となりのトトロ の水筒
我が家の次男エクトルは、怒りんぼだ。
加えて、超ド級の我儘だ。
父、ビクトルは怒ると怖いので、ビクトルには服従だが、それ以外の人間は、皆、自分の召使いだと思っている。
非は一切認めない。謝らない。
私が叱ると、負けずに立ち向かってくるが、ビクトルが叱ると、“僕は世界一哀れな子供”と言わんばかりにさめざめと泣き、耳をふさぎ、諭す言葉をすべて遮断する。
この子の性格はどうしたもんか…と、ビクトルと私は日々頭を悩ませているが、学校では、成績は常にトップ(…と言っても、まだ低学年なので今後はどうなることやらだが)、リーダー肌でクラスメートの面倒見もよく、先生からも頼りにされているというから驚きだ。
短所ばかりを先に述べてしまったが、一応、長所もある。
規律正しいこと。
明確なルールを示せば、あとはこちらがいちいち尻を叩かなくても、自分できちんとこなす。
例えば、朝起きると、毎朝自分でベッドメーキングをする。
きれいにメーキングされたベッドの上には、これまたきれいにパジャマを上下、きちんと伸ばして置いておく。
この辺は、ズボラな長男アーロンとは大いに異なる。
アーロンのベッドはガッカリの溜め息しか出ないが、エクトルのベッドは感嘆の溜め息ばかり出る。
こうして彼の短所と長所を挙げると、人には大いに厳しいが、自分にもある程度厳しい性格なのがわかる。
そんな彼の悩みの種であり、私たちの悩みの種でもあるのが、彼の頭痛だ。
エクトルは頭痛持ちだ。
まだ幼児の頃、彼は髄膜炎を患ったことがある。
それだけでもじゅうぶんなのだが、先日のあの、公園でのアクシデントもあったばかりなので、彼が「頭が痛い…。」と言い始めると、ビクトルも私もいつも一瞬ゾッとする。
エクトルは、少なくとも週に2回は「頭が痛い…」と訴える。
頭痛を訴えるのは、何も最近始まったことではなく、もうかれこれ1年以上前からそうなのだが、特に、月曜日の午後、学校が終わってからは、ほぼ毎週のように「頭が痛い…」と言う。
それは昨日の月曜日も、例外ではなかった。
昨日の話をする前に、週末の出来事を先に話しておこう。
週末なので、子供たちが前妻シュエの家にいる時の話なのだが、先週の金曜日の夜、エクトルが「歯が痛い」と言い出したらしい。
右の奥歯の乳歯が、どうやら虫歯になったようだ。
兄アーロンの話によると、その時、母親シュエはシエスタ(昼寝。夜なのに。)中で、シュエの夫マックスが、パラセタモールという、大人用の鎮痛薬の錠剤を半分に割って、エクトルに半錠飲ませた。
週末の間ずっと、虫歯の疼きは治まらず、マックスは朝夕2回、パラセタモールを半分に割ったのを、3日間エクトルに与え続けた。
日曜の夜、エクトルは「マックスにもらった」と言って、パラセタモール錠を1錠持って帰って来た。
月曜の朝、起きると、エクトルはすでに学校に行く準備万端で、マックスにもらったパラセタモール錠をナイフで半分に割り、すでに自分で服用していた後だった。
「まだ歯が痛いの?」と聞くと、「うん、少しね。」と答えた。
午前中、ビクトルは早速近所の歯医者に予約を取ったが、空きがなく、診察は火曜日の午後になった。
午後になって、学校に迎えに行くと、エクトルは苦虫を噛み潰したような顔で我々の元へ来た。
「歯が痛いのか?」と聞くと、「そうじゃない。」と言う。
「頭が痛い。」
また頭痛が始まった。
月曜日、彼のクラスは遠足があった。
バスに乗って近郊の村へ、美術館だったか博物館だったかを見学してきた。
朝はあんなに遠足を楽しそうにしていたのに、「バスに乗ってる時間が思ってたより長くて、それで頭が痛くなった。」と、エクトルが説明した。
帰宅してすぐに、ビクトルがアピレタールという、子供用の鎮痛解熱剤を飲ませた。
「宿題は後でいいから、まずは少し寝なさい。」と、ベッドに寝かせたが、今回の頭痛はいつもよりひどいようで、しばらくは眠れずにただただ唸っていた。
眠りに落ちてもすぐに目が覚め、その度に「頭痛いよぅ」と、涙をボロボロ流した。
熱を測っても、熱はない。
「吐きそう?」と聞いても、「吐き気はない。」と言う。
「虫歯は痛くなくて、とにかく今は頭が痛い。」と言う。
アピレタールを飲ませたばかりだし、ビクトルも私も、もうどうしようもなかった。
枕が低いと、頭に血が行って、ますます苦しいだろうと思い、私の枕を持って来て、枕を高くしてあげた。
熱はないけど、気休めにでもなればと、額に熱冷ましのジェルシートを貼ってあげた。
「虫歯があるからイヤだ。」と言ったが、低血糖なのかもしれないと思って、飴玉を1つ舐めさせた。
ビクトルも私も、それぞれインターネットで子供の頭痛について調べた。
子供の頭痛は、熱や嘔吐があれば、深刻な病気の場合があるが、そうでなければ、大人の片頭痛と同じで、ストレスや、ゲームやパソコンのしすぎ、テレビの見すぎ、睡眠不足からくるものが多いらしい。
