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梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

アーロンの偽証 後編

前回のお話(前編)は、コチラ

前回のお話(中編)は、コチラ

 

 

私とビクトルが書斎で話をしていると、子供たちはとっくに夕飯を済ませてしまったようだった。

1人、2人…とキッチンから出てきて、「パパ~!」とビクトルを呼びながら、書斎へ入って来た。

子供たちが来てしまったので、私たちの秘密の会話は、ここで一旦終了した。

 

夕飯の後、子供たちはそれぞれの宿題をキッチンで済ませ、その後、アーロンはビクトルと映画のDVDを見たいと言い出した。

エクトルは、DSでゲームがしたいと言った。

そこで、ビクトルはリビングでアーロンとDVDを見ることにして、私は書斎でパソコンをいじり、その傍で、エクトルをDSで遊ばせることにした。

 

今がチャンスだ!と思った。

さっきビクトルから聞かせてもらった話で、私は、まだ少し謎があると感じた。

この謎を解くのは、今がチャンスだ。

 

「ねぇ、ねぇ、エクトル、知ってた?マックスのお母さんの携帯がなくなったんだってさ。」

私は、ヒソヒソ話をするように、エクトルに訊ねてみた。

エクトルは、「はぁ?何の話?」と顔を歪めた。

「内緒の話なんだけどね。なんかね、マックスのお母さんの携帯がなくなっちゃって、今日、朝からマックスの兄弟やら親戚がたくさん来て、みんなで探したらしいんだけど、どこにも見つからないんだってよ。」と、私は続けてコソコソと話した。

「なんでそんなこと、梅子が知ってるの?」と、エクトルは訝しげな顔をした。

「パパに聞いたの。今日、アンタのママから電話がきたでしょう?その時に、ママがそう言ってたんだってさ。」

「あぁ、そうなんだ~。」と言って、エクトルはDSのゲームにまた集中し始めた。

この話にはまったくもって興味がないといった風だった。

 

「携帯、どこに行っちゃったんだろうねぇ。エクトルは何か心当たりある?昨日、マックスのお母さんの携帯見たり、触ったりした?」

私は、思いきって核心に触れてみた。

エクトルは、ゲームから目を離すのを面倒くさそうに私を見ると、とんでもない!というような顔をして、「ううん、知らない。携帯でゲームしたい時は、僕、自分のiPhoneタブレットがあるもん。ママから貰ったお古のヤツ。マックスのお母さんの携帯なんか、いつもどこに置いてあるのか知らないし、触ったこともないよ。」と言った。

 

私の目から見て、エクトルの反応は、どこにも嘘がないと思った。

エクトルは、マックスの母親の携帯がなくなったことさえ知らなかったし、そんな出来事を知るはずのない私がこんな話をすることすら、心底驚いているように見えた。

エクトルは“白”だ。

今回ばかりは、シュエの勘が当たっているのかもしれないと思った。

このことをビクトルに話したら、ビクトルはきっと胸を痛めるだろうなと、ちょっと心が痛くなった。

私がシュエと同じ意見だから、というのではない。

夕方、ビクトルがアーロンに「パパの目を見て本当のことを言ってくれ。」と言った時、アーロンはまっすぐにビクトルの目を見て「僕じゃない。」と言ったという。

でも、もしこれが、また、ビクトルを裏切る結末になるのだとしたら、ビクトルはまた傷つくだろう。

それが気にかかった。

 

こうしてその日の夜は更けていき、子供たちが寝静まった頃、私はパソコンで仕事をしているビクトルに話しかけた。

「ねぇ、あの携帯紛失事件のことなんだけど、エクトルに聞いてみたの。エクトルが何て答えたか、知りたい?」

そう言うと、ビクトルは「梅子、悪いけど、その話はもう疲れた。僕はシュエのバカバカしい厄介事に巻き込まれたくない。アーロンが僕に正直に話してくれた。それで十分だ。」と、私に振り返りもせず答えた。

