梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

散々な週末 2

実はこの2話目の本記事の、下書きを書いた時、謎のWordクラッシュで、文章が全部消えるというハプニングに見舞われ、しばらく書くことに挫折していたのですが、復活です。

あの日からもう、新たに別の週末が2回も終わってしまうのだけど、本シリーズは、先先先週の週末のお話をお送りしております。

前回のお話は、コチラ

 

 

土曜日は、穏やかに1日が流れた。

 

ビクトルと一緒にママ(義母)の家に行き、掃除をして、食料品を買い、爪が長くなってきたので、切ってあげた。

ママのお昼ご飯のために持って行った、お赤飯のおにぎりと、サツマイモご飯のおにぎりを見て、「これはお米と何が入ってるの?あなたが作ったの?」と、ママに何十回も聞かれた。

「そう、私が作ったの。こっちは小豆とゴマが入ってて、こっちのはサツマイモとゴマが入ってますよ。ほらね。まだ温かいでしょう?」と、まるで初めて答えるかのように、私は何度も答えた。

その度に、ママは「あらまぁ!」と驚いて、そしてまた「これはお米と何が入ってるの?…」と、同じ質問を繰り返すのだった。

ビクトルは呆れていたけれど、私はママとのこのやりとりが、なんだか無性に楽しかった。

 

ママは、現役時代、正統な、とでも言うのか、まさに絵に描いたような完璧な主婦であり、母親だった、と思う。

だからだろう。

こんな風に、私たちがママのお昼ご飯を用意していると、必ず「あなたたちは、もう食べたの?」と、私たちの心配をし始める。

「まだです。」と答えると、「あらまぁ!」とこれまた驚いて、「冷蔵庫に食べ物があるから、何でも好きな物を取って来なさい。何か食べないとダメよ。」と言う。

「大丈夫。まだお腹が空いてないんです。家に帰ってから食べますよ。」と説明しても、私たちが帰るまで、彼女に用意したお昼ご飯には一切手を付けない。

そして、再び「あなたたちは、もう食べたの?」と、同じやりとりが繰り返される。

私たちがまだ食事をしていないと知ると、そればかりが気になって、自身の食事は後回し。

元々食が細いのもあるかもしれないし、1人で食べるのが寂しくて、私たちと一緒にご飯を食べたいのもあるのだろうが、こうしてもう記憶が曖昧になってしまっていても、「子供たちがまだ食べてないのなら、私が先に食べてる場合じゃないわ!」というママの姿を見ていると、あぁ、昔は本当に良き主婦、良き母だったんだろうなぁと、尊敬せずにはいられないし、また、ちょっぴり悲しい気分にもなってしまう。

 

ママの家から帰宅して、私たちはお昼ご飯を作り、食べた。

午後は、ビクトルが少しシエスタ(昼寝)をして、夕方は2人で散歩がてら、近所のレンタル屋に立ち寄って映画のDVDを借り、帰りはカフェでお茶をした。

夫婦2人の、穏やかな時が流れた。

 

翌、日曜日。

夕方、前日にレンタルしてきたDVDを2人で見ることにした。

「見終わったら、また一緒にDVDを返しに行って、その後カフェでお茶しよう。子供たちが帰って来る時間まで、まだたっぷり時間もあるし。」と、ビクトルが言った。

 

DVDの映画を見始めてしばらくたった頃、ビクトルの携帯が鳴った。

ショートメッセージの着信音だった。

時計を見ると、6時半。

ビクトルは映画を中断するのを嫌がるので、いつもならば、通話の着信でもない限り、私は反応しないことにしていた。

まだ6時半だし、子供たちが帰って来るには早すぎる時間だ。

でも、なぜかこの時は、妙に胸騒ぎがして、私は思わず「携帯鳴ってるよ。」と、ビクトルに話しかけてしまった。

これまたいつもなら、ショートメッセージの受信ぐらいでは、「後で。後で。」と言って、ビクトルも相手にしないのだが、この日はめずらしく、「どうせ何かの広告メールだろう。」とは言いながらも、DVDを一時停止して、席を立った。