我が家では、子供たちのライフスタイルは、かなり厳しく制限している。
まず、家に帰って来てから、滅多なことがない限り、基本的におやつはない。
2人ともかなりの肥満児だからだ。
その代わり、夕食時間は早めにしている。
スペインの一般的な夕食時間は、21時頃だが、彼らのダイエットの意味も踏まえて、我が家は日本式の夕食時間で、いつもだいたい18~19時頃だ。
最近は、子供たちの宿題が忙しいのもあって、夜にテレビを見る日は少ない。
エクトルに関しては、宿題がまだ簡単なものが多いので、宿題の後に毎日30分、読書をさせている。
彼はこの読書の時間が、死ぬほど嫌いだ。
ゲームは、ビクトルか私の許可がないとできない。
エクトルは、パソコンでYoutubeを見るのも好きなのだが、頭痛を訴えるようになってからは、火曜と木曜の週2回、1時間しかパソコンを使わせないことにしている。
夜は、中学生のアーロンでさえも、22時になったらベッドに入らなければならない。
朝は、学校があるので、起床時間は7時~8時の間だ。
あんまり厳しくて、時々かわいそうに思うこともあるが、厳しく監視しなければならないのは、私たちの苦渋の決断でもあることを、下記を読めば少しはご理解いただけると思う。
というのも、週末の母親の家では、子供たちのこの習慣が180度変わるのだ。
おやつは、既製のスナック類、甘い物、炭酸飲料を含むジュース類、好きな物を好きな時に、好きなだけ食べることができる。
テレビは見放題。
ゲームもやり放題。
パソコンは、母親かマックスが使っていなければ、使い放題。
タブレット、母親が使い古したiPodtouchとiPhoneでのゲームやインターネットもやり放題。
「いつもママはね、夜にドラマを見てるから、僕も一緒に見てて、寝るのは12時なんだー。12時まで起きてられるんだよ、僕!すごいでしょう?」
いつだったか、エクトルが自慢げにこう教えてくれたことがある。
「それで、朝は何時に起きるの?」と聞くと、朝の6時か7時頃だと言うので、「子供は8時間以上寝ないとダメなんだぞ。」と苦言を呈したが、全然理解していないようだった。
アーロンの話では、エクトルはいつも誰よりも早起きして、DSで遊ぶのが週末の日課だそうだ。
インターネットで、子供が頭痛を起こす原因を読んだ時に、私は1つの結論に至った。
平日、学校に行かなければならないことと、放課後の自宅での厳しい管理下で、それがエクトルにとって大きなストレスになる。
週末は、その大きなストレスから一気に解放されるが、その代わり、あまりにも自由すぎて、羽目を外すのは実に容易だ。
長時間のテレビ、ゲーム、パソコンに加え、夜更かし、睡眠不足…。
月曜になると、またストレスを抱える日々が始まる…。
そりゃ、頭も痛くなるわい。
「この週末、どう過ごした?」とエクトルに聞くと、案の定「ゲームもテレビもパソコンも、1時間ずつしかやっていない。」と答えた。
ヤツは自分の非を一切認めないし、語らない。
「バスに乗ったから、頭が痛くなった。」と言い張った。
アーロンに同じ質問をしたら、驚くべき回答が返ってきた。
「金曜日、僕たちはマックスと一緒に映画のDVDを3本続けて見た。おもしろかったよ!」
「エクトルは寝るのがいつも遅い時間なんだけど、毎朝早起きしてた。DSで遊びたいから。」
「DSに飽きると、タブレットでYoutubeを見るか、僕とプレステで遊んだ。」
「僕が勝手にエクトルのDSで遊んでたら、エクトルに大声で怒鳴られた。」
「マックスのお母さんが、夕飯ができたとエクトルを呼んだら、いきなりエクトルが怒りだして、マックスのお母さんにずっと怒鳴ってたんだ。」
今回のエクトルの頭痛の原因は、おそらく虫歯と、半錠とはいえ、大人用の鎮痛剤を服用したことによるオーバードーズ。
平日のストレス。
週末のはっちゃけ具合。
これらの要素が集結した結果だと思った。
「とにかく、今週、近いうちに一度、エクトルを病院に連れて行こう。彼の性格やライフスタイルの件も話して、医者の意見を聞いてみよう。」
私とビクトルは、そう話し合った。
ようやくアピレタールが効いてきたのか、エクトルはその後グズることもなく、夕飯も食べず、そのまま翌朝までぐっすり眠った。
火曜日の今朝、エクトルは元気だった。
「ところで…」と、私はふと思い出した。
昨夜、エクトルのお弁当箱と水筒を回収しようと、バックパックを開けたら、水筒がなかったのだ。
エクトルのお弁当箱と水筒は、昨年の夏に日本で買ってきた、揃いのトトロのお弁当箱と水筒だ。
日本帰省前に、たまたま子供たちと「となりのトトロ」のDVDを見たのだが、エクトルがトトロをいたく気に入って、日本のお土産に買ってきてほしいとリクエストした物だった。
「ところでさ、水筒、どこに行った?」と私が聞くと、エクトルは「学校のゴミ箱の中。」とボソボソと答えた。
はぁー???ゴミ箱の中だとー??
