは安心した。

だが、そんなおめでたい雰囲気の中でも、シュエとマックスの雰囲気は険悪だった。

シュエが少しでもイラついた声を上げると、マックスは敏感に怒鳴り返していたという。

 

「お前のママが離婚したいと言ってることはわかった。でも、マックスはどうだ?彼も“離婚したい”って言ってるのか?」

これは、私たち夫婦がいちばん確かめたいことだった。

ビクトルは、アーロンにこの質問をぶつけた。

「うん。2人が喧嘩すると、時々ママがマックスに“離婚しましょ!”って言うんだ。そうするとマックスは、“お前が離婚したいなら、どうぞご勝手に!”って、よく返してる。」

アーロンが答えた。

「でも、もし2人が離婚したら、弟のフアンはどうするか、そういうことも2人は喧嘩中に話すのか?」

ビクトルがそう尋ねると、アーロンは、「うん、そのことでもよく言い争ってる。マックスはいつも“フアンは俺の息子だから、お前には渡さない!”って言うんだ。そうするとママは、“フアンは私の息子よ!私が育てるの!”って叫んで…。それでマックスは、“笑わせるな!3人も子供がいるくせに、誰1人世話をするでもなく、全部ほったらかしのヤツなんかに、俺の愛する息子を託せるか!”って、笑うんだ。」と、説明した。

 

シュエとマックスの喧嘩の様子を一通りビクトルに話すと、アーロンはエンジンがかかったのか、自身の母親について愚痴を言い始めた。

 

「僕の人生は、半分ラッキーで、半分はアンラッキーだ。」

アーロンはビクトルにそう呟いた。

ビクトルが「どうして?」と聞くと、それは、お父さんがビクトルだということがラッキーで、お母さんがシュエだということがアンラッキーなのだと。

「どうして僕のママは、あんな人なんだろう。」と、アーロンは手元のフルーツジュースの瓶を見つめた。

「確かに彼女の性格はかなりきつい。でも、彼女がどんな人であろうと、お前を愛しているし、お前のママなんだ。嫌ったりしちゃいけないよ?」とビクトルが言うと、アーロンは「嫌ったりはしないよ。でも…、」そう言って、前回、シュエとマックスが大喧嘩をして、ビクトルに「助けて」と電話を掛けてきた時のことを詳しく話し始めた。

 

あの日、2人の元々の喧嘩の原因は、次男エクトルが長時間テレビを占領していたことだった。

アーロンかエクトル(アーロン曰く、主にエクトルが原因になることが多いらしい。)が原因で、マックスがシュエに文句を言う時、マックスは「アーロンが…」とか「エクトルが…」とか名指しはせず、いつも「お前の息子が…」とか、「お前の息子たちが…」などと言うそうだ。

あの口論の時も、マックスは「お前の息子が…!」と、シュエを責めた。

するとシュエは、「アンタがそうやって私の息子を虐めるのなら、私はアンタの母親を虐めてやる!」と叫んだらしい。

アーロンはそれを聞いて、恐れおののいた。

「僕のバカな弟のせいで、おばあちゃんにまで危険が及ぶのか?でも僕のママならやりかねないって心配になって…、とにかくママのあの脅しの叫びが怖かった…。」と、ビクトルに話した。

 

マックスが、時にはビクトルが、子供たちの非についてシュエに報告したり、非難をすると、シュエの思考回路では、子供がしでかしたことを確認して、子供に非があれば母親として相手に謝罪し、子供を叱る…という構図はない。

自分の子供に悪態をついた!自分の子供を攻撃した!子供の非を母親の私の責任だと責め立てた!と真っ先に考え、マックスやビクトルに牙をむき、威嚇するのがシュエの常だ。

理不尽な理由で、子供たちが人から責められるのであれば、シュエのこの行為は、母親として立派だと思う。

だけど、明らかに子供たちに非があった場合でも、シュエはこうやって子供たちの目の前で、他人に牙をむくので、シュエと一緒にいる限り、子供たちはいつまでたってもマックスを1人の大人として、父親の代わりとして、尊敬することができないし、自分がしでかした事の善し悪しの判断ができない。

だから、あの口論の際も、エクトルは平気でテレビを見続けられたのだと思う。

いくらマックスが文句を言ったところで、こうやってシュエがエクトルの代わりに戦ってくれていたのだから、「僕が悪いこと、ダメなことをしたんだ。」と、どうしてエクトルが思えるだろう。