その時、時計をチラッと確認していたので、もしかしたら、ビクトルも何かを察していたのかもしれない。

プロジェクターが、一時停止の映画のシーンを映しているままのスクリーンの前で、ビクトルはボーっと立ち尽くし、メッセージを読んでいた。

そして、おもむろに私に振り返って、「シュエから。」と言い、メッセージの内容を読んで聞かせてくれた。

「マックスの車のライトが故障していて、1週間前から修理に出していたのだけど、その修理屋では直せないと言われ、別の修理屋に出すことにしました。そんな訳で、まだライトがハイビームでしか使えず、夜は運転できないので、明るいうちに子供たちを返します。7時頃には着きます。」

悪夢、再び…と思った。

 

「あの人たちってさ~、ホントにすごいよね。一体どんな乗り方してたら、そうちょいちょい壊れるわけ?」と、私は苦笑した。

マックスの車は、つい2年程前に買ったばかりの車なのだが、つい1、2カ月前も故障して、子供たちはシュエと共に、マックスの弟さんの車で帰って来たことがあった。

 

「そういえば、先週彼らが制服を忘れて、月曜日にマックスが届けてくれた時、“車のライトが故障して…”とか言ってなぁ。“中古なもんですぐ壊れるんだ”って話してたよ。」と、ビクトルが教えてくれた。

えーーーーー!マックスの車、中古だったのーーーーー?!

シュエがあんなに金持ち風吹かせて自慢してたのにーーーー?

わかっちゃいたけども、シュエの自慢は大して当てにならないと、改めて勉強になった。

 

「彼女には本当に、反吐しか出ないけど、子供たちが帰って来るのは構わないさ。」

ビクトルがそう言って席に戻り、DVDのリモコンを手に取った。

「子供たちが帰って来ても、僕たちは僕たちの予定を全うしよう!映画を見終えたら、子供たちを留守番させて、2人で返しに行って、カフェにも行こう。もう彼女の我儘に振り回されるのはウンザリだよ。」

そう言いながら、ビクトルはDVDを再び再生した。

シュエもビクトルも、金曜のことは金曜のこと、今日のことは今日のこと、と、割り切っているようで、私は少し驚いた。

「え?え?ちょっと待って。何も返事しないつもり?」と、ツッコまずにはいられなかった。

ビクトルは、1つ大きく溜め息をつくと、DVDをまた一時停止した。

そして私を睨み、「僕はもう、シュエと無駄な言い争いをするのは嫌なんだよ!」と言った。

「いやいや、私だって言い争いはしたくないよ。子供たちが早めに帰って来るのも問題ない。でも、金曜日のことといい、今日のこのことといい、シュエちょっと調子に乗りすぎでしょう?ここは一発ビシッと、あなたの怒りを伝えるべきだと思うけど?そうじゃないと、またこういうこと繰り返されるよ?」

私も負けずに言った。

シュエの件に関して、ビクトルが反吐しか出ないのなら、私はもう反吐も胃液も全部出尽くした。

今はもう、さっき吸い込んだ息を吐き出すしかないぐらいだ。

 

「例えばさ、この前もマックスの車が動かなくなったとか言ってた時があったけど、あの時はマックスの弟さんの車で帰って来たよね?シュエとマックスが大喧嘩して、シュエがタクシーで子供たちを送って来たこと(例えばコチラ)なんて、もう数えきれないほどあるよね?でも、その時はちゃんと、いつもの時間の10時絡まりに、子供たちを返してよこした。なのに、なんで今日はそれができないわけ?」

ビクトルはウンザリしながら「はぁー!」と、わざとらしく溜め息をついた。

「君はどうしてもシュエと戦いたいらしいね。いいかい?ここで僕が何か言えば、彼女は十中八九、戦闘モードで何か言い返してくるよ。それに今、彼女は長期出張に出かけようとしてる。今の所は、なんだかんだ言いつつも、留守中の子供たちの面倒は、マックスに見させると言ってるんだ。それなのに、今彼女を怒らせたら、ご機嫌損ねて僕に面倒を見ろ!って言ってくる可能性だってあるんだよ?それでもいいの?」と、ビクトルが捲くし立てた。

