読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

裁きは終りぬ ~反撃編~ 3

【前妻のこと】 【前妻のこと】「裁きは終りぬ」シリーズ

前回のお話「裁きは終りぬ ~反撃編~ 1」は、コチラ

前回のお話「裁きは終りぬ ~反撃編~ 2」は、コチラ

 

 

水曜日。

とうとうシュエが、ビクトルの弁護士に返事のメールを返した。

そのメールには、彼女の海外出張について詳細に書かれた、何ページにも及ぶ資料が添付されていた。

と同時に、「今後も引き続き、契約書に書かれていることを順守することを誓う。」というような誓約と共に、ビックリするほど大きな文字でシュエの直筆のサインが添えられていた。

 

ところで、シュエのサインは漢字だった。

でも、サインらしく崩しまくりの漢字なので、まったく読めない。

日本の印鑑文化と異なり、欧米では直筆サインの文化だ。

婚姻の手続きをした時、居住許可が下りて身分証明のIDカードを作った時、私ももちろんサインをしたわけだが、その時私は、いつもアルファベットで自分の名前を書いた。

IDカードにもそのサインが印字されているので、おそらく、おそらくだけど、この国に住んでいる限り、私はこのアルファベットのサインで通していかなければならないんだと思う。

サインは、筆跡で個人を特定したりもするので、皆、結構特徴的に書いている。

グルグルッと丸を書いた上にスラスラーッと名前を書いたり、名前の下にラインをシャーッと引いたりしている人もいる。

それ、ほぼ波線じゃない?っていうような、判読不能なサインの人もいる。

私も本当は、そういう、オリジナリティに溢れたかっちょいいサインを作りたかったのだけど、当時は手続き手続きで、そんなのを考える暇はなかった。

いつも普通に「UMEKO UMENOKI」と書いてしまっていて、役所の人からはよく「わかりやすいサインね。」などと言われたが、もう少し独特なデザインにしたかったなぁと、今少し後悔している。

そう思うと、シュエの漢字のサインは、なるほど、漢字を使うのも中国人や日本人ならではのオリジナリティだなぁと、不覚にも感心してしまった。

 

話が逸れた。

弁護士に転送してもらったシュエの資料とメールを、ビクトルは早速注意深くチェックし始めた。

一言一句、不審な点がないか、それはそれは注意深く読んでいた。

 

私が初めて目にした時は、ちょうど、海外出張の日程などの表や、年間の比率などが書かれているページだった。

2015年春から2016年春にかけての比率のパーセンテージは、31%ちょっと。

出張日数のトータルが、約4か月間だったから、1年の1/3。

こうして改めて数字で見せられると、なんだか思ったよりも少ないんだなというのが、正直な印象だった。

続いて、2012年から2014年にかけての比率が、30%弱。

「そうかぁ、1年の大半を海外で過ごしていた印象があるけど、実際はそうでもないんだぁ。」と、特に何も考えず、ただ数字だけを見て、私はそう考えていた。

bro-faxまで送りつけてクレームしたのは、ちょっと騒ぎ過ぎだったかな…と、少し冷や汗的なものが出てくる気分に陥り始めた。

 

資料の最後の、シュエの宣誓の文章も見せてもらった。

私はこれからも引き続き、契約書に書かれている内容を尊重することを誓います。

…ん?

なんか変だな…と思った。

 

ビクトルは、いくつかツッコみ所を発見していた。

すぐさま弁護士に電話をかけ、「シュエの資料を見ました。」と言うと、早速そのツッコみ箇所を報告した。

ビクトルが見つけた指摘箇所は2つ。

 

1つ目は、2015年春から2016年春にかけての1年間の比率と、2012年から2014年の3年間の比率では、比較にならないということ。

これを聞いた時、中学ですでに数学に挫折した超文系人間の私は、お恥ずかしながら「おぉ、なるほど~。」と初めて気が付いた。

“30%”という数字だけを見て、何も考えず、「あら、意外に少ない…。」と思っただけの私では、きっと気付かなかったかもしれない。

 

