梅子のスペイン暇つぶし劇場

毒を吐きますので、ご気分の優れない方はご来場をご遠慮ください。

バケモノな子 2

前回までのお話は、コチラ

 

 

前妻シュエの現夫、マックスからのメールを読んでいくと、体の中がじわじわと、そして何かそわそわするような、得体の知れないものが込み上げて、今まであんなにのんびりしていた気分が急に落ち着かなくなってきた。

1ヵ月、スペインのピリピリした現実を離れ、日本のぬるま湯みたいなものにどっぷり浸かっていたせいか、すっかり忘れていた緊張感のようなものがどっと押し寄せてくる。

数年前の、シュエに史上最悪に苦しめられていた時と似たような、胃のキリキリする感覚がよみがえってきて、「そうそう、あの時もよくこんな感じだったっけ。」と、ふと冷静になって思い出してしまった。

 

マックスは、アーロンについて、「日がな一日ゲームばかりしている。“勉強をしろ!”と言うと、“もうやった。”と言うが、彼がこの家に来てからというもの、勉強している姿は1度も見たことがない。それに最近はやけに生意気な口答えが多くなって、屁理屈ばかりこねてまったく言うことを聞かない。しかも僕のいないところで、僕の息子フアンに変な言葉を覚えさせているようだ。何も知らないフアンがそれを口にする度アーロンやエクトルが大笑いするので、僕の息子は大喜びして何度も口にする。僕の息子に最悪の教育環境になっている。」と語った。

エクトルについては、「エクトルもアーロン同様、妻から譲り受けた古いスマホタブレットを片時も手離すことなく、毎日毎日24時間ゲーム三昧。“勉強しろ!”と言えば、これまたアーロン同様“もうやった。”か、“もうやるもの(読書する本なり、勉強するドリルや宿題なり)がない。”と、生意気な態度で答える。毎日毎日自分のやりたいことばかりを主張して、腑に落ちないとすぐに怒りだし、弟の世話などしようという気は微塵も感じられない。」と、綴っていた。

「以前、電話であなたから聞いたように、きっとあなた方の家では、彼らはいくらかまともできちんとした生活を送っているのでしょう。でも、以前僕がお伝えしたように、我が家では180度違います。何度叱っても生意気に口答えするばかりで、改善しようという気持ちすら見えません。父親のあなたに言うのは失礼ですが、アーロンとエクトルはまさにモンスターです。もちろん、彼らをモンスターにしたのは、あなた方ではなくて僕の妻、彼らの母親が原因だということは、重々承知しています。しかしそれにしても酷い。こんなバケモノみたいな子たちを僕の息子と一緒にはしておけません。僕の息子には、彼らが悪影響でしかありません。」

どちらのメールにも、最後はこう締めくくられていた。

「僕の息子」という言葉が、やけに目立った。

 

私たちは、大きな溜め息をついた。

よりにもよって今日は、アーロンとエクトルのために、たくさんお土産を買った。

残り少ない日本での滞在日数と予算の中で、本当はビクトルが行きたい場所、ビクトルを連れて行きたい場所、私たち自身のために買いたい物、楽しみたいものがまだいくつもあるけれど、今日は子供たちのためにと、時間とお金を割いた。

「アーロンにもエクトルにも良い物が買えたね。」と、充実した気分で1日を終わろうとしていたのに、最後の最後でこの裏切りだ。

せっかくの日本でのバカンスを、またしてもあの夫婦に邪魔をされたことにも、もう呆れるほどに腹が立った。

ビクトルはもはや怒り心頭で、「今日買ってきた物を、明日返しに行こう。」と言い出した。

7月に子供たちと過ごしている間、「ママの家に行ったら、特にマックスの言うことはちゃんと聞きなさい。お前たちが原因で、ママとマックスを怒らせないようにしなさい。勉強や読書もきちんとやりなさい。ゲーム機器に頼らず、マシンを使わない遊びや時間の過ごし方を考えなさい。」と、あれだけ口を酸っぱくして言い聞かせていたのに、何なんだ?このメールは!