「私は構わないよ。子供たちの面倒を見るのは別に問題ないし、シュエが戦闘モードになってギャーギャー言ってきたら、1人で吠えさせておけばいい。もしまたいつものように、怒りに任せて、最初に言ってたことをコロッと変えて、私たちに子供たちの面倒を押し付けたとしたら、それはそれで、弁護士に報告できる恰好のネタにもなる。私は彼女と喧嘩したいわけじゃないの。彼女の無責任な暴走を食い止めたいの。気にすべき問題はそこでしょう?」

私がそう言うと、ビクトルは黙った。

 

「今まで、“金曜日の学校が終わった時間から、日曜の夜の10時までは、シュエが親権を持つ時間”って、私たちはもう何年もやってきた。それはたとえ契約書に載ってなくても、何年もやってきた習慣で、暗黙のルールでしょう?だからシュエだって、タクシーだろうが誰かの車だろうが、いつも10時絡まりに子供たちを返して来てた。なのに、今回は違う。金曜は金曜で、子供たちとしばらく会えなくなるからって、学校にまで迷惑かけて子供たちを早く引き取って、今日は今日で、マックスの車が壊れたとかなんとかバカみたいな理由つけて、早く返してよこすって、何なの?自分の都合で、また勝手に新しいルールを作って、自分に都合のいい抜け道作ろうとしてるじゃない。前もたくさん2人で話してきたけど、だから私たちは時々、彼女のこういう基本的なルールも全うできない、親としての責任も全うできないことを、尻を叩いて躾けなきゃならない。バカみたいだけど。その時が、今、またこの瞬間に来てるんだよ。今、もしあなたがシュエに返事をしない、シュエの尻を叩かなかったら、また近いうち、同じことを繰り返されるよ?同じことだけじゃない、それ以上の要求もしてくるよ?それでもいいの?」

 

これを許せば、同じことを繰り返される、いや、それ以上の要求をされるであろう点については、ビクトルもその可能性を否定することはできないようだった。

ビクトルは、ムスッと黙ったまま、立ち上がってテーブルの上の携帯をかっさらうように取ると、ソファにドカッと腰を下ろした。

そして、「わかったよ!返事すればいんだろう?あぁもう、どうして女の人ってのは、こうも言い争いしたいもんかねぇ。」と言い、返事の文章を打ちこみ始めた。

 

イライラしながら携帯に文章を打ちこむビクトルを無視して、私は別のことを考えていた。

というのは、なぜ今回に限って、シュエはそんなにまで子供たちを早めに私たちの元へ返したいのか、ということだった。

シュエの子供の育て方は、ハッキリ言って、おもちゃと同じだ。

自身が恋しくてたまらない時は、これでもかというほど、その溺愛振りを、子供たちと私たちに見せつける。

でもその一方で、何とも思っていない時、億劫な時は、さっさと手放す。

今回、シュエは、間もなく長期出張を控え、1カ月以上子供たちと会えなくなるのだから、いつもならば、10時を思いっきり過ぎた頃に子供たちを送ってよこすぐらいしてもおかしくない。

現に、今までも、シュエの出張前にはそういうことが何度かあった。

しかし今回は、マックスの車の故障を理由に、子供たちを一刻も早く手放したいような雰囲気を感じる。

車の様子を、そうも事細かくビクトルに報告してくる辺りも怪しい。

車の故障は建前で、実は何か別の、真の理由があるのだ、そう思わずにはいられなかった。

この時の、私の予感は、後に子供たちが帰って来てから的中することとなる…。

 

「できたよ!これでいい?」と、ビクトルが唐突に言い、返事の文章を読んで聞かせてくれた。

「子供たちが帰って来るのは問題ない。でも今までにも、時間通りにタクシーで返してきたこともあったのに、どうして今日はそんなに早く返してよこすんだ?僕たちにだって予定があるんだから、急に時間を変更されても困る。こういうことはやめてくれないか。」

ビクトルは、その文章を返信すると、「さあ、続きを見よう!」と言って、映画を再開した。

 