シュエは、直近の約1年間を、「13ヶ月間のうちの30%」と計算していて、過去の2012年から2014年については、なぜか「21ヶ月間のうちの30%弱」と計算をしていた。

2014年はなんせ、「妊娠のため、出張を自粛」していたのだから、その期間をカウントしていないのだとしても、じゃあ残りの2年間を21ヶ月間っていうのは、どうしたらそういう月数になるんだろうか。

しかもシュエは、それらの表の下に「以上のことから、契約書更新後1年間の海外出張の比率は、2012年~2014年の時よりも減少していることを証明します。」と説明していた。

同じ年数、月数で比率を出すならともかく、13ヶ月の30%と21ヶ月の30%では、比較にならない。

さらにもっと言えば、21ヶ月間で30%弱だったのが、契約書更新直後の13ヶ月間でもほぼ同じ(正確には1~2%上回っているのだが)30%では、契約書を書き換えた後の方が、海外出張の頻度が増えてないか?

数字がハッキリと教えてくれているのに、「減っていることを証明します!」と、声高らかに反対のことを言うシュエって、本当にすごいと思う。

 

2つ目は、埋め合わせが埋め合わせになっていないこと。

シュエの夫マックスが、子供たちの面倒を見てくれた日を、シュエは「埋め合わせ成立。」としていたが、ビクトルは「これは埋め合わせにはならない。」と指摘した。

 

この件については、以前の記事「裁きは終りぬ ~決戦編~ 2」でも触れたが、弁護士の話によると、本来、シュエが親権を受け持っている日は、ビクトルはビクトル自身の生活を尊重していい日、つまり、シュエが国内不在だからと言っても、シュエの親権日をビクトルが代わりに子供たちの世話をする“権利”はあるが、“義務”はないのだそうだ。

したがって、シュエが自身の親権日に国内不在の場合、代わりに夫のマックスが子供たちの面倒を見るのは、埋め合わせでも何でもなくて、単に自身の親権日を、自身の解決策でもって、ビクトルの邪魔をすることなく全うしたに過ぎない。

例えば、ビクトルと私が、もし、たまたまその日は2人で外出しなければならないとして、シュエの助けは借りずに、友人や親戚にお願いして、一時的に子供たちのシッターをしてもらうのと同じことだ。

 

…というか、シュエは、そもそも“誰に対する埋め合わせ”なのかを、わかっていない。

「とにかくビクトルに埋め合わせしなくては!!」と思っているが、そうじゃない。

アンタは子供たちに埋め合わせしなくちゃならないんです!

 

「僕から指摘したい点は以上です。」と、ビクトルは弁護士に告げた。

弁護士は、「その指摘箇所は、もっともだわね。了解。それじゃあ、後日私から再度シュエに返事を送るから、今回見つけた矛盾点を追及した文章を、また一緒に考えていきましょう。」と言い、とりあえず電話は終わった。

 

ビクトルが弁護士に電話をした後、私たちは近所のカフェにコーヒーを飲みに出かけた。

2人共息抜きしたかったのと、シュエの資料の件と、電話で弁護士と話したことを、ビクトルが私にもう一度詳しく話して、2人でおさらいをしたかったからだ。

 

電話で弁護士は、「シュエがこれほどまでの資料を用意して来たということは、それだけbro-faxが彼女にとって脅威だったということよ。私の経験から言うと、これは良い兆候だと思うわ。」と、ビクトルに話したそうだ。

「あんなに資料を作って、“私はそんなに海外出張してません!”っておそらく言い訳したんだろうけど、結局最後には“契約書の内容を尊重し続けます。”って、サイン付きで宣言してるんだから、あの資料はただのシュエの負け惜しみだよ。本当に素直に“はい、わかりました”って言えない人だよ。」と、ビクトルは鼻で笑ったが、そんな余裕のビクトルを見て、私はなんだか胸騒ぎがしていた。

 

「ビクトル、あのシュエの誓約文だけど、あれ、たぶん、シュエは私たちがbro-faxで要求したことには同意してないと思うよ。回りくどーく、NOって言ってると思う…。」