「あいつらは本当にバカだ!何もわかってない!お土産なんてナシだ!ナシ!」と、ビクトルは声を荒げた。

 

「お土産ナシ!」という、ビクトルの意見には、私も大いに賛成だった。

「うんうん、良い子にしてるからさー、だから日本でアレ買って来てよ。」と言っていた、7月のアーロンやエクトルのあの笑顔を思い出すと、余計に腹が立って仕方がなかった。

だけど、日本にいられるのももう僅か数日という時に、買った物を返すためにまた1日を費やすのも解せない。

すでに買ってしまったお土産をどうするか、しばらくビクトルと話し合って、とりあえずお土産は持って帰るけれど、すぐには渡さないことにしよう、と決めた。

今の所、マックスの言い分はわかったが、子供たちの言い分も聞いてみようじゃないか。

それからお土産をあげるかあげないか判断しても遅くない。

もし、マックスの言う通り子供たちに100%非があって、今回はお土産を渡せないと判断したら、後のクリスマスでもいいし、誕生日プレゼントとして、遅ればせながらあげてもいい。

 

ビクトルは、マックスに早速返事を送ることにした。

マックスへの返事のメールには、「子供たちにこう伝えてください。“日本からのお土産は期待するな。”と。」と、一言添えた。

 

翌日、また1通、ビクトルの元にメールが届いた。

送り主は、マックスではなくシュエだった。

次から次へと何なんだよ!と、凄まじくイライラした。

 

シュエは、昨日マックスがビクトルへメールしたこと、そして、ビクトルが返事を返したことを知っているようだった。

「夫の行き過ぎた行動が恥ずかし過ぎて、あなたに合わせる顔がない。」と、書いてあった。

「我々は、そもそもあなたにだけは会いたくないので、あなたの顔など気にしちゃいませんけど?」すぐさま私は言った。

 

シュエのメールによると、昨日のマックスのメールは、マックスが酔っ払って書いたもので、事実無根、信じてくれるなということだった。

最近マックスは、毎日のように泥酔して帰って来ては、家でくつろいでいるアーロンとエクトルにきつく当たるのだと言う。

子供たちは、毎朝勉強時間を設けてちゃんと勉強はしているのだが、その時間帯はいつもマックスは仕事に出かけて留守なので、彼が子供たちを目にするのはいつも夜。

夜、子供たちは勉強していないので、マックスにとっては「この子らはいつも勉強していない。」と見えてしまうらしい。

「最近のマックスは、本当に酒癖が悪くて困っているので、今、お義母さんと話し合っているところなの。お義母さんもマックスの酒乱には困り果てていて、私にとても共感してくれていろいろ協力してくれてるのよ。」

 

(-_-)………。

 

一時期は、義母にも容赦なく暴言を吐いて泣かせていたシュエの、この無駄な“嫁姑関係うまくいってます♪”アピールは華麗に無視することにして、最後にシュエは、「酔っ払いの戯言なので、マックスの言うことを真に受けて、子供たちに罰を与えるのはやめてください。マックスのお酒の件については、私たち夫婦の問題なので、私たちでなんとか解決していきますが、あくまでも子供たちの問題は、私とあなたの問題であって、マックスを巻き込みたくないので、今後はマックスからメールが来ても相手にしないでください。やり取りは私のみにしてください。」と、結局クレームまがいの要求で締めくくられていた。

「毎度毎度、お宅のお騒がせ事情に巻き込まれてんのは、私たちなんですけど?!」と、私はとりあえず吠えた。

 

マックスが酒に酔うと、いや、別に酔ってなくても、アーロンやエクトルの件で彼が怒る時は、いつも「お前の息子は!」、「お前の息子たちは!」と、シュエを責めるという話は、以前にも何度か子供たちから聞いていた。

