梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

日曜の儀式 2

1話完結にするつもりが、to be continued…にしてしまいました。

 

前回までのお話は、コチラ

 

 

さて、先日の日曜日、ビクトルの前妻シュエとその夫マックスは、子供たちは返してくれたものの(当たり前か)、平日の間に子供たちが最も必要とする制服を忘れ、持って来なかった。

いつもならば、「だから何よ!」とばかりに堂々と開き直って、ビクトルの前に現れるはずのシュエが、今回はなぜか、車の陰に身を潜め、代わってマックスがビクトルに謝罪と説明をした。

マックスはビクトルに「明日の夜、届けに伺います。伺う前に1本、電話を入れます。」と言っていた。

 

そして、翌、月曜日。

 

学校へ子供たちを迎えに行く道すがら、私は昨夜のシュエの様子をビクトルに話した。

シュエが車の陰に隠れていたと聞いて、ビクトルはほんの一瞬だけ、驚いたような顔をしたが、その後は普通の表情に戻った。

「でも、なんでシュエは今回、あんなふうに車の陰に隠れてたんだろう。」と私がつぶやくと、ビクトルが言った。

「そりゃ、僕が怖いからだろう。bro-faxの件もまだ終わってないし、ここでミスってこれ以上僕を怒らせちゃいけない、僕を有利な立場に置くわけにはいかないって、わかっていながらの今回のミスだ。いつも無鉄砲な彼女だけど、今回ばかりは慎重に穏便に済ませたいから、マックスを使ったんだろうよ。」

なるほど。

bro-faxの件が、思わぬところで力を発揮しているというわけか。

 

夜になった。

9時を回っても、誰も来なければ、誰からも電話が来なかった。

業を煮やした私が、「ねぇ、マックス来ないじゃん。もう9時だよ?ちょっとふざけてない?嫌なのはわかるけどさ、マックスに電話してみた方がいいと思うんだけど…。」と、ビクトルに言った。

ビクトルは、少しイラついて「わかったよ!」と言うと、早速マックスに電話をかけた。

が、マックスは電話に出なかった。

私に言われてイラついていたビクトルだったが、マックスが電話を取らないことで、イライラはあの夫婦に向けられ始めた。

ビクトルは、マックスにショートメッセージを送ることにした。

スマホでメッセージを打ち込んでいるビクトルの傍に座り、私は「ていうかさー、マックスに確認取るって、おかしくない?こういうのは、母親の出番でしょうに。“責任感のある”母親はどこに行っちゃったわけ?」と、指で皮肉のジェスチャーをしながらブーをたれた。

「30分待ってみよう。それでも何も返事が来なかったら、シュエにショートメッセージを送ってみるよ。」と、ビクトルが言った。

 

9時半になった。

が、依然、誰からも連絡は来なかったので、ビクトルがシュエに少しキツめのメッセージを送った。

けれど、10時になっても、誰からも返事はなかった。

「ダメだ、あいつら。もう今日は来ないよ。こんなに待ってもシュエから返事が来ないってことは、彼女はたぶんこのまま無視を貫くつもりだね。」

一応、シュエと長年連れ添った経験のあるビクトルは、こういう時の彼女の動向はよく知っていると話した。

 

子供たちを寝かしつける時、ビクトルの愚痴が炸裂した。

「昨日マックスが、“月曜日に制服を届ける。その前に電話をする。”って言ってたの、覚えてるだろう?時計見てみろ。もう10時だ。マックスもお前たちのママも、まだ電話すらくれないし、誰も返しに来ない。9時と9時半に2回、パパから連絡を入れたけど、未だに誰も返事をしてくれないんだ。すごいと思わないか?」

子供たちは、ただただ静かに聞くのみだった。

 

「昨日の夜、マックスと話していた時、ママが車の陰に隠れているのを見たんだ。パパはバカじゃないからね。そういうのもちゃーんと見てたさ。」

昼間、私が報告した件を、ビクトルはうまく使った。

「なんでママは、あの時車の陰でコソコソしなきゃならなかったんだと思う?」と、ビクトルが子供たちに問いかけた。

長男のアーロンが、「ママ、制服を忘れたのをパパに怒られると思って、怖がってたんじゃない?」と言って、フフッと笑った。

「そうだな。きっとそうだと思うよ。昨日彼女は、パパに怒られると思って、自分は隠れて、マックスに話をさせた。そして今日も、パパのメールには返事もしない。お前たちのママは、いつもこうやって、小さなつまらない出来事を悪化させる天才だ。いいか、これはお前たちがパパに怒られる時とまったく同じなんだぞ。何か間違いをしてしまった時、その時正直に訳を話して“ごめんなさい”と言ってくれれば、パパは無駄に怒らなくて済むのに、間違いを隠すためにウソを付いたり、ごまかしたりするから、パパはもっと嫌な気持ちになって、結局最後にはたくさん怒らなくちゃならない。昨日の夜、パパはちっとも怒ってはいなかった。誰だって、時にはミスをするからね。マックスが“明日返します。電話します。”って言ってくれたし、何も心配してなかったんだ。でも、マックスにはこうして約束を破られて、ママに聞いてもちっとも返事してくれなくて、今週、お前たちが制服を着れなかったら、どうするんだ?」

子供たちは、ただただ黙ってビクトルの話を聞くしかなかった。

 

