梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

おにいちゃんのリベンジ

しれっと9月が始まって、8月のビクトルの親権期間が終わった。

先週の金曜日から、子供たちはまた、週末をシュエ家族と共に過ごす日々が始まった。

 

日曜の夜、ビクトルとリビングで「進撃の巨人」を見ていると、階下のゲートの呼び鈴が鳴り、子供たちが帰って来た。

子供たちは、1カ月ぶりの母親家族との再会を十分楽しんできたようで、帰って来るなり、ビクトルに争うように週末の出来事を話して聞かせた。

 

月曜日になり、火曜日になり、再び我が家での普段の生活に戻り始めた頃になっても、アーロンとエクトルは、週末の話をぽつりぽつりと思い出しては、私とビクトルに話すのだった。

 

大方話してくれるのは、シュエ家族との、ごくごく普通の、平和で微笑ましい一幕なのだが、これから話す2つの出来事は、毎度お馴染みのごとく、私たちに衝撃を与えてくれた。

今日は、その話を書こうと思う。

 

ある日、皆でお昼ご飯を食べている時に、話の流れで動物やペットの話になった。

「そういえばね、今、ママん家でオウムを飼い始めたんだよ!」

唐突にエクトルが、また週末の出来事を話し始めた。

ある日、シュエの家のテラスに、1羽の色鮮やかなコンゴウインコ的な鳥が迷い込んできたそうだ。

それを、シュエの現夫マックスが捕まえて、飼い始めたらしい。

「あぁ、それからね…」と、アーロンが思い出したように話し始めた。

「前にママが飼ってた犬、2匹いたでしょう?あの犬たちが今、どうなったか知ってる?」

 

シュエが飼っていた2匹の犬とは、前記事「もうひとりの息子」でも少し触れたが、以前、シュエが飼っていたトイプードル的な黒色の小型犬と、これまた真っ黒なレトリーバーのことだ。

ある日突然、シュエがこの2匹を飼いだして、シュエが…というよりは、専らマックスと動物好きのアーロンがかわいがって世話をしていた。

数年前、私の友人が、はるばる日本から私たち家族に会いに来てくれて、「みんなでカフェに行こう!」と街に繰り出していた際、2匹の散歩中のシュエとマックスにばったり会ってしまったことがある。

その時に、私もその犬たちを見た。

しかし、異父兄弟のフアンが生まれた直後、これまた突然、シュエが犬たちを手放すと言い出した。

家族同然で長年かわいがっていた犬たちを手放すことに、マックスは当然反対して、2人はしばらく口論が絶えなかったらしい。

また、それを知ったアーロンも、シュエに激しく抵抗したのだが、「アンタが全然世話をしないから、こういうことになったんでしょ!散歩にも連れて行かないくせに!」と、アーロンは想定外の理由で叱られるハメになり、誰もシュエを止めることはできなかった。

前記事でもお伝えした通り、アーロンはこの件については、「週末しかママの家にいられないのに、僕が散歩に連れて行かないから手放すって、ホント意味わかんないよ。」と、未だに解せないでいる。

 

結局、その犬たちは、それぞれ新しい里親たちへ引き渡されてしまった。

里親は、どう探したのかは不明だが、どうやらシュエが探したらしい。

 

さて、アーロンが話したかったのは、その犬たちのその後の出来事だった。

「マックスがね、犬たちを手放した後も、里親たちと連絡を取り合っていて、時々会いに行ってたんだってさ。それでね、先月(8月)、マックスがまた里親たちの家に行って、犬たちに会おうとしたんだって。」

マックスがどれほどあの2匹の犬たちをかわいがっていたのかと思うと、よそ事ながら胸が痛い。

 

「そしたらね、小さい方の犬は、盗まれていなくなっちゃったんだって。」

えーーーーーーーーー!!!

 

「それでね、今度は大きい方の犬の里親の家に行ったんだけど、大きい方の犬は、ある日里親の家から抜け出して、今、行方不明なんだってさ。」

えーーーーーーーーーーーーー!!!!

