梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

裁きは終りぬ ~決戦編~ 3

前回のお話「裁きは終りぬ ~決戦編~ 1」は、コチラ

前回のお話「裁きは終りぬ ~決戦編~ 2」は、コチラ

 

 

水曜日の朝。

ビクトルが弁護士にbro-faxを送ってくれと頼んだ。

弁護士は、「了解。送り終わったら、連絡するわ。」と言った。

 

その後、私たち夫婦は、暇さえあればずっとこの話題を話していた。

ビクトルも私も、間違いなく予想できることは2つ。

bro-faxを受け取ったシュエは、おそらく訴状と間違えて「また訴えられた!」とパニックになるだろう。

そして、怒りの丈を延々と綴ったものすごいメールを、きっとビクトルに送ってよこすだろう。

次の日曜、子供たちが帰って来る時、シュエは子供たちと共に我が家のゲートの所までやって来るだろうか。

我が家の前で、またシャウト事件を起こすだろうか。

それを阻止するために、シュエでなくてマックスが代わりにゲートまで子供たちを送ってくれるんじゃないだろうか。

万が一のために、イタリアから一時帰国していた甥っ子のエステバンを、日曜の夜に呼ぶことにした。

 

その日、私たちは1日中弁護士からの連絡を待っていたが、弁護士から連絡が来ることはなかった。

翌、木曜日も、まだ弁護士から連絡はなかった。

 

が、昼頃になって、“招かれざる客”から、ビクトルにメールが届いた。

シュエからだった。

ビクトルにも私にも、ものすごい緊張が走った。

「まだ弁護士から連絡はないけど、きっとシュエはbro-faxを受け取ったんだ!」と、半ば恐る恐るメールを開いた。

 

メールには、bro-faxのことはまったく書かれていなかった。

「マックスの親戚から連絡があって、週末に、アーロンがいとこの子と一緒に、隠れてスマホで映画を見てたのを目撃したそうで、その映画が、性的描写の激しい映画だったらしいの。2人で喜んでそのシーンを見てたから、注意した方がいいと言われたんだけど、あなたからアーロンに注意してくれない?私は母親だから、息子にそういうことを言うのは気が引けるし、私の国では性教育に関しては無垢で、私もきちんと学んだわけではないし、全然そういうことには詳しくないから、私からアーロンに注意することはできない。あなたは父親だし、スペインの性教育については詳しいでしょう?こういうことは、父親から指導されるべきだと思うの。」

 

これまたどうでもいいような内容だった。

ビクトルも私も「なんじゃこりゃ。」とズッコケた。

性教育には無垢って!!!

無垢な割には、えらい大胆に離婚のきっかけ作ったもんだ!

思わず爆笑してしまった。

「いや、これは、シュエがbro-faxを受け取ったからこそ、こうやってしょーもないメールを送ってきて、僕の様子をうかがってるのかもしれない。僕からの返事次第で、僕の本気具合を知りたいんだと思う…。」と、ビクトルは深読みまでし始めた。

実のところ、私も判断が付けずにいた。

とにかく、シュエという人は、何を考えているのかわからない。

「何なのよ!あれは!!」と、真っ向勝負で食って掛かってくることもあれば、このメールのように、平気を装ってまるで何事もなかったように、でも、ビクトルの本気度合を知りたくて、どうでもいい内容のメールや電話をかけてくることもある。

 

それにしても、この前の携帯紛失事件にしろ、今回の件にしろ、まぁとにかく、この人はそちらのお宅の事情を、次から次へとこちらに託してよこすなぁと呆れた。

女親が注意できないんだったら、旦那のマックスに頼めばいいじゃんか。

マックスは単なるシッター要員か?

それとも、それこそ、シュエの言葉を借りて言うなら、“お飾り”なのか?

