梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

わがまま王子のシラミ退治 後編

前回のお話は、コチラ

 

 

そして日曜日。

子供たちが帰って来る少し前に、ビクトルの携帯に前妻シュエからショートメッセージが届いた。

ビクトルも私も、なんだか嫌な予感がした。

 

シュエのメッセージはこうだった。 

「エクトルの頭にシラミがいるなんて知りませんでした!

聞かされたのが土曜の夜遅くで、土曜も日曜も床屋に連れて行くことができなかったので、とりあえずエクトルの髪を染めました。

平日、子供たちを床屋に連れて行くか、シラミ退治の薬で退治してください。」

 

ビクトルと私は、彼女のメッセージを読み終えると、ひとまず大きく溜め息をついた。

愕然の溜め息だ。

そして、堰を切ったように、2人で怒りを爆発させた。

 

「ほら見ろ!結局、解決させなきゃならないのは、僕たちだ!」と、ビクトルが噴火した。

「エクトル、“週末はママが床屋に連れてってくれるんだ”って言ってたのに、じゃあ、あの人たちはこの週末に何をしてたわけ??」と、私もマグマを吐き捨てた。

 

「これは子供たちの責任でもあるよ。子供たちは、僕とシュエの関係が最悪で、うまくコミュニケーションを取れないのをよく知ってるくせに、その橋渡しをしようともしない。シラミの問題があるのはエクトルだから、本来はエクトルが言わなきゃならないことだ。あいつは賢いんだから、それぐらいしなきゃならない。でも、エクトルはまだ小さい。でもアーロンはもう中学生なんだ。だからこういうことはお兄ちゃんのアーロンがもうちょっと気を利かせて母親に報告したり、“だから床屋に連れて行って”って言わなきゃならない立場なのに、あいつはいつまでたっても受け身で子供のままだ!」

 

あれれ。

ビクトルの怒りの矛先が子供たちに向いていっちゃってるけど…。

そもそも、私たちがシュエに前もって報告すべきだったんじゃないかしら…。

と、内心思いつつも、この時は私もとにかく怒りとやるせない気持ちのやり場がなく、「そうだね。」とだけ言った。

 

私とビクトルが、怒り治まらず熱く語り合っていると、マンションのゲートの呼び鈴が鳴った。

シュエとマックスに連れられて、子供たちが帰って来た。

私たちは怒りの語り合いを一旦休止し、ビクトルは階下に子供たちを迎えに行った。

 

ビクトルと子供たちがエレベーターで上がって来た音が聞こえて、私は玄関のドアを開けた。

エレベーターの中で、すでにビクトルの説教が始まっていたらしく、子供たちは無言だった。

家の中に入っても、ビクトルの説教は終わらなかった。

特に、兄アーロンに向けてしこたま叱っていた。

 

アーロンがビクトルに足止めされている隙に、エクトルはちゃっかり1人寝室へ避難し、パジャマに着替え始めた。

アーロンが怒られているから、自分は関係ないというような顔つきだった。

私は「おい!エクトル!話が違うじゃん!」と言いながら、エクトルの元へ向かった。

エクトルの表情が、ヤバい!見つかった!というような表情に変わった。

 

「今週末は、ママが床屋に行こうって言ってたんでしょう?あんたはシラミがいるんだからさー、髪を切らなきゃならないっていうのは、百も承知だったでしょうよー!なんでママに床屋に行こうよって言わなかったの?」

エクトルはただ私を見るだけで、何も言わなかった。

「それにさー、本当はこの金曜日、クラスの子のお誕生日会だったのに、それも行かせてもらえなかったんでしょう?じゃあ、金曜日はあんた、何してたのよ?」

これにもエクトルは、私を見つめるばかりで答えなかった。

すると、やっとビクトルの説教から解放されたアーロンがやって来て、すかさず「ゲームしてた。」と一言。

「ゲームしてたのはアーロン!お前じゃないか!!」と、これにはエクトルが反発した。

 

金曜日、エクトルはクラスメートの1人から、誕生日会に招待されていた。

誕生日会は、金曜日の夕方からだったので、その時間帯の親権はシュエになるため、ビクトルは招待状を母親に見せるようにと、エクトルに伝えていた。

今回の誕生日会は、マクドナルドで催されるようだったので、マック大好きなエクトルは行きたい!と言っていた。

しかし、シュエの答えは「NO」だった。

平日は忙しくて、誕生日会に持って行くプレゼントを買いに行く暇がないのと、会場になっているそのマクドナルドがどこにあるのか知らないから、連れて行けないというのが、シュエの理由だった。

 

「エクトルー。ママが床屋に行くの忘れてたとしてもさー、あんたにはね、“シラミがいるから髪を切りに行きたい”ってママに言う任務があったんだよ。大事な任務がさー。」

私がなおもダメ押ししていると、いつの間にかビクトルが背後にいて、「エクトルには僕からも十分言ったから、梅子、そのぐらいでもう止めときな。」と言った。

ビクトルはアーロンにも言いたいこと散々言っておいて、私は止めとけってなんだよ!と、少々不完全燃焼だったが、帰って来て早々に、父親からも私からも怒られるっていうのも可哀想だなと思い直し、私は怒りを鎮火することにした。

 

翌、月曜日。

子供たちが学校から帰って来ると、ビクトルは早速子供たちを床屋へ連れて行った。

エクトルには、床屋へ行く前に私が、シラミの卵が髪の毛のどの部分に付いているのか、ネットで画像を見せて、少なくとも1cm以下の坊主にしなければならないと説明した。

エクトルは坊主になるのを嫌がっていたが、画像を見せて説明すると、すんなり受け入れてくれた。

 

散髪を終えて、エクトルは可愛い丸坊主で帰って来た。

「おっほーぅ!可愛いじゃーん!!」と、私はすぐさまエクトルの坊主頭をグリグリ撫で回した。

たわしみたいで気持ち良かった。

エクトルは史上最高に照れまくっていて、アーロンが茶化すと、笑いながら「アーロン!黙れー!」と言って、アーロンを追いかけ、2人でじゃれ始めた。

 

ビクトルはまた、床屋だけでなく、薬局にも行っていた。

シラミ退治用の薬を買ってきたのだった。

「坊主にしたから、とにかくエクトルのシラミ問題は解決したと思うよ。でも、面倒を押し付けたシュエにはきっちりお返ししたいからねぇ。」

そう言って、ビクトルがニヤリと笑った。

後で薬代を子供たちの口座(ビクトルとシュエが毎月振り込んでいる共通口座)から引き落とすのが、金の亡者シュエへのいわゆるリベンジだった。

散髪代は、本来ならば、医療費ではないので、子供たちのための共通口座から引き落とすことはできない。

でも、ビクトルは、「シラミがいたから髪を切りに行った。立派な医療費だ!」と言い切った。

こやつ、悪どい…と、思わず私もニヤけてしまった。

 

「そこのマルコメ坊主とそのお兄さーん!ご飯できたよー!」と、私が子供たちを呼ぶ。

「MARUKOME BOUZUって何??」と言いながら、子供たちがキッチンにやって来る。

アーロンのモッサリしていた髪もサッパリかっこよくなって、エクトルは丸坊主になってシラミともおさらば。

ビクトルはシュエにリベンジも果たした。

 

久々に心からスカッとする出来事だった。

 

 

■本シリーズのタイトルは、映画「わんぱく王子の大蛇退治」(1963年公開、日本)をモジって使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。