子供たちが寝る支度をしている間、私たちは一旦その場を後にした。

「でも、どうして今日誰も来なかったんだろう。制服届けなきゃならないこと、2人共すっかり忘れちゃってたのかなぁ。それとも何かあったのか…。」

そこまで言って、この日の夕飯の時、子供たちが教えてくれたことを、私はふと思い出した。

彼らの弟にあたる、シュエとマックスの間にできた子供、フアンが、実はここ2週間近く、具合が悪かったらしいのだ。

熱があって何度か嘔吐もしていたらしい。

「フアンは僕の服の上にも吐いちゃって、僕、服を全部取り替えなくちゃならなかったんだよ~。」と、エクトルが愚痴っていた。

週末にはすっかり元気になっていたと、子供たちは言っていたけれど、フアンはまだ幼いし、そんなに長い間具合が悪かったのならば、再びぶり返しても不思議はない。

フアンがまた具合が悪くなったとしたら、今日マックスが制服を届けに来れなかったのも頷ける。

このことをビクトルに話すと、ビクトルは再び子供部屋に戻り、「お前たちの弟が病気だったのか?」と聞いた。

子供たちは「うん。そうだよ。でも週末は元気になってたよ。」と、私に話してくれたことと同じことを説明し始めた。

「それじゃあ、もしかしたら、また具合が悪くなって、ママとマックスが看病しているのかもしれないな。だから今日誰も来れなかったのかもしれない。」

ビクトルがそう言うと、子供たちからとんでもない返事が返ってきた。

 

「看病してるとしたら、それはママとマックスじゃなくて、マックスのお母さんだと思うよ。だって、昨日、ママもマックスも“仕事で世話ができないから”って、フアンをマックスのお母さんの家に置いて帰って来たから。」

 

えぇぇ???

 

ビクトルと私は、開いた口が塞がらなかった。

「お前たちのママは、本当にすごいな。子供を作るのも得意だけど、子供を誰かに育てさせるのも得意なのな。」

ビクトルがかろうじて子供たちに皮肉を言った。

私は、とにかく驚くしかなかった。

 

その後、ビクトルと私は、近所の中国人の店に、ビールを買いに出かけた。

道すがらで、私たちはもう一度、今夜の出来事を話した。

「明日になってもまだ誰からも連絡が来なかったら、シュエに正式にクレームのメールを書くよ。」と、ビクトルが言った。

 

その時、ビクトルの携帯が鳴った。

マックスからの着信だった。

ビクトルが、少しイラッとした声で、「はい。」と電話に出た。

 

電話でマックスは、今日来れなかったこと、電話をできなかったことを詫びた。

なんでも、つい今しがた仕事が終わったばかりだそうで、電話をすることができず、ビクトルの着信にも答えることができなかったらしい。

「それで…」と、マックスが続けた。

「それで…、制服を届けに行く日ですが、明日はちょっと無理なので、水曜日でもよろしいでしょうか?水曜日の朝なら、伺うことができます。」

す、水曜日…???

「ちょっと待ってください。水曜日の朝で間に合うかどうか、妻に聞いてみないとわからないので…。」と、ビクトルがマックスに言って、電話口を手で押さえ、「どうする?水曜日でも間に合うかな?」と、私に聞いた。

 

シュエとマックスが今持っているのは、アーロンのポロシャツとスラックス、エクトルのはジャージだ。

エクトルは、今月から特別時間割で、体育は金曜日のみなので、まったく問題ない。

でも、アーロンのポロシャツとスラックスは、火曜と木曜、そして金曜日に必要になる。

子供たちの制服は、それぞれ2着ずつあるのだが、アーロンにスラックスを洗わずに数日履かせたとしても、ポロシャツに関しては、毎日汗だくで帰って来るので、洗わないわけにはいかない。

う~ん…と、頭の中に洗濯のスケジュールを早回しで巡らせ、「少なくとも、アーロンの制服に関しては、悪いけどそちらで洗濯してから返してくれれば、いける!」と、答えた。

ビクトルが、「妻が言うには、申し訳ないけれど、少なくともアーロンの制服は洗濯して返していただければ、大丈夫そうです。」と言うと、マックスは「こんなに遅らせてしまったんだ。アーロンだけでなくエクトルの制服ももちろん洗濯してお返しします!」と言った。

最後にマックスは再び、「すみませんでした。」と謝り、「もう2度と、このようなことは繰り返しません。」と言って、電話を切った。

まるで叱られた子供のようだと思った。

 

それにしても…、「私の夫を巻き込まないで!」だとか、「子供たちの件は、私とあなたが責任持って対処すべき!」だとか、事あるとあんなにビクトルに息巻いていたシュエが、こうも見事に手のひらを変えて、マックスを矢面に立たせるとはと思うと、呆れた。

ものすごく小さな可能性として、もしかしたら、「お前は関わるな。」と、マックスが今回の件にシュエを介入させなかったのかもしれない。

いずれにせよ、シュエが出しゃばってこなかったおかげで、今回の件は事なきを得たが、日頃あんなに大口を叩いていたシュエが、こうも沈黙を通すとは、おかしい話だけど、なんだかちょっとガッカリした。

 

今朝、マックスは、約束どおり、制服を返しに訪れた。

でも、マックス、ごめんなさい。

実は、今週だけ、アーロンの時間割が特殊で、木曜と金曜はジャージなんですって。

私も昨日の夜知ったの。

せっかく洗濯してもらったけど、今週はもうポロシャツとスラックスは必要ありませんでした。

 

ちゃんちゃん。

 

 

■本シリーズのタイトルは、映画「秘密の儀式」(1968年公開、イギリス)をモジって使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。