 

そういえば、去年、アーロンがまだ小6だった時、ビクトルのPCを使わせていたら、女の子の裸の画像を検索していたことが履歴で発覚し、まだ小学生だったということもあって、ビクトルが「お前にはまだ早すぎる!」と叱ったことがあった。

それ以来、アーロンは我が家でのPCの使用は、宿題で必要な時以外は、1人で使うのが禁止になった。

だけど、アーロンは、今はもう中学生だ。

中学生ともなれば、異性の体とか、そういうことにどんどん興味が出始めてもおかしくない。

今回の件で問題なのは、もしアーロンが本当にそういう卑猥な映画を見ていたのだとしたら、一緒に見ていたといういとこが、まだ小学生(シュエの話では10歳か11歳ぐらいだという。)だということだ。

アーロンは年上なのだから、自分で判断しなければならない。

そして、もう1つ重要なことは、“だから携帯を持たせるのは早すぎたんだよ!”ということだ。

これは、アーロンに対してではない。

シュエに対してだ。

 

アーロンがまだ小5の頃、「携帯を持ちたい。」と言い始めた。

クラスメートにスマホを持っている子がいて、休み時間や放課後に、その子がスマホでゲームをしていたのが羨ましかったからだった。

我が家では、子供たちを何の習い事にも通わせていない。

学校ではやむを得ない事情でもない限り、携帯を学校に持って来ることを禁止している。

週末、子供たちがシュエの家族といる時は、用があればシュエ経由で連絡もできるし、子供たちに携帯を持たせなければならないような事情は何もない。

それに、アーロンが携帯を持ちたい理由は、もう鼻からわかっていたので、我が家ではこのリクエストは速攻で却下された。

そこでアーロンは、母親にスマホを持ちたいとせがんだ。

子供が何の知識もなく携帯を持つことに害があるかもしれないなんてまったく考えず、ハイテク機器をいち早く子供に持たせることこそが、親の美徳だと思っているシュエは、二つ返事でこれを了承。

こうして、アーロンは難なく自分のスマホを手に入れた。

アーロンは最初、スマホを手に入れたことを、ビクトルには言わずにいた。

しかし、おしゃべりエクトルによって、すぐさまビクトルの耳にも入ることになる。

ビクトルは、アーロンに言った。

「ウチでは、早くても14歳までは携帯を持つことはダメだと言ったよな?ママに買ってもらった携帯は、絶対に家には持って来るな!」

平日、アーロンと秘密の会話ができると期待していたシュエは、これを知って激怒したのは、言うまでもない。

「文明の低い人を父親に持って、あなたたちは本当に可哀想!」と、子供たちに嘆いたシュエが、今は、息子が携帯で卑猥な動画を見ていると、ビクトルに嘆いているから滑稽だ。

 

その日の夕方、アーロンをキッチンに呼んで、シュエからのメールを読ませ、ビクトルの事情聴取が始まったが、そんなこと、アーロンが白状するわけもなかった。

「はぁ?ママ、何言ってんのか意味不明なんですけど。」としらばっくれた。

ビクトルは最後に、「今度の週末、ママに伝えろ。お前がそういう動画を見ようが見まいが、問題は、携帯本来の使い方も知らない子供にそれを買い与えた大人が、無知な子供に携帯を持たせるとどういうことになるか、何の知識もなければ尻拭いもできないことだってな!」

 

アーロンの事情聴取の後、私たちは引き続き、「シュエはbro-faxを受け取ったんだろうか?」、「いや、まだ受け取ってないんじゃない?」と、話し合った。

とにかく、弁護士からの連絡が来ないことには、何も知る由がなかった。

 

そして、やっと弁護士からビクトルにメールが届いた。

「ごめんなさい、遅れちゃって。今日、bro-faxを送ったわ。きっと明日には届くはず。」

 

シュエは、まだbro-faxを受け取っていなかった。

 

ビクトルも私も、それはそれは深い溜め息をついた。

今日の緊張感は、一体何だったんだ?

「とりあえず、明日まで、この緊張は続くってことだな…。」

ビクトルがボソボソと言った。

 

 

■本記事シリーズのタイトルは、映画「裁きは終りぬ」(1950年公開、フランス)をモジることなくそのまんま使わせていただきました。
本シリーズの内容と映画は、一切関係ありません。