あまりの衝撃の事実に、思わず私も語気が強まる。
私「なんでゴミ箱の中にあんのよ?」
エ「友達が壊したから。」
私「でも、壊れたって持って帰って来れるでしょう?なんで捨てたの?」
エ「僕が捨てたんじゃないよ!先生が捨てたんだ!」
私「でもその水筒はアンタの水筒でしょう?先生に“持って帰る”って言わなかったの?」
エ「・・・・。」
私「今日、先生に“水筒持って帰りたい”って言って、返してもらってきてくれる?どこがどう壊れたのか見たいから。」
エ「・・・・。」
私「自分で先生に言えないんなら、パパに頼んで連絡帳に書いてもらってくれない?」
エ「やだよ。怖いよ。梅子からパパに言ってよ。」
私「アンタの問題でしょう?アンタがパパに頼みなさいよ!」
エ「でも僕は何もやってない!壊したのは友達だし、捨てたのは先生だもん!」
私「エクトル、なんで昨日のうちに教えてくれなかった?いつ教えてくれるつもりだった?」
エ「・・・・。」
私「誰かが聞くまで言わないつもりだった?」
エ「・・・・。」
午後のお迎えで、ビクトルに頼んで、担任の先生から事の真相を聞いた。
水筒を壊したのは、友達じゃなくて、エクトル自身が床に落としてしまったからだった。
どう壊れたのかは教えてもらえなかったが、落としたことで中の水が全部こぼれて、水筒が使えない状態だったので、先生が自ら捨てたそうだ。
昨日、彼の頭痛のためにあーでもないこーでもないと、できる限りの手を尽くし、心配してたのは一体何だったんだろうと、一気にアホらしくなった。
エクトルの頭痛の原因は、たしかに日頃の私たちからのストレスやら、週末のはっちゃけ具合やら、虫歯のせいだったからかもしれない。
遠足のバスだって、大きな原因の1つだったのかもしれない。
でももし、この水筒事件を、ビクトルや私に正直に言えなくて、「頭が痛い」と嘘をついていたとしたら…?
実際、彼は自分の過失を、架空の友達になすり付けようとしていた。
親に叱られることを恐れて、子供が仮病を使ったり、嘘をついたりするのは、子供の心理上やむを得ないと思う。
でも、いざ、実際にこう目の当たりにしてやられたのだとしたら、私たちの育て方にも問題があるんだろうなと思わざるを得ない反面、でもやっぱり、やるせなさも大きい。
「ねぇねぇ梅子ー、歯医者に行く前に飴食べてもいい?1つでいいからさー、ねぇいいでしょう?」
「梅子ー、今日の晩ご飯は何?昨日はみんなで何を食べたの?僕も昨日みんなが食べたのを食べたい!」
これから歯医者に行くっていうのに、ビクトルがいない時を見計らっては、私の元へやって来て、何かと思えば食べ物のリクエストばかり…。
あぁ、エクトルが我が子だったら、今頃とっくにひっぱたいてるだろうなぁ。
でも、我が子じゃないから、「食べ物の話ばっかりして、どんだけ腹ペコボーイよ?これから歯医者なんだぞ!」と、内心どっと呆れつつ、冗談交じりに言うにとどめる。
■本記事のタイトルは、映画「となりのトトロ」(1988年公開、日本)をモジることなくそのまんま使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。