私としては、本当ならばすぐにでもエクトルが話してくれたことをビクトルに伝えたかった。

でも、その一方で、これ以上ビクトルに嫌な思いはさせたくない。

結局私は、「そっか。ならいいよ。」と言って、これ以上続けるのをやめた。

 

翌日の昼になって、ビクトルが「エクトルが何て言ったか、聞くよ。」と言い出したので、私は、エクトルが携帯紛失事件のことをまったく知らない様子だったこと、私の話を聞いて、エクトルはとにかく驚くばかりだったから、犯人はエクトルではないと思うと話した。

ビクトルは黙って聞いていた。

 

「それからね、昨日あなたから詳しい事情を聞いた時、実はいくつか違和感を感じてたの。」と、私が言うと、ビクトルは「何がおかしいと思った?」と聞いた。

 

私が違和感を感じたのは、一連のアーロンの態度だった。

シュエと電話で話していた時、シュエはアーロンに「警察を呼ぶわよ。知ってることがあったら言いなさい。あなたが犯人なんでしょう?」と半ば脅していた。

もし、アーロンが本当に身に覚えのないことならば、疑われていることに腹を立てて、「僕じゃないよ!」と、もう少し強く言ってもいいはずだ。

でも、あの時、アーロンは取り乱すこともなく、冷静に「僕じゃない。知らない。」と言っていた。

そして、思い出したかのように「そういえばエクトルが…」と、シュエの注意をエクトルに向かわせようとしていた。

 

電話の後も変だった。

もし、エクトルの仕業だったのなら、エクトルのおかげでたった今母親に濡れ衣を着せられそうになったのだから、「おい!エクトル!お前のせいで俺が犯人だと思われてるじゃないか!」とか言いながら、エクトルに食って掛かってもおかしくない。

でも、電話の後、アーロンはエクトルに向かうでもなく、終始穏やかで、私の「ママ何だって?またしょーもないこと?」の問いかけに、「うん。しょーもないこと。」とだけ答えた。

母親との事情を、私には話したくなかったとしても、その時、アーロンの近くにはビクトルもいたのだから、「ママがさー、僕が携帯取ったんじゃないかって変なこと言っててさー。」とかなんとか、ビクトルには愚痴を言ってもいいようなものだ。

でも、あの時アーロンは、ビクトルにも何も言わなかった。

夕飯の時に、子供たちだけをキッチンに残して、私とビクトルが書斎で話している時も、子供たちが喧嘩をすることもなかった。

夕飯の後、アーロンはビクトルと共にDVDを見たいと言って、ビクトルを独占していた。

でも、それは裏を返せば、ビクトルがエクトルと接触して「お前、携帯知らないか?」と、エクトルにこの話をされるのを恐れてのことではなかったのだろうか。

 

私がそう話すと、「梅子が指摘するポイント、全部その通りかもしれない。きっとエクトルは本当にこのことを知らないんだ。アーロンが電話の時もその後も、濡れ衣を着せられてるのにエクトルを責めることもなかったし、あんなに落ち着いた様子でいたのは…、そうか、実は自分が犯人だからだったのか…。アイツはまた僕に嘘をついたのか…。」と、ビクトルが静かに言った。

その顔は、とても悲しそうだった。

 

その日の夕方、子供たちが学校から帰って来ると、ビクトルは家族全員をリビングへ呼んだ。

ビクトルは「僕が話すから、梅子は何も話さないで。」と言い、全員がソファに腰を下ろしたのを見届けると、静かに話し出した。

「昨日の携帯紛失事件の件だが、アーロン、エクトルは何も知らないとさ。」と、ビクトルが切り出すと、エクトルは「え?携帯事件って何のこと?」と、私に小さくゼスチャーした。

ビクトルは、エクトルを無視して話を続けた。

「シュエとマックスの家の事情は、ウチにはまったく関係のないことだから、それについてこれ以上話をするつもりはない。でも、ウチで大事な問題は、パパとお前との信頼関係についてだ。」