 

「アンタの母親を虐めてやる!」

その言葉をビクトルの口から聞いた時、本当にシュエはそんなことを言うのか?本当にそんな言葉をアーロンが聞いて、アーロンの口からビクトルに伝えられたのか?と、私は耳を疑った。

信じられないほど、衝撃的な言葉だった。

こんなにも衝撃的な言葉を、夫に投げつけるシュエにも面食らってしまうが、アーロンやエクトルがこれを傍で聞かされているのかと思うと、心底ゾッとしたし、彼らを思うと胸がギューッと苦しくなった。

 

だが、アーロンからビクトルに伝えられた衝撃は、それだけではなかった。

アーロン曰く、シュエのこうした義母への脅しは、脅すだけにとどまらず、実際、過去に何度も、義母を泣かせているのだそうだ。

シュエが直接義母と衝突することもあれば、聞こえるようにイヤミを言って、義母を攻撃するのだという。

アーロンは、夜になると別の部屋で1人で泣いている義母を、何度も目撃していると教えてくれた。

まさに地獄だ。

あの長閑な村で、地獄が起きている。

そんな環境で子供たちが毎週末を過ごしているのかと思うと、胸が張り裂けそうになる。

一方で、だからエクトルは、シュエの真似をして、マックスの母親に対してなめた口をきき、おばあちゃん相手によく喧嘩をするんだな?と、冷静に分析する私もいた。

とにかくエクトルは、マックスやアーロンから話を聞く限りでは、我が家での性格と、シュエ家族の元での性格とは思いっきり正反対なのだ。

どちらかと言うと、我が家では猫を被り、シュエ家族の元では真の姿をさらけ出していると言えるかもしれない。

平日の間、私やビクトルに抑え込まれている何かを、週末に発散しているのかもしれないと思うと、それはそれで胸が痛いのだが。

 

それから、シュエとマックスが口論になると、シュエはいつも「昔付き合っていたあの彼氏はああだった、この彼氏はこうだった!」と、ビクトルとの別居時代に浮気していた数々の元カレの名前を出しては、マックスと比較するのだという。

中には、ビクトルが把握していなかった“元カレ”もいたそうで、ビクトルは呆れ返った。

「その中に、パパの名前は出てこないのか?」と、ビクトルが面白半分で聞くと、アーロンは「たまに出てくるよ。」と言った。

喧嘩の原因がお金に絡む話の時、シュエは喧嘩の輪にわざわざ子供たちを呼び、「いい?あの人みたいにお金にルーズな人になっちゃダメよ!パパみたいにきっちり管理できる人になりなさい!」と、マックスに向かってこれ見よがしに言うのだそうだ。

それから、「あなたたちのパパは、昔から絶対に嘘をつかない。いつも正直な人。」とも言うらしい。

 

この話を聞いて、私もビクトルも、もはや鼻で笑うしかなかった。

言っちゃぁナンだが、シュエは本当にバカなんだと思う。

自分の嫁から、昔の彼氏はどうだの、前の夫はどうだのと比較され、けなされることほど、男性にとって、マックスにとって、これほど惨いプライドの壊されようがあるだろうか。

いくら夫婦だとはいえ、言っていいこと悪いこと、言っても許される範囲ぐらい判断できないのだろうか。

しかも、よりにもよって我が子へ、自ら不倫相手の話を持ち出し、ビクトルは“嘘をつかない人だ”と言って聞かせる辺り、裏を返せば「よって私は大噓つきで、ビクトルを騙して浮気したのは数知れず。」と言ってるようなものじゃないか!

「そういうのね、日本語で“墓穴を掘る”って言うんだよ。よりによって子供たちがいるんだからさー、なーんでそうも見境なく言うもんかねぇ。」と、私は開いた口が塞がらなかった。

これに対しては、当然アーロンも、さすがにこういった色恋沙汰に気付く年頃になったらしく、「ママは頭に血が上ると、結局自分が不利になるようなこととか、僕たちが知らなくていいようなことまでベラベラ話すんだ。」と、同じようなコメントをしていたそうだ。

 

アーロンは、毎週末のこうした環境に、嫌気を刺し始めていた。

それである日思いきって、「週末は、パパの家で過ごしてもいい?」と、シュエに尋ねてみたそうだ。

するとシュエは、速攻で「NO」と答えた。

それは、シュエが子供たちをビクトルと過ごさせたくない「NO」ではなかった。

「知らないの?いくらアンタがパパと週末を過ごしたくても、アンタのパパが過ごしたくないと思ってるのよ?だからアンタたちは、毎週末私の所に押し付けられてるんじゃない。」と、シュエはアーロンに言った。