映画を再開して間もなく、再び携帯が鳴った。

ビクトルはイライラを爆発させんばかりに、リモコンを乱暴に取り、一時停止ボタンを押した。

そして携帯を手に取って、「ほらね。戦争勃発だ。」と言った。

受信したショートメッセージは、もちろん予想通りシュエからで、嫌みたっぷりのメッセージだった。

 

「誰かさんが車を持っていないから、私が毎週こうして子供たちの送り迎えをしてあげてるんでしょう?文句言う前に、お礼の1つも言ってほしいもんだわ!」

ここまで読んで、私は思わず苦笑した。

毎週末、どうしてシュエが金曜日に子供たちを迎えに行き、日曜日に送り返さねばならないか、それはまだこのルールが確定していなくて揉めていた頃、最終的にシュエが言い出したことだった。

子供たちは、ほぼ毎週末、マックスの実家のある村で過ごす。

今ではその村にある中国語のレッスンにまで通っている。

だが、だからと言って毎週ちゃんちゃんその村に行っている訳ではない。

時には、シュエの家がある市内で週末を過ごすこともあるのだ。

だから、「私たちが送り迎えをします!」と、シュエが言い出したのだ。

新居に引っ越しをした時、「ビクトルが襲いに来るかもしれないから怖い!」と言って、ビクトルに新しい住所を教えたくないと、弁護士を交えてバカみたいに騒いだこともあったくせに、このショートメッセージでは、ビクトルに子供たちの送り迎えをさせたいのが見え見えな言い方ではないか。

さらにツッコませていただくとしたら、車を運転できるのはマックスで、実際に子供たちを車で送迎しているのもマックスだ。

シュエ、お前じゃない。

 

ショートメッセージの最後には、「文句があるなら、あなたのその有り余るお金で、また弁護士に手紙でも書かせて送って来たらいいわ!」と書かれていた。

この文章には、私だけでなくビクトルも笑った。

これは、シュエが攻撃してくる時の、常套手段の1つなのだが、なぜかシュエは、実は彼女が今最も恐れていることを、こうして脅し文句のように、自ら予め言う。

 

あれだけ「言い争いはしたくない!」と言っていたビクトルだったが、シュエからのこの返事で変な火がついてしまったようで、怒りに任せて早速返事を打ち込もうとしていた。

私は「待って待って。ここでシュエのゲームに交ざっちゃダメだよ。」と、慌ててビクトルを止めた。

シュエの土俵に一緒に立ってしまってはいけないのだ。

そして、「何か返事をしたいのなら、そうだなぁ。よし、シュエにはまたしばらく不安にせておけばいいんじゃない?」と考え、「考えておく。」とだけ、返信することにした。

会話の流れから行くと、「考えておく」のは、再び弁護士を使うことかもしれない。

でも、何について「考えておく」のかは明らかにしていないから、何か別のことかもしれない。

いずれにせよ、この一言だけでは、シュエはきっと、ビクトルが何について「考えておく」のかわからず、不安になって今後はもう少し自身の行動に慎重になるだろう、そう考えたのだ。

 

ビクトルが「考えておく。」と返信すると、再びすぐさまシュエから返事が来た。

内容は、「ハハハハハ!」と笑う文章のみだった。

これもシュエの典型的な反応の1つだ。

彼女はこれ以上、不注意なことは何も言えない。

でも、自分は屁でもないというところを、ビクトルに見せなければならない。

だから、笑い飛ばす振りをする。

私たちはそれ以降、シュエにメッセージを送るのをやめた。

ここから先は、それこそ無駄でバカバカしい言い争いになるのは目に見えていた。

 

時計を見ると、6時50分。

「さぁ、もういい加減、映画を見よう。」

ビクトルがそう言って、もう何度目かわからないけれど、再びDVDを再生した。

 

そして、ようやく映画の世界に入りかけた7時ちょっと過ぎ、階下のゲートの呼び鈴が鳴った。

ビクトルと私は、「はぁ~あ!!!」と声に出して溜め息をつき、再びDVDを一時停止にするのだった。

 

 

■本記事シリーズのタイトルは、映画「惨劇の週末」(2000年公開、スペイン)をモジって使わせていただきました。
本シリーズの内容と映画は、一切関係ありません。