ビクトルはもはや、アーロンに向かってのみ、話をしていた。

「昨日お前は、パパの目を見て“僕じゃない”と言ったよな?あれは信じていいんだよな?今日、パパは絶対に怒らない。怒らないから、本当は何が起こったのかもう一度話してくれないか?」

リビングが、しばし沈黙した。

私は、なんだか誰の顔も見ることができなくて、ひたすら床を見ていた。

しばらくの沈黙の後で、アーロンが口を開いた。

 

「マックスのママの携帯を、洗面台の引き出しの中に入れたのは、僕です…。」

 

あぁ、やっぱりか…。

アーロンはまたビクトルに嘘をついたのか…。

 

アーロンの自白によると、日曜の夜、もう間もなくパパの家に帰るという時に、便意をもよおしたので、トイレに行って用を足していると、すぐ傍の洗面台の上に、マックスの母親の携帯が置きっぱなしになっているのを見つけたそうだ。

そのまま放って出て行ったら、次にトイレを利用する誰かが携帯を見つけて、そういえばその前は自分がトイレを使っていたと知られれば、「お前はトイレ中でも、他人の携帯を使ってまでも、そんなにゲームがしたいのか!」と、シュエやマックスに怒られると思い、咄嗟に携帯を引き出しの中に隠したそうだ。

 

この自白が、嘘か本当かは別として。

え?そういう発想?

普通は、トイレで携帯を見つけたら、出て行く時に持って行って、マックスのお母さんに「トイレの洗面台で見つけたよ。」とか言って渡すとか、持って行かなくても、マックスのお母さんに「トイレに携帯があったよ。」と伝えるもんなんじゃないの?

ゲームをしてると思われて怒られると思ったって、日頃どんだけゲームして、どんだけ「ゲームのやり過ぎだ!」って怒られてんだよ…と、あぁ、なんだかまた別の問題で頭が痛い…と目眩がした。

 

その後、ビクトルはエクトルだけを解放してリビングから出した。

私は引き続き、同席したままだった。

ビクトルは、またアーロンに嘘をつかれたこと、それだけでなく、今回はその罪を弟になすり付けようとしていたことが、悲しくて仕方がないと、淡々と話した。

「お前が自白したことを、後でお前のママに伝えておく。」と言って、ビクトルはアーロンを解放。

家族会議は終了した。

 

 

~後日談~

週が明けて今週、昨夜、私はビクトルに「それで?あの携帯事件で、週末、アーロンはシュエに叱られたの?」と聞いてみた。

「アーロンから聞いた話なんだけど…」と言って、ビクトルが教えてくれた。

話を聞く限りでは、今回の件で、アーロンは一切お咎めなしだったようだ。

ただ、アーロンが犯人だったとわかってからの平日の間、シュエとマックスは、連日大喧嘩をしたそうだ。

なぜ2人が大喧嘩をしたのか、実際のところはわからないけれど、だいたいの想像はつく。

おそらく、真相を知ったマックスがアーロンに激怒して「今度の週末はアーロンにお仕置きだ!」とかなんとか言い、シュエが「私の息子を叱るな!」とかなんとか言って、マックスに噛み付いたのだろう。

そして週末になり、アーロンとエクトルがシュエの家に行った頃には、その喧嘩は終了していたそうだ。

その後、シュエ家族がマックスの実家に行った時、再びこの話が持ち上がったらしい。

その時シュエは、「アーロンが教えてくれた通りの場所で、無事に携帯も見つかったし、一件落着。やっぱり私の息子は正直者で誇らしい。」とかなんとか、皆の前で鼻高々と言ったらしいのだが、それを聞いたアーロンがすかさず、「でもママ、電話で話した時は、僕のこと“大嘘つき”とか、“ペテン師”だって怒鳴ってたよね?」と言うと、シュエはバツが悪そうに、口を噤んだそうだ。

 

この母親は、「私の息子がとんでもないことをしまして、この度はご迷惑をおかけしました。」という発想はない。

彼女の辞書に、“謝罪”という言葉はない。

 

 

■本シリーズのタイトルは、映画「ソロモンの偽証」(2015年公開、日本)をモジって使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。