でも今回は、シュエだけでは言い足りず、とうとうビクトルにまで、「お宅の息子さんたちは…」と苦情が及んだ。

私たちが今日本に滞在中だということは、マックスもおそらく知っているだろう。

それでも彼はビクトル宛てに、初めてメールを送ってきた。

マックスが私たちに何かを言う時は、相当な “何か” が起こった時なので、私もビクトルもマックスのメールを真に受けた。

あの夫婦の中で、私たちにとって唯一信じられる・頼れる・まともな人物は、マックスだったからだ。

でも、今こうしてシュエから「マックスは最近酒乱だ。」とか、「酔っ払って書いたメールだから信じるな。」と聞かされて、正直私たちは驚いたし、誰の言うことを信じればいいのか混乱した。

つまるところ、迷惑甚だしい案件だ。

とにもかくにも、私もビクトルも、最後の最後で素晴らしい日本滞在を台無しにされた気分は、スペイン行きの飛行機に乗る日まで拭いきることはできなかった。

 

 

まさに“夢の国”とも言うべき日本里帰りを終え、まさに“現実の世界”とも言うべきスペインへ戻り、少しずつ日常が戻ってきた。

帰国後間もなく、友人宅から猫の助が戻って来て、その数日後の夜、子供たちがシュエの家から帰って来た。

たった1ヵ月の間にどうやったら?!というほど、エクトルが恐ろしく激太りして帰って来た。

体重計に乗せたら、7月の時より4kg以上も増えていた。

驚き過ぎて、ただただ言葉を失う私に、「エクトル、アイスとポテトチップ丸々1袋は毎日欠かさず食べてたからね。」と、アーロンが教えてくれた。

愕然とした。

7月には着れていたTシャツのほとんどが、はち切れんばかりになってしまって、着れなくなった。

 

子供たちが帰って来た翌日、ビクトルは改まって子供たちをリビングに呼び、マックスのメールの件を話した。

「…そういうわけで、お前たちにお土産は買っては来たが、今、渡すわけにはいかない。お前たちのママは“マックスの言うことは信じるな”と言っていたが、本当のところはどうなんだ?」と、ビクトルは言った。

エクトルは、思い当たる節でもあるのか、終始大人しく、下を向いたままだった。

アーロンは、「パパ、ちょっと…。」と険しい顔で言うと、ビクトルを連れてキッチンへ場所を移した。

 

アーロンは、「せっかくパパたちが日本旅行を楽しんでいた時に、僕たちのことで邪魔をしてしまって、本当にごめんなさい。」と言った。

そして、「僕は、マックスに対して、今本当に腹が立っている。」と言った。

 

アーロン曰く、「たしかにママの家はこの家と違って、僕たちは少しハメを外し過ぎたところもある。たしかにゲームはこの家にいる時よりもたくさんやっていたことは認める。だけど、勉強は毎日午前中にちゃんとやっていたのに、マックスはそれを知らないから、酔っ払うといつも僕とエクトルを叱った。」とのことだった。

「夏休みの宿題は全部終わったんだろうな?」とのビクトルの問いに、アーロンもエクトルも「もちろん終わった!」と言った。

 

ビクトルは、特にアーロンの「マックスの酔っ払いのせいで、パパたちの旅行を邪魔してしまってごめんなさい。」という言葉に、いたく感動したらしく、私を別室に呼ぶと、「お土産を渡そう。」と言った。

私は1人、別件のエクトルの凄まじい激太りに腹が立っていたのだが、それはまた別の話…と自分に言い聞かせ、「あなたがそう思うなら、いいんじゃない?渡そうか。」と、なんだかイマイチ煮え切らない気持ちで了承し、早速お土産の譲渡式を執り行うこととなった。

子供たちの顔は一変、満面の笑みで1つずつ袋を開けては、「おぉー!すごーい!ありがとう!ありがとう!」と大喜びだった。

 

 

9月は始まったけれど、もういく日かしばらく夏休みは続いた。

子供たちとの日常も落ち着いてきた頃、ふいにビクトルが、子供たちに言った。

「もうお前たちも薄々気付いてるとは思うけど、来年の夏、お前たちを連れて日本に行こうと考えている。でもまだ考えてるだけだから、実現するかどうかはわからないからな。だからママにはこのこと言うんじゃないぞ。」