 

もう、ビクトルも私も、言葉がなかった。

ビクトルが「お前たちの母親は、どんな人たちを里親に選んだんだ…?」と、絞り出すようにボソリと言うのみだった。

それを聞いてアーロンは、「マックスもそう言って、ママと喧嘩したみたい。マックス、あんまり詳しく話してくれなかったけどね。」と言った。

私は、その時ベランダでくつろいでいた我が家の猫の助を、思わず抱きしめに行きたくなった。

 

盗まれてしまった小型犬の方は、もう、盗んだ人なり、誰なり、その後飼い始めた人が、その犬をどうかかわいがって育ててほしい。

そう願うばかりだ。

里親の家から抜け出してしまった大型犬は、とにかく無事に、今でもどこかで生きていてほしいけれど、あの犬はレトリーバーだから、おそらく賢いと思うのだ。

賢いということは、おそらく、シュエ家族の元に戻りたくて、里親の家を抜け出したのでは?

そう考えると、本当に胸が張り裂けそうになる。

だって、シュエ家族は、今はもう引っ越してしまって、あの犬たちが一緒に暮らしていた時の家には住んでいないのだから。

 

「ねぇ、シュエって前にも小型犬飼ってたよね?」

昼食を終えて、ビクトルと2人で食後のお茶を飲んでいる時、私はビクトルに聞いた。

ビクトルとの別居時代、一時期シュエが中国に長期出張していた際、「子供たちに会えなくて寂しいから。」という理由で、これまた黒のトイプードルを飼い始めた。

しかし、飼い始めて間もなく、その犬は死んでしまった。

シュエは「病気で死んだ。」と、ビクトルや子供たちに話した。

「あぁ、あぁ、そうだった。犬も飼ってたけど、猫も飼ってたことあったんだよ。」と、ビクトルが言った。

猫は初耳だった。

「まだ生まれたばかりぐらいの、小さい子猫を、ある日どこからか手に入れてきて、別居してる家で飼い始めたんだ。でも、ある日、シュエが僕のところに電話をかけてきてさー、何事かと思ったら、“猫がフーッ!って威嚇して、怖くてキッチンに入れない!助けて!”って。もちろん、断ったよ。バカらしくて。」

そう言って、ビクトルは鼻で笑った。

「それから間もなくして、その猫も誰かに貰ってもらったらしい。」

その話を聞いて、私は心から溜め息が出た。

彼女のペットの飼い方を知れば知るほど、中国で飼っていたトイプードルだって、もう今となっては、本当に病死だったのかどうかも怪しくて仕方がない。

 

「ホントにもう…。子供たちに良い教育してくれてるよ、まったく…。」

そう皮肉を言って、私はただただ溜め息をついた。

ちょうどエクトルが、水を飲みにキッチンに戻って来たので、ビクトルはエクトルを捕まえた。

そして、「エクトル、いいか?動物を飼うってことはな、その動物の一生に責任を持つということだ。わかるか?一度飼い始めたら、その動物が死んでしまう時まで、世話をし続けなければならない。もう興味ないから、ハイ、誰かにあげますよ♪ではダメなんだぞ。」と諭した。

エクトルは、「うん、うん、わかってる!じゃあねー!」と軽い返事をすると、テレビを見に行ってしまった。

私とビクトルは、また深い溜め息をつくのであった…。

 

別の日の午前中。

ビクトルはキッチンのテーブルで書類作業をしていて、私はお昼ご飯の用意をし始めていた。

そこにアーロンが現れて、しばらくビクトルの作業を見ていた。

“書類”、で、思い出したのだろう。

アーロンが「あのね…、」と話し始めた。

 

9月から、異父兄弟のフアンが、保育所に入るらしく、この週末は、シュエが入園のための書類を揃えていたそうだ。

書類の1つに、担任の先生へ我が子について予め伝えておかなければならないようなことを書く、いわゆる手紙のような物があったらしく、シュエはその手紙を書いていた。

書き終わってから、シュエはアーロンを呼び、文章に間違いがないか添削してくれと頼んだそうだ。

アーロンがその手紙を読むと、気になる一文があった。

「この子はとても頭が良く、上の2人の兄たちよりもダントツに優秀です。」という文だった。

アーロンはちょっとカチンときて、シュエを呼び、「何この文章!僕とエクトルがバカってこと?」と文句を言うと、シュエはシレっとした表情で、「だって本当のことでしょう。アンタやエクトルがフアンぐらいの歳の時に比べると、フアンは本当に賢いわ。」と答えて、去って行ってしまった。