私がそう言うと、ビクトルは驚いて「え?同意してるでしょ。弁護士もそう言ってたし…。」と、動揺し始めた。

 

そう。

あの詳細な資料はまさしく、「ほら見てよ!私はそんなに海外出張してないんだってば!」と、シュエが言い訳をしたくて作った物に違いない。

ということはつまり、シュエは、今回の私たちの要求云々の前に、ビクトルの弁護士に身の潔白を主張したいのだ。

エベレスト級にプライドが高いシュエが、弁護士を相手にしてまでも、そう簡単に自ら屈するだろうか?

そして、最後のページには「私はこれからも契約書の内容を順守し続ける」と宣言していた。

今回bro-faxで私たちがシュエに要求した内容は、契約書の内容に基づいてはいるが、例えば出張前には会社からの書面も提出しろだとか、誰が子供たちの面倒を見るか解決策を考えた上でビクトルにお伺いを立てろだとか、そんな細かいことまでは書かれていない。

シュエは変なところで賢い。

もしここで、シュエは要求を呑んだと勘違いして「お返事ありがとう♪それじゃこれからもよろしくね~♪」なんて返事をしてしまったら、シュエは契約書の内容は守るだろうが、bro-faxで要求したことは放棄する可能性が高い。

そして後で「もしもし?全然約束守ってないじゃん!」とこちらが再度文句を言っても、後の祭りだ。

「はー?守ってますけど?契約書を。私が誓約したのをそちらも受け入れましたよねぇ?」と言われてしまったら、もうこちらからは何も言えなくなってしまう。

 

あの、詳細な資料と誓約文は、言い訳しながらも同意しているように見せかけて、実は「私は何も間違ったことはしていない!だから、これからも契約書通りに、いつも通りにやらせていただきます!」という宣言なのではないだろうか。

「何これ?bro-fax?こんな要求呑んでたまるか!」とは、さすがに弁護士に言えないから、オブラートを何重にもして包んだ、シュエの抵抗なのだと、私は考えた。

 

「…というわけで、こういうタイプの人間は、鼻を完璧にボッキボキにへし折ってやった方がいいと思う。あなたが見つけた矛盾点の指摘と一緒に、“それで?要求は呑むの?呑まないの?ハッキリ言ってくれない?”ってツッコまないと、最後に泣くのは私たちになるよ。」

私がそう説明すると、ビクトルは納得がいかないというような、そこまでしないとダメなのかよというような、とにかくぶすくれた顔で、「わかったよ。後で弁護士に電話しておくよ。」とだけ言った。

「相手はシュエだよ?彼女の口から“同意します”とか“はい、わかりました”って言葉が出ない限り、せっかくのbro-faxがただの紙切れになるよ?私たちに勝利はないよ?」

私がダメ押しすると、「わーかったってば!」と、ビクトルがイライラし始めた。

 

家に戻ると、ビクトルは早速弁護士に連絡を取り、「あの宣誓文は怪しい。bro-faxの要求に対してYESと言っていない可能性がある。」と伝えた。

弁護士は、「わかったわ。それじゃあその点も含めて、返事の文章を考えてみるわ。」と言った。

 

2日後の金曜日、シュエは海外出張へ出かけた。

次男エクトルの話によると、今回もまた、シュエはマックスとの間に生まれたフアンを連れて行ったそうだ。

「マックスも、お姑さんのマックスのお母さんも、シュエが孫をそんなに頻繁に飛行機に乗せて飛び回ってることを、何とも思ってないんだろうか…。僕だったらたまったもんじゃないけど。」と、ビクトルは首をかしげた。

 

そして同じ頃、弁護士からビクトルに連絡があった。

「シュエに返す返事だけど、またbro-faxを使いましょう。シュエから貰ってる返事も法的に保護できるわ。」と言った。

 

 

■本記事シリーズのタイトルは、映画「裁きは終りぬ」(1950年公開、フランス)をモジることなくそのまんま使わせていただきました。
本シリーズの内容と映画は、一切関係ありません。