 

もう…、本当に、シュエの思考回路が、時々羨ましくなる。

こんなにも、自分のこと一切を、見事なまでに華麗に棚上げできる人を、私は今までに見たことがない。

 

母親にそう言われ、そんなのどうせ嘘だと思いながらも、それでもアーロンの中では「パパは本当に、僕たちと週末を過ごしたくないのかな…。」と、長い間自問自答していたようだった。

そして、この日のカフェで、アーロンは意を決したかのように、恐る恐るビクトルに尋ねた。

「パパ…、もし僕が週末ママの所へ行きたくない時は、パパと梅子といてもいい…?」と。

ビクトルは「もちろんいいさ。」と、すぐさま答えてあげたそうだ。

「ただし…、」と、ビクトルは付け加えた。

そう、ビクトルとシュエの間には、裁判所から出された、子供たちの養育権に関する契約がある。

子供たちがそういう状況で週末を過ごしているのならば、契約なんか無視して1日も早く、子供たちを私たちの手元に置いておきたいところだが、そうはいかない。

相手がシュエなだけに、私たちの方からおいそれとルール違反をして、シュエに弱みを握られることだけは、絶対に避けなければならないのだ。

だからビクトルは、我慢ならないほどどうしても嫌な時以外は、そうちょくちょくシュエ家族を避けてはいけないこと、だけど、アーロンが14歳になったら、そういうルールが少しだけ緩くなるから、それまでは大人しくしていた方がいいこと、週末を我が家で過ごすとなると、シュエの家とは異なり、だらけたことはできないこと、家の手伝いをすること…なんかをアーロンに伝えたそうだ。

それまでどんより曇っていたアーロンの顔は、少し晴れた表情になり、アーロンは「うん、わかった。」と答えたそうだ。

 

ついで…と言ってはなんだが、この時アーロンは、エクトルのことも話してくれた。

ある日の夜、彼らが床に就いた時、エクトルが「僕の周りの大人たちは、みんな僕を叱る。僕は世界一不幸で可哀想な子供だ。」と、アーロンに嘆いたそうだ。

 

エクトルは、少し母親に似ている所がある。

いや、母親の精神年齢が、エクトルぐらいかそれ以下なのかもしれないが。

エクトルは、やりたいと思ったことは、今すぐ何が何でもやらなければならないと思ってしまうので、状況を察したり、頃合いを見図って、「今言うのはやめておこう。」ということが、まだできない。

逆にやりたくないことは、本人なりの言い訳でもって、全身全霊で阻止する。

「回避できないのならせめて軽減を!」と、交渉も持ちかける。

子供の我儘と言えばそれまでだけど、こちらの要求1に対して、その見返りに何倍以上もの要求をされるのが毎日続けば、さすがに「いい加減にしなさい!」と言いたくもなる。

 

アーロンは、エクトルの嘆きを聞いて、こんな程度で愚痴ってるぐらいなら、コイツはまだまだ幸せ者だと思った。

そして、「お前はまだマシな人生を生きてるよ。俺の方がよっぽど辛い過去を生きてきたんだからな。」と、答えたのだそうだ。

「あの時、お前はまだ赤ちゃんだったから覚えてないだろうけど、俺は覚えてる。ママがマックスと喧嘩をするみたいに、パパともよく喧嘩をしてたこととか、ママが突然いなくなって、パパと俺たちだけの生活が始まったこととか。ママがいなくなってから、久しぶりにママに会うと、いつも知らない男の人がママの家にいて、俺はその知らない男の人たちと無理矢理遊ばされるのが嫌だった。お前は楽しんでたけどな。」

アーロンの話を、エクトルはただただ黙って聞いていたそうだ。

 

この話をビクトルから聞いた日の午後、子供たちが学校から帰って来ると、私は「おかえり!」の言葉と共に、彼らを交互に抱きしめた。

「なんだよ、梅子!気持ち悪いな!」と、アーロンは嫌がり、エクトルは「梅子ー!」と抱きしめ返してくれた。

この子たちを、絶対幸せにしたい。

そう思った。

 

 

■本記事のタイトルは、映画「男はつらいよ 寅次郎の告白」(1991年公開、日本)をモジって使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。