アーロンは本格的に腹が立ち、母親に仕返しをしようと思ったそうだ。

「僕からのリベンジさ!」と、アーロンは息巻いた。

 

「それで?どんな仕返しを思いついたんだ?」

ビクトルがワクワクしながらアーロンに聞いた。

「あのね、ママの文章、スペルミスとか間違いがたくさんあったんだ。だけど、僕は半分しか直してあげないことにしたんだ。それで、半分だけ間違いを直してあげて、“はい、終わったよ。”って、ママに渡したんだ。」

その後、シュエは、その書類をスキャンして保育園へメール送信しようとしたのだが、寸でのところでアーロンがきちんと添削してくれていないことに気が付き、アーロンを呼んで叱った。

 

「それで?それで?ママにとどめを刺してやったんでしょうね?“あぁゴメン、ゴメン。だってママが言う通り、僕はフアンより賢くないからね。”とかなんとか、言ってやったんでしょう?」

私とビクトルは、もうすでに身を乗り出すほど興味津々で、アーロンから「うん!そう言ってやったさ!」の言葉を今か今かと待ち受けながら、アーロンの次の言葉を待った。

 

「あぁ~。そう言ってやればよかったのか~。」

アーロンのその言葉に、私とビクトルは崩れ落ちた。

シュエに叱られて、アーロンの復讐劇はあっけなく幕を閉じたらしい。

「ばっかだなぁ~。そういう時は、“じゃあ、僕よりも賢いフアンに見てもらったらいい!”とか言ってやればいいのに~。」

ビクトルが言った。

 

冗談はそこまでに、私はその後しばらく、シュエが担任へ書いた手紙について考え始めた。

私が突然黙り始めたので、ビクトルが「“下の子がアーロンやエクトルよりも賢い”なんて書く辺り、おそらくものすごく遠まわしな、僕への当てつけだろう。」と、話し始めた。

もちろん、ビクトルへの当てつけ的な意味も含まれているに違いない。

シュエお馴染みの、“見て見て!私、今がとーっても幸せ!昔のことなんて忘れたわ!”アピールだということは、言うまでもない。

しかし、私が考えていたのは、そういうことではなくて、この人は、なんて哀れな人なのだろうということだった。

そんなことを書いて、それをまさかのアーロンに見せて、この文章で一体誰が幸せになるのだろう。

よりによってアーロンは、心情の些細なことに敏感だ。

「あぁ、ママはもう僕には何の期待もしていないのだな。」なんて、万が一アーロンが勘違いしてしまったら、母親としてこの先どう責任を取るのだろう。

 

それからもう1つ。

保育園は、幼稚園入園前の、まだ言葉もままならない乳飲み子のような小さい子供が入る所。

そんな乳飲み子たちが、初めて親から離れて入園するのだから、担任はいざという時のために、子供たちの特徴を予め知っておかなければならないのだと思う。

母親が担任に伝えておかなければならない我が子の特徴とは、例えばおそらく、食物アレルギーの有無だとか、歳のわりにまだ歩くことができないだとか、逆に走り回るので注意が必要だとか、熱を出しやすいとか、癇癪を起しやすいとか、そういうことだと思う。

そのぐらい、実子がいない私でさえも予想がつく。

「2歳未満にも関わらず、もう字が読めるので、今後のために本人に読書をさせてください。」なーんていう話ならともかく、「上の2人の兄たちよりも賢いです!」だなんて、そんな個人家庭尺度の話で、これが今後担任にどう役に立つというのだろう。

下の子が賢いどころか、母親の己の頭の悪さをひけらかしてどうするのだろうと、ほとほと呆れてしまった。

 

ま、私には関係のない話っちゃ話なんだけど。

 

ところで、我が家の“下の子よりも賢くない”子供たちは、ようやく今日から新学期が始まった。

アーロンは中学クラス2年生になり、エクトルは小学クラス3年生になった。

 

“賢くない”なんて言われないように、新学年も頑張れよ!アーロン!エクトル!

 

 

■本記事のタイトルは、映画「おにいちゃんのハナビ」(2010年公開、日本)をモジって使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。