エステバン ベネチアへ行く 3
前回までのお話(1)はコチラ。
前回までのお話(2)はコチラ。
母親の死後、母親が住んでいた家は、息子であるエステバンに相続された。
「嫌な思い出ばかりだから。」と、彼がそこに住むことはなかった。
彼は現在、その家を同じ世代の学生たちにシェアハウスとして提供している。
だけど、学生たちの家賃の支払いは不真面目で、建物の扱いが悪い。
エステバンはこの家の賃貸について、常に何かしらのトラブルを抱えており、今はビクトルに会う度に「あの家を売りたい。」とこぼす。
「今家を売るのは賢くない。この国の経済もまだまだ悪いし、貸す人を選べば、そんなにトラブルを抱えることもなくなる。微々たる家賃収入でも、社会人になった時のために、少しでも収入はあった方がいい。」と、毎回ビクトルが助言しているけれど、彼があの家を手放すのは、そう遠くないだろう。
私がエステバンを見る限り、「やっぱりまだまだ学生。あまちゃんだな。」と、時々思うこともある。
でもそれはほんとに時々のことで、大概は、私なんかよりもずいぶんしっかりしていて、自立心の強いクレバーな子だと感じる。
私とビクトルの結婚当初、前妻シュエに悩まされていた時は、たくさんの友人達に助けられたけれど、エステバンも私たちを大いに励まし、救ってくれた1人だ。
先週末の日曜の出来事(詳しくは前回の記事をご覧ください。)も、言ってみれば、よその家のくだらない揉め事なのに、彼はすぐに助けに来てくれた。
エステバンもまた、母親との過去があるから、アーロンやエクトルの立場もよく理解している。
「もし、シュエが子供たちにこう言ったら、もし、私たちが子供たちにこういう態度を示したら、子供たちはどう反応すると思う?」といったような質問をして、もう何度エステバンに助言を求めたかわからない。
でも時々思うのだ。
たとえ自分の母親が、どうしようもない毒親だったとしても、でもやっぱり、子供にとって母親は母親。
かけがえのない存在だと思う。
私はエステバンにこんな質問をしたことがある。
「それでもやっぱり、時々お母さんを恋しく思ったりしない?」
この時の、エステバンが言った言葉は、今でも忘れられない。
「僕の母さんとの思い出は、僕にとって、もう悪夢でしかない。今でも時々、あの時のことを夢に見て、汗びっしょりで飛び起きることがあるんだ。あの夢から解放されたいけど、きっとずっと見続けるんだろうなぁ。」
エステバンが過去の思い出を夢に見て悩まされていることは、ビクトルも知らなかったことだった。
さて、タイトルの本題に入るまで、実に2つもの記事を長々と書いてしまったが、エステバンが今週の土曜日から、イタリアのベネチアへ3か月間留学することになった。
彼が取得している奨学金の1つに、ベネチア留学が義務付けられていたらしい。
「飛行機のチケットは取ったのか?住む場所はもう決まってるのか?留学用の奨学金はもう支払われてるのか?」
ビクトルがまるで父親のように心配した。
「実はまだ奨学金が出されてないんだよ。まいっちゃうよ。だからとりあえず飛行機代は自腹で予約したんだけど、住む場所がまだ決まってなくてさ。」
へへへと笑いながら、あっけらかんと話すエステバン。
彼の日頃は、こんな感じだ。
私もつい母性が働いて、実家の母のような心境になり、彼のために食べ物や薬を準備しようかと思ったが、すぐに思い留まった。
イタリアとスペインじゃ、日本に比べたら、食も文化も大して違わない。
ここスペインで買える物は、よっぽどの拘りがなければ、ヨーロッパ全土で売られているような物ばかりだ。
米も調味料もチョコレートも、同じメーカーの物だって、きっと簡単に見つけることができるだろう。
念のためこのことをビクトルにも話したが、案の定、「心配しすぎ!」と大笑いされた。
先週の日曜日に、彼に我が家に来てもらった際、私はスペインの代表的な家庭料理の1つであるcocido(コシード)を振る舞った。
Cocidoは、スペイン版のおでんのような鍋料理だ。
いつもはオリジナル度満載の日本料理を振る舞っていたが、今回は、スペイン料理にした。
しばらくスペインの家庭料理は味わえないから、今のうちにガッツリ食べておきなさいと、義叔母からのせめてものはなむけだ。
エステバンは「美味い!梅子のcocido、とっても美味いよ!すっかりスペインのおふくろの味を覚えたね。」と言って、モリモリ食べてくれた。
とても嬉しかった。
「ベネチアのゴンドラ、30分で80€だって!乗る時はボッタくられないようにね。」
「オリーブオイル、気を付けて。輸入物のオリーブを原産国偽ったり、薬品で色変えて輸出してたって、この前、日本のニュースで読んだから。スペインから持ってくといいよ!」
などと、食事中はイタリアの話をして盛り上がった。
甥っ子とはいえ、たった3か月とはいえ、身内が離れるのは少し寂しい。
彼がいない間、彼がいてももちろんの話なんだけども、私も先日以上のヘマをして、前妻と揉めないようにしなくては。
エステバン、気を付けて行ってらっしゃい。
■本記事シリーズのタイトルは、映画「ジェイムズ聖地(エルサレム)へ行く」(2003年公開、イスラエル)をモジって使わせていただきました。
本シリーズの内容と映画は、一切関係ありません。