 

すると、「え、それ本当?来年?来年の夏休みに?」と、エクトルが驚きながら言った。

でも、嬉しい驚きのような、困った驚きのような、何とも言えない表情だった。

そして、エクトルがボソリと言った。

「ママがね、“来年の夏、中国へおじいちゃんとおばあちゃんに会いに行こう”って言ってたから、来年の夏休み、僕たち中国へ行くかもしれないんだけど…。」

 

えーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!

今度は、私とビクトルが、目玉が飛び出るほど驚いた。

 

よりによって来年かよ…。

膝からガックリ落ちて、うなだれたい気分になった。

もう、とにかくガッカリしかなくて、言葉がなかった。

またしても、シュエに邪魔をされるのか…。

私たちの人生には、いつも彼女の黒い影が付きまとうのか…。

そう思って、泣きたくなった。

 

「じゃあ、しょうがないね。あんたたちのママがもし本当にあんたたちを来年中国へ連れて行きたいのなら、私とパパは何も言えない。むしろあんたたちにとっては大事なことだからね、おじいちゃんとおばあちゃんに会うのは。そうしたら、来年の日本行きはナシってことで。」

この時ビクトルは、「それは本当なのか?ママは来年だって言ってたのか?」と、子供たちに何度も聞いていたが、私はその会話を遮って、そう言った。

するとすぐさま、エクトルが「えぇ~、日本にも行きたい…。」と言い、アーロンが「梅子、まだわからないよ。それにママがどんな人か知ってるでしょう?今そう言ってたとしても、明日には何を言うかわからない人なんだし、来年僕たちを本当に中国に連れて行くのかなんて、怪しいもんだよ。」と言った。

でも、私も負けなかった。

「うん。あんたたちのママがどんな人か、よく知ってる。だからそう言ってるの。もし、今、あんたたちなり、パパなりが“来年、日本に行くんだけど…”なんて、彼女に言ってごらん?そしたら最後、是が非でもあんたたちのママは、あんたたちを中国に連れて行く!って言うだろうね。それに、今、あんたたちにも日本に新しい家族がいるけど、あんたたちの本当のおじいちゃんおばあちゃんじゃない。中国には本当のがいる。彼らに会わなくなってもう何年たった?真面目な話、どっちの国に行くのがあんたたちにとって大事?中国に決まってるでしょうが。」

自分でも、子供たちに当たり始めていることに気が付いた。

 

「梅子、もうその辺でやめとけ。シュエもまだはっきりと決めたわけじゃないんだから。」

ビクトルがそう言うと、それまでシンと静まり返ってしまった子供たちも我に返って、「そうだよ。僕たちもまだわからないし。」と言った。

それでも私は止められなかった。

「そんなに日本にも行きたいんならさー、ママに言いな。中国と日本は近いんだし、中国からの飛行機だったらスペインからよりも断然安いんだから、中国滞在中の何日かぐらい、日本に旅行できるでしょ。それで100%日本を満喫できるかどうかは知らないけど、ディズニーランドぐらいは楽しめるから。あぁ、今じゃ中国にもディズニーランドはあるか!あはは!」

完全に開き直り状態だったが、それもさらに開き直って、私はプイっと、子供たちとビクトルの元から去った。

そして、しばらく、この話題は我が家ではタブーになった。

 

新学期が(ようやく)間もなく始まるという夏休みの最終日、あれだけ「終わった。」と豪語していたアーロンが、実は宿題を終えていなかったことが発覚。

しかも、1つならず2つも!!!

この時ばかりはビクトルも、子供たちを信じてお土産を渡したことを、激しく後悔するのであった。

 

 

■本記事シリーズのタイトルは、映画「バケモノの子」(2015年公開、日本)をモジって使わせていただきました。
記事の内容と映画は